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「北極海プロジェクトが示す液化天然ガスLNGの未来」(時論公論)

石川 一洋  解説委員

今日は北極海を入り口に、液化天然ガスLNGの生産や取引に大きな変化が表れつつあるという話をします。
資源小国である日本にとって天然ガスは私たちの生活に直結するエネルギーです。日本の電力のおよそ40%が液化天然ガスLNGの形で海外から輸入したガスを原料に発電されています。熱帯夜をしのぐ冷房の電力も液化天然ガスの輸入が不可欠です。
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解説のポイントです。
▼北極海と新たなLNG取引の姿
▼天然ガス三国志の始まり
▼アジア需要の勃興と日本の戦略は
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 北極海の氷の状況です。今年は氷が溶けるのが早く、ロシアの沿岸に氷はありません。北極海の氷の減少は北極海航路を生み出します。
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その真ん中にあるのがヤマル半島、ここが世界のLNG開発のフロンティアとなっています。日本の日揮や千代田化工が請負業者として建設したヤマルプロジェクトは去年12月全面稼働しました。
そして6月の日ロ首脳会談で、第二期にあたるARCTIC2プロジェクトに三井物産と政府系の独立行政法人JOGMECが共同で10%の権益を獲得、資本参加することで合意しました。
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このプロジェクトの目的は北極海航路の実用化です。先月私が訪れたロシア極東に新たに作られた造船所です。原子力砕氷船から原油やLNGの輸送タンカー、さらにプラットフォームまで北極圏の資源開発や輸送用の船の建造に特化した造船所です。日本の参加したプロジェクト用のLNG輸送タンカーもここで建造されます。
先月末にはヤマルから中国まで北極海航路で、わずか16日でLNGが運ばれました。スエズ周りの航路に比べてアジアとヨーロッパの輸送にかかる期日を半分に短縮するのです。Arctic2が稼働する2023年には北極圏のヤマルから3600万トンのLNGが世界市場に運ばれることになります。ホルムズ海峡の緊張が続く中、中東依存を減らし供給を多角化するという意味で、日本のエネルギー安全保障を強化することになります。
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さて実はArctic2プロジェクトは新たな液化天然ガス取引の姿を現しています。長期契約による売り先は決めず、売り手と買い手がその時々の市場価格で売買するスポット取引に重きを置いた契約となっています。巨大プロジェクトでは異例のことです。
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巨額の投資の必要なLNGプロジェクトは買い手が、最初から長期契約を結ぶ形が主流でした。10年、20年の長期売買契約を結び、転売を禁止する仕向け地条項も定められていました。売り手と買い手が固定して流動性の無い取引が長く続いていました。
しかし今急速に変化しつつあります。原油のようなスポット市場の拡大です。世界のLNGは、2018年は前年度よりも8%余り増えて3億1千380万トンに達し、そのうち25%、7870万トンがスポット取引となりました。スポット取引は34%も増加しています。
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ヤマルのLNGは、今年は半分以上がスポット取引で売られるとみられています。ヨーロッパにもアジアにも売ることができるロジスティックの有利さを活かして、スポット市場を利用しているのです。
▼天然ガス三国志の始まり
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さてスポット取引が拡大するのはLNGの世界に供給面と需要面で大きな変化が起きているからです。まずは供給面での変化です。私はこの変化をアメリカ、ロシアというガス大国がLNGに本格的に参入し、カタールと合わせて「ガス大国三国志の始まり」と名付けます。
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パイプライン中心だったロシアは北極圏やサハリンを中心に2030年代までにはLNGの生産を8000万トン以上に拡大するとしています。
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そしてさらにアメリカがLNG生産を本格的に始めたことです。有望なプロジェクトが目白押しで近い将来カタールを超えて世界最大のLNG輸出国となる可能性があります。アメリカの戦略はシェール革命によって生み出された余剰のガスを輸出に回すというものです。アメリカは生産地から消費地まで国内にパイプライン網が張り巡らされています。国内のガス価格はヘンリーハブといわれる市場価格で決まり、日本などアジア市場やヨーロッパ市場に比べて、安いのです。
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原油と同じように自由で柔軟な取引に向いて価格競争力のあるアメリカのLNGが世界市場に登場したことが取引の姿を変えています。日本もアメリカからの輸入を拡大していくでしょう。
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これに対してカタールは世界最大のLNG生産国で、日本の最大の輸入元です。アメリカ、ロシアの追い上げを前に生産をさらに増やし、世界一位のシェアを譲らない構えです。
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オーストラリアなど重要な生産国はありますが、アメリカ、ロシア、カタールの三か国が競い合いながら、供給を主導する時代が始まろうとしています。
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3アジア需要の勃興の中での日本の戦略は?
需要の面でも大きな変化が起きています。日本は年間8000万トン余りのLNGを輸入する世界最大の輸入国です。そもそもLNGは50年前日本が始めました。そして長く日本や韓国など限られた国だけで使われてきました。しかし2018年のLNG輸入国はアジア、ヨーロッパなど42か国にまで拡大しました。
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中でもアジアの新興国の需要が勃興しています。まず中国。環境対策として石炭火力をガス火力に切り替えており、LNG輸入を急速に増やし、2020年代には日本を抜いて世界最大の輸入国となるでしょう。次に存在感を増しているのがインドです。すでに韓国に次いで世界第4位の輸入国となりました。さらにかつては輸出国だったアジアの国々インドネシア、タイ、マレーシアなども輸入国となり、全世界の需要のうち76%はアジアです。アメリカ、ロシア、カタールという三大ガス大国が供給の増加をけん引し、それをアジアの需要の伸びが飲み込んでいく、その中でこれまではヨーロッパ、アジア、北米という地域ごとに分かれていたガス市場がLNGのスポット市場によって統合される傾向が強まるでしょう。
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日本はどのような戦略を取ればよいでしょうか。
私はLNGの最大の輸入国であることは弱みではなく強みとする戦略を推し進めるべきだと考えます。世界最大の輸入国としての強みは何か。スポット取引が増え、グローバルなLNG市場が生まれつつある今の状況を、日本の電力会社やガス会社が世界で戦える企業へと脱皮するチャンスと捉えるべきでしょう。
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東京電力と中部電力が共同で設立したJERAは世界最大のLNG購入者であり、世界でも有数のエネルギー企業となる力は十分あります。日本の市場は巨大ではあっても大きな成長は望めません。そうであるならば日本企業は、これまでの国内一辺倒ではなく高い技術力を生かして積極的にLNGインフラやガス発電など電力インフラの海外展開を、アジアを中心に進めていくべきでないでしょうか。そのことが日本経済の国際的競争力の維持にもつながります。
そして価格です。日本は世界様々な地域からLNGを輸入しています。日本でこそ自由で公平なスポット価格を決めるLNG市場を作るべきでしょう。そのために世界で最も数の多いLNGの受け入れ基地を所有者以外の第三者にもアクセスができるように開放する。さらに日本国内のガスの流動性を強めるためにパイプラインを整備する。将来的には国際パイプラインと結合して、パイプラインガスとLNGガスが競争する状況を作る。こうした努力が必要でしょう。
LNG液化天然ガスは日本が生み出し、日本が育ててきたエネルギーです。日本の強みを活かして大事にお付き合いしていきたいものです。今日は北極海からLNGの世界について考えてみました。

(石川 一洋 解説委員)

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