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「香港デモ2か月 混乱激化の行方は」(時論公論)

加藤 青延  専門解説委員

香港の混乱はどこまでエスカレートするのでしょうか。香港で2か月前から断続的に繰り返されてきた大規模な抗議デモは、次第に活動地域が拡大するとともに過激化しています。今日も、デモ参加者が大挙して空港ロビーを占拠したため、夕方からのすべての旅客便が運航停止に追い込まれました。そこで、当局が返還以来「最も深刻な事態」と位置づける香港の現状と今後の行方を考えてみたいと思います。

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【VTR:デモ行進/空港抗議活動/11日のデモ/中国政府発表】
先週末から数千人規模の人たちが座り込みを繰り返してきた香港国際空港では、きょう、夕方からすべての旅客便が運航停止に追い込まれました。また街頭でデモ行進をしている参加者たちも、ここ数日、一部が規制に当たる警官隊と衝突したり、香港島と九竜半島とをつなぐ海底トンネルを封鎖したりするなど、ゲリラ的な抗議活動を展開しました。
これに対して、中国政府は、「重大な犯罪であり、テロリズムの兆候が出始めている」と警告しました。

当初は比較的穏やかなデモ行進として始まった抗議運動でしたが、この2ヶ月間でかなり過激化し、暴力的なものに変わってきたように思えます。

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今回の抗議活動の発端は、当局が中国本土への容疑者の引渡しを可能にする「逃亡犯条例」の改定案を成立させようとしたことでした。これに対して6月9日には、主催者側の発表で100万人とも言われる大規模なデモが起こりました。香港当局は15日に、条例改定の提案をひとまず取り下げましたが、香港の人たちの怒りは収まらず、翌16日には、さらに多くの人が改定案の完全撤回や行政トップの辞任を求めて大規模デモを行いました。これに対して香港当局は、デモの一部が暴動になってきたとして規制強化の方針を打ち出しましたが、デモは次第に大規模な街頭デモから、数千人単位で各地で行うものや、公務員や会社員も参加する抗議集会などにその姿を変えました。今月5日には、国際空港で、空港職員の職場放棄などのため250便が欠航するなど、大規模なストライキの様相にまで発展しました。香港警察によりますと、この2か月間に、警察部隊はデモ隊に対して催涙弾1800発を打ち込み、デモの参加者ら589人を逮捕したということです。

それにしても、火種となった条例改定案は、ひとまず取り下げた形になっているのに、なぜ、香港の人たちの抗議活動が延々と続き、しかも次第に先鋭化してきたのでしょうか。その背景に、イギリスからの返還後、すでに20年以上が経過する中で、香港にも、じわじわと中国共産党の支配が浸透し、このままでは、これまで保障されてきた「言論の自由」など、香港の人たちの「自由に生きる権利」が、力で奪われかねないという強い不安感があるからだと思われます。つまり今回の条例改定案が引き金となって、人々の不安に火をつけたように見えます。
では、こうした事態に中国の習近平政権は対応しようとしているのでしょうか。
私は、力で抑え込むべきか否かで、大きなジレンマに陥っているのではないかと思います。

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例えば、もし、次第に暴力化する抗議運動をそのまま放置したらどうなるか。その勢いはさらに増し、やがて中国本土の中にまで体制批判の潮流が飛び火する可能性があります。
中国本土では、中国共産党の強権的な支配に対して、根強い不満が人々の間にくすぶってきたといわれています。香港の抗議運動がさらに拡大すれば、やがて、中国本土で不満を抱く人たちの心に引火するかもしれません。燃えやすい土壌があるところに火がつけば、一気に全土に燃え広がるかもしれない。そうなれば中国共産党の支配体制をゆるがしかねない危うい状況になります。

香港での抗議デモが続けば、経済にも深刻な影響が出るでしょう。すでに香港を訪れる旅行客が30%減っているとも伝えられています。香港の経済悪化が、米中の貿易摩擦で減速している中国経済の足を引っ張ることにもつながりかねません。

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では香港の抗議運動を、本土並みの強権的なやり方で、弾圧すればどうなるでしょうか。今度は、自由を求める欧米諸国をはじめ国際社会から中国非難の声が沸きあがることになるでしょう。そして何より衝撃を受けるのは台湾の人たちではないでしょうか。
中国は台湾に対して、香港のような「一国二制度」というシステムで統一しようと呼びかけてきました。それは、統一しても「台湾の自治や、言論の自由を守る」ことを絶対に保障することが大前提だったはずです。香港で力による言論弾圧をすれば、台湾の人たちは、ますます、中国は信頼ならない相手だと拒絶反応を引き起こすことになるでしょう。

香港の抗議デモを放置することも、逆に、力で抑え込むことも習近平政権にとってはリスクを伴う賭けになります。
香港情勢を考える上で、もうひとつ鍵となるのが、米中の関係。つまり自由主義を守ろうとするアメリカと、外国に香港のことを干渉されたくないと考える中国の対立です。

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中国外務省の報道官は先月末、アメリカが香港の抗議デモに理解を示したことに対して、「それは結局『デモがアメリカの作品』だからだ」と述べ、アメリカがデモを作り上げていると強く批判しました。そしてその言葉を裏付けるかのように、中国や香港の中国系メディアは、香港に駐在するアメリカ外交官が、デモにかかわる民主活動家の若者たちと接触している写真を掲げたのです。
これに対してアメリカ政府の報道官は、外交官の個人情報の公表は「暴力的な政権がやることだ」と反発し、中国を「暴力的政権」だと非難しました。
すると今度は、香港の出先にある中国外務省の報道官が、「中国側を公然と誹謗中傷するもので、事実を歪曲する強盗のような論理と、覇権的な考え方だ」と延べ、アメリカ側を「強盗のようだ」と言い返したのです。
こうした香港を巡るののしりあいも、米中摩擦をさらに複雑化させているといえるでしょう。
では、今後、ますます先鋭化する香港のデモはどうなるのでしょうか。
実は、中国共産党の最高指導部は今月はじめから渤海湾に面した避暑地、北戴河で引退した長老幹部たちと意見交換をする秘密会議を開いてきました。

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この会議では、習近平政権の政策や、中国が抱える重大問題について長老たちのさまざまな意見や批判が示されるものと見られ、香港の抗議デモにどう対処するかも、重要な討議テーマになった可能性が濃厚です。

北戴河会議は秘密会議であるため、どのような意見が出され、どのような結論に至ったかは、まだ定かではありません。ただ、中国政府で香港問題を統括する国務院香港マカオ弁公室が先週、明らかにした方針からそれを透けてみることができそうです。

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それによりますと、中国政府は、今、香港で起きている状況を、香港返還以来最も厳しい局面にあると位置づけました。そして抗議運動が、「条例改正への反対運動」という名目の一線を越えてきたとして、実質的に反政府暴動に変化しているとの見方を示唆しました。そして、もし事態がさらに悪化し、「動乱」になれば、座視せず鎮圧すると言明しています。
【VTR:人民解放軍の暴徒鎮圧訓練】
また、中国人民解放軍は先月、暴徒を鎮圧する訓練をする兵士の動画をインターネットにアップしました。それは、中央政府や香港当局が香港の抗議活動を「動乱」とみなせば、警察力だけではなく、軍が香港の人たちを力で抑え込むと威嚇する警告だと受けとめられました。

「動乱」という言葉は、まさに30年前の天安門事件のときに、中国共産党が軍を動員して民主化運動を武力制圧することを正当化するために使った言葉でした。中国政府があえてこの「動乱」という言葉を持ち出したことは、事態がさらにエスカレートすれば、香港でも、あの天安門事件の悲劇が起こりうるということを示したものといえるでしょう。
アメリカからは、人民解放軍の部隊が香港に隣接する広東省に集結しているという未確認情報も伝わってきました。大規模デモの発生から2か月が過ぎ、事態収束の道筋が見えない中で、その緊迫の度合いは日々刻々と増してきているといえそうです。

(加藤 青延 専門解説委員)

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