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「激化する米中摩擦と日本の立ち位置」(時論公論)

神子田 章博  解説委員

アメリカと中国が互いに高額の関税をかけあう貿易摩擦が本格化してから1年。先週トランプ大統領は中国からの輸入品に対し、新たに大規模な関税上乗せを表明。中国との間でさらなる報復合戦の拡大が危惧されています。今夜はなぜこうなったのか、そして米中関係が一段と悪化する中での日本の立ち位置について考えていきたいと思います。
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解説のポイントは3つです。
1) あいまいだった休戦の合意
2) 互いに意識するアメリカ大統領選挙
3) 日本はどう対応する
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まず今回の措置の経緯についてみてゆきます。
トランプ大統領は、先週末、中国からの輸入品のうち、すでに関税を上乗せしている2500億ドル相当に加え、9月からあらたに3000億ドル相当に10%の関税を上乗せすると発表しました。これによって中国からのほぼすべての輸入品に関税が上乗せされることになります。これに対し中国も対抗措置をとる構えを示していて、報復合戦が一段と激化するという見方が強まっています。しかし6月末に大阪で行われた米中首脳会談では、新たな関税上乗せを見合わせることで合意していたはずでした。想定外の事態を受けてきょうの市場では、1ドル105円台まで円高が進んだほか、日経平均株価も一時500円以上値下がりしました。
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協議が続くと思われたなかで、唐突に下された今回のトランプ大統領の決定。わたしは、一か月前に米中首脳が大阪で交わした休戦合意に、その予兆があったと感じます。
この会談にのぞむトランプ大統領の頭の中には、アメリカの農家の姿がありました。再選をめざす来年の大統領選挙では、中西部の農家の票が大事なカギを握ります。ところが、農家は、中国がアメリカからの農産物に高額の関税をかけことで輸出が減少し、不満を強めています。こうした中でトランプ大統領は首脳会談の直後の記者会見で「中国が途方もない量の農産品をアメリカから買うことになった」と述べ、農家に米中交渉の成果をアピールしたのです。中国政府に大量の農産物の購入を約束させることを条件に、関税措置を見合わせたとみられています。しかし、この時、実際に中国がアメリカからいつどれだけの量の農産物を買うかは明らかにされていませんでした。
その後中国側は、数百万トン規模の大豆を購入したとしていますが、トランプ大統領自らがアピールした「途方もない量」との間で大きなギャップがあったのでしょうか。トランプ大統領は再三にわたって「中国は約束を果たしていない」と不満を表明していました。こうしてみると、農産物をどれだけ購入するかをめぐって、合意があいまいだったことが、今回の事態を招いたという見方ができそうです。
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では今後の展開はどうなるでしょうか。わたしはアメリカだけでなく中国側も来年のアメリカ大統領選挙を意識して動いていくのではないかと思います。

 まずアメリカ側です。
今回関税の上乗せを打ち出した中国からの輸入品のなかには、ノートパソコンやスマートフォンといった生活にごく身近な製品が多く含まれています。関税の引き上げ分は製品の価格に上乗せされ、物価の上昇を招いて市民の反感を招くことになりそうです。トランプ大統領としては、貿易摩擦の経済的な影響が大統領選挙にどうひびくかを見極めていく必要があります。
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その一方で 中国側もアメリカの大統領選挙を視野に入れています。
習主席は今年5月、中国共産党がかつての国民党との戦いのさ最中に12500キロを徒歩で行軍した「長征」という故事を持ち出し、アメリカとの貿易摩擦に持久戦で臨む構えを示しました。今回のアメリカの決定に対しても、「重要な原則に関わる問題では一切譲歩することはない」という姿勢を変えていません。ただ問題となるのが経済の動向です。
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 中国経済は、アメリカとの貿易摩擦を背景に、減速し始めています。中国政府は、公共投資の拡大などを通じて経済を支えていく方針を打ち出していますが、旧来型の景気対策を重ねれば、今度は持続的な成長に欠かせない構造改革が遅れることになります。このため持久戦といっても限度があります。そこでせめてトランプ大統領が代わる可能性がある来年の大統領選挙まではこのまま持ちこたえたいと考えているものとみられます。
 それを見透かしたかのようにトランプ大統領は、「来年の大統領選で私が再選されれば中国にもっと厳しくなる」とツイッターに投稿し、中国による交渉の引き延ばしをけん制しました。
米中の対立がますます激しくなる中で、日本はどのような対応をとればよいでしょうか。関税引き上げの報復合戦は米中両国にとどまらず、日本をはじめ各国の貿易を縮小させます。さらに、自由貿易の秩序に大きな傷を与えることになります。
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そうした中で、日本としては、アメリカの同盟国であり、中国とも良好な関係にある立場を生かし、積極的に仲介役を果たすことが求められていると思います。

実際に安倍総理大臣は、さきの日中首脳会談でも、アメリカが不満を強める知的財産権の侵害などの問題で、習主席に直接改善を働きかけました。さらにトランプ政権がWTO・世界貿易機関について中国のルール違反に対して十分な監督機能を果たしていないと主張していることを踏まえ、当の中国も巻き込む形でWTOの改革を進めようとしています。ただこうした取り組みが実を結ぶまでにはかなりの時間を要し、目先の米中摩擦の緩和に即効性は期待できそうにありません。
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一方で米中関係の悪化は、最近急速に進んでいる日中関係の改善にも課題を投げかけています。
中国はいまアメリカとの関係が悪化する中で日本に近づこうとしており、中国各地の地方政府からは多くの幹部が日本を訪れては対中投資を呼びかけています。背景には米中摩擦の影響で成長が鈍る中、日本からの資金や技術で経済を支える狙いもあるものとみられます。巨大市場の開拓につながる投資は望むところではあるものの、日本企業の多くは、アメリカとのビジネスも大きな比重を占めています。このため中国での動きが目立つことでアメリカに目を付けられることはないかという微妙な心理が働いているといいます。
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また中国側は、日中友好の証としてお互いの国以外での共同プロジェクトの実現を働きかけてきています。しかしその背景には、アジアの新興国などで進める一帯一路戦略に日本の力を借りたいという思惑が透けて見えます。一帯一路についてアメリカは、中国が経済協力に名を借りて覇権を拡大しようとしていると警戒しており、日本は慎重に対応すべきだという指摘も出ています。
ただアメリカの意向をうかがうばかりでは、中国の目にどう映るかどいう問題もあります。
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日本の携帯大手各社は、今年5月、アメリカ政府が安全保障上の理由から中国の大手通信機器メーカーファーウェイを取引制限措置の対象としたことを受けて、ファーウェイ製のスマートフォンの新機種の発売を延期しました。スマホに使われているグーグルの基本ソフトの提供が停止されたりするおそれがあるというのがその理由です。しかし中国からすれば、ファーウェイをめぐるアメリカの対応自体に不満を強めており、日本でのこうした動きを快く思っていないはずです。こうしてみると、日本が米中の間で板挟みとなる構図がますます強まっているように見えます。
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こうした中で日本としては同盟国であるアメリカとの協調体制を重んじるのはもちろんのことですが、経済面で深い結びつきをもつ中国との関係を断つわけにもいきません。今後も、自由貿易を尊重する立場から二つの国の間に立って、米中摩擦による世界経済への影響を少しでも食い止めるように、働きかけを続けていくことが求められているのではないでしょうか。

(神子田 章博 解説委員)

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