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「亀裂深まる中台関係 その行方は」(時論公論)

加藤 青延  専門解説委員

台湾海峡をはさんだ中国と台湾の亀裂が、この夏、さらに際立ってきました。来年1月の台湾総統選挙をにらんだ中国側の揺さぶりに加えて、エスカレートするアメリカと中国の対立や、大規模デモでゆれる香港情勢も、事態をより難しくしているように思えます。そこで、中台関係が今後どうなるのか、台湾総統選挙の展望も含めて、考えてみたいと思います。

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中台の亀裂、その象徴的な出来事が、中国大陸から台湾を訪れる「個人の観光旅行」を今月1日から停止すると中国政府が、発表したことでした。

【VTR:台湾を訪れる中国観光客】
2008年に始まった中国大陸から台湾への観光旅行は、その後、団体旅行から個人旅行にも段階的に枠が拡大されてきました。台湾側の統計によりますと、去年は中国47の主要都市の住民およそ100万人が個人で観光に訪れ、今年上半期はさらにそのペースを上回るおよそ63万人に上ったということです。
これだけの観光客が突然来なくなれば、台湾の観光業界にとっては大打撃です。

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一方、中国側にとっても、台湾を訪れる観光客は、本来、統一を実現するための雰囲気づくりに一役かうソフトパワーのはずでした。それなのになぜ急に停止したのでしょうか。
その理由について中国共産党の機関紙「人民日報」の傘下にある新聞「環球時報」はその社説の中で、中国大陸からの観光客の一部をスパイと見なし「密かに尾行し、監視している」として、台湾側が中台協力の基礎を破壊した結果だなどと主張しています。
これに対し台湾側は、強く反発し、「双方の合意を一方的に破るものだ」として厳正な抗議を表明しました。
このところの中台間の亀裂の深まりは、経済だけにとどまりません。安全保障の面でも最近、きな臭い動きが出ています。

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中国国防省が先月下旬発表した『国防白書』は、台湾に対して「武力の使用は放棄しない。台湾を中国から分裂させようとする動きがあれば、中国軍は一切の代償を惜しまず、国家の統一を守る」と強硬な姿勢を打ち出しました。
また、その決意を示すかのように、中国軍は先月から今月初めにかけて、台湾に近い中国南東部の海域で軍事演習を行ったと伝えられています。

中国と台湾の関係は、3年あまり前の総統選挙で、中国とは距離をおく蔡英文氏が当選し、民進党が8年ぶりに政権を奪還して以来、冷え込んできました。特にその流れは一昨年、アメリカにトランプ政権が誕生した後に、より加速したように思えます。中台関係の悪化の背景には、アメリカと中国の覇権争いがあることも見逃せません。逆にいえば、台湾問題は、経済問題と同様、米中対立の大きな火種といえます。

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去年はじめ、アメリカは、台湾と政府高官の相互訪問を活発化させることを目的とした「台湾旅行法」を成立させました。この法律は超党派の議員が提案したもので、「自由の砦」ともいえる台湾が中国に吞み込まれるのではないかという危機感がアメリカにひろく広まっていることを示しました。
去年10月、ペンス副大統領は中国批判の演説の中で、おととし1年だけでも「中国共産党はラテンアメリカ3カ国に対して、台湾との外交関係を断絶させた」と述べ、中国の台湾封じ込め外交の矛先が中南米に集中したことに強い危機感を示しました。

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これに対して中国は、今年初め、習近平国家主席が台湾政策に関する演説を行い、「祖国は必ず統一しなくてはならない」と強調しました。この中で習近平主席は、「台湾問題は中国の内政であり、いかなる外国の干渉も許さない」と、名指しを避けながらもトランプ政権の台湾接近を強くけん制したのです。

実は、習近平主席は、台湾の統一を自らの手で実現することで、建国の父、毛沢東と並ぶ絶大な指導者としての実績を残したいのではないかという見方が出ています。これまで歴代の指導者が、それなりに中国の主権拡大の実績を残してきたからです。

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例えば、改革開放の父と言われる鄧小平氏は、イギリスと交渉の結果、香港の中国への返還を約束させました。江沢民元国家主席の時代には、その香港の返還に加えて、ポルトガル領だったマカオの返還も実現しました。胡錦涛前国家主席の時代には、ロシアとの交渉で、国境の島を一部中国側に取り戻し、中ロの国境を画定させました。習近平氏が最高指導者になってからは、南シナ海の岩礁を埋め立て、人工島を作りましたが、国際法上、領土の拡大とは認められません。

やはり台湾を統一できてこそ、毛沢東氏に並ぶ偉大な指導者として名を残せる。習近平氏がそう考えたとしても不思議ではないのです。しかし、今年初めに習近平主席が行った台湾演説は、更なるアメリカの警戒を招くことになったようです。

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アメリカ海軍は、習近平主席の演説の後、台湾海峡に軍艦を通過させる頻度を増す形で中国へのけん制を強めています。1月下旬に、駆逐艦と補給艦を通過させたのをはじめ、2月にも、駆逐艦と弾薬補給艦、3月には、海軍の駆逐艦と沿岸警備隊の艦艇が通過。4月には、駆逐艦2隻、5月には駆逐艦と燃料補給艦を通過させるなど、それまでの年1~2回のペースからほぼ毎月1回のペースに増強し、中国を強くけん制してきました。特に、先月は、まるで中国が、国防白書を発表した24日その日にぶつけたかのようにイージス巡洋艦を通過させています。
またトランプ政権は、先月には台湾に対して高性能戦車108両や地対空ミサイルを含むおよそ2400億円相当の武器売却をすることを新たに決めました。

こうした中台間、あるいは米中の台湾を巡る対立は、台湾で来年1月行われる総統選挙で、有権者が誰に票を投じるかを左右する、大きな判断材料になりつつあるといえます。

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3年前の就任当時、47%以上あった蔡英文総統の支持率は、その後、台湾の長引く景気低迷を背景に、20%台まで大きく落ち込みました。ところが、今年はじめ、習近平国家主席が対台湾演説を行ったころから、台湾の人々の中国に対する警戒感が増し、支持率が上向いたのです。その後さらにアメリカとの関係の緊密化や、香港で起きている大規模デモなどが後押しする形で、再び40%台まで回復してきたと伝えられています。

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これに対して中国との関係を重視する野党国民党は、南部で人気を集める韓国瑜高雄市長に候補者を1本化し、民進党の蔡英文総統と激しいつばぜり合いの状況になっています。もし中台関係がこれ以上緊張したり、香港のデモを当局が力で弾圧したりするなど、台湾の人々の対中警戒感が増すことになれば、中国とは一定の距離をおく蔡英文総統に有利に働くでしょう。逆に、台湾経済がさらに低迷すれば、中国との関係を重視する韓国瑜氏への支持が増すものと見られます。

ただ、来年の台湾の総統選挙の行方はまだ混沌として予断は許せません。

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それは、新たな総統選候補として、無党派層を中心に人気を集めている柯文哲台北市長の名前が浮上してきたからです。柯市長は、おととい新しい政党「台湾民衆党」を立ち上げました。柯氏はまだ総統選挙に立候補するかどうかは明確にしていませんが、仮に、柯氏が、新党を足がかりに立候補をすることになれば、総統選は事実上三つ巴の争いになると見られます。

その場合、三者の優劣は、「民進党と国民党という2大政党に不満を抱く人々の受け皿になる」という、柯氏の具体的な政策や支持層の広がりがはっきり読みきれない現段階ではなかなか見通せません。台湾をめぐる動向、そして総統選の行方については、今後しばらく、台湾をひきつけたい米中の思惑も絡んで、複雑な展開が続くことになりそうです。

(加藤 青延 専門解説委員)

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