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「東京五輪まで1年 未来に何を残せるか」(時論公論)

小澤 正修  解説委員

東京オリンピックの開幕まであと1年となりました。昭和39年、アジアで初めて開催されたオリンピックから半世紀以上。2回目の東京オリンピックに向けて開催準備が進む中、成熟した都市での大会開催を機に、未来に残すものは何か、考えます。

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解説のポイントです。

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①まず、来年の東京オリンピックの準備状況。
②そして前回、昭和39年の東京オリンピックが残したものは何か。
③その上で今大会、求められる無形のレガシーについて、考えます。

▼東京オリンピック 現在の準備状況は
まずは選手強化です。強化は着々と進み、陸上男子短距離界で、3人の日本選手が9秒台をマークし、400メートルリレーで初の金メダル獲得にも現実味を感じさせるなど、各競技で結果を出す日本選手の姿が連日、伝えられています。 

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史上最多の金メダル30個を目標に掲げるJOC・日本オリンピック委員会の山下泰裕会長も「自国開催の大会の盛り上がりには、地元選手の活躍がかかせない。あえて高い目標を設定し、選手がベストの力を発揮できるようサポートしたい」と手応えを口にしています。運営面は、どうでしょう。紆余曲折があった競技場の建設問題の象徴、新国立競技場の今の様子が今月、公開されました。巨額の総工費を巡って建設計画が白紙撤回され、総工費およそ1500億円で仕切り直す、異例の事態をたどりましたが、工事は9割ほど進み、国産の木材を使った屋根に覆われた観客席、横30メートルもある大型映像装置が披露されて、11月の完成を待つばかりとなっています。全体でも仮設を含めた新設の競技会場は4か所減って18か所に縮小されましたが、工事は現在、ほぼ予定通り進んでいます。

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オリンピックまであと1年、顔認証システムの導入といったセキュリティ対策の強化や、猛暑から選手や観客を守る対策、そして選手村や会場への輸送計画、ボランティアの研修など、詰めの作業が急ピッチで進められる予定です。招致が決まってから6年、さまざまな問題が議論されてきましたが、運営面の準備はここまで、おおむね順調に進んでいると言えると思います。

▼昭和39年の東京オリンピックのレガシーは何か
ただ、オリンピックは単なるビッグイベントを無事に開催するだけではなく、開催を機に何を残せるかが問われます。IOCはこれを、遺産を意味するレガシーと呼び、「オリンピック開催によってもたらされる長期的な恩恵」と定義しています。

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前回、昭和39年の東京オリンピックも多くのレガシーを残しました。まずひとつ目は、インフラ整備が進んだことです。スポーツ施設だけではなく、東海道新幹線の開通、首都高速道路の完成といった今でも生活の基盤となるインフラが整い、日本の技術力の高さを世界にアピールしました。終戦から19年、一気に東京の姿が変わる様子は、戦後の復興を強く印象づけたと言われています。そしてふたつ目、スポーツ界では、アジアで初めての開催となるオリンピックに向けて、世界で勝つために、海外での合宿や国際大会への積極的な参加、外国人指導者の招へいなど、あらゆる手段を取り入れて、競技力向上につとめました。その結果、1大会では最多となる16個の金メダルを獲得し、国際社会で認められることを望んでいた多くの人たちを勇気づけて、高度経済成長を後押ししたとも指摘されています。またバレーボール女子の「東洋の魔女」の活躍が女性のスポーツ熱を高めて、いわゆる「ママさんバレー」の活動が全国に広がったり、オリンピック開催をきっかけに子供たちを対象にしたスポーツ少年団が組織されたりと、スポーツの裾野が大きく広がりました。前回の東京オリンピックでは、インフラの整備、獲得したメダル、そしてスポーツを広く普及させる制度の確立といった、目に見える、または数字ではかれるような有形のレガシーを中心に残すことができたと思います。

▼今大会で求められる無形のレガシー
では、東京で再び行われるオリンピックで、どのようなレガシーが求められるのでしょうか。前回大会から半世紀以上がたち、当時と比べて社会的なインフラの整備もゆき届くなど、成熟した都市となった東京でのオリンピック開催です。物質的な豊かさよりも、精神的な豊かさの必要性が問われるようになって久しい中、求められるのは、オリンピック開催の原点をもう一度見つめ、スポーツへの意識を変えて、その価値を高めるという無形のレガシーではないかと思います。

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オリンピック開催を控えて、国内のスポーツ界では、不祥事が相次ぎました。指導者のパワハラ、ルールを無視した選手への指示、トップによる競技組織の私物化、仲間すら陥れようとしたドーピング問題。こうしたことを受けてスポーツ庁は先月、不祥事の再発防止に向けて競技団体が守るべき規範を策定しました。13の項目からなる規範では、競技団体に対して、役員が独占的な運営をしないよう、原則、理事の任期を連続10年までとすることや、パワハラやドーピング、それに八百長行為などがないよう、指導者と選手へのコンプライアンス教育を実施することを求めています。

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こうした不祥事の背景にあるのは、「スポーツマンシップ」への欠如や理解不足ではないでしょうか。スポーツマンシップというと、単にフェアにプレーすること、と考えている人も多いと思います。スポーツマンシップについて研究し、普及を進めている千葉商科大学の中村聡宏さんは、まず、スポーツマンという単語について、もともとは運動能力の高さではなく、good fellow、よき仲間をさしていたと指摘します。その上で、スポーツマンらしさを意味するスポーツマンシップを「よい試合を実現するための心構え」と定義し、その条件として「尊重、勇気、覚悟」の3つのキーワードをあげています。ルールや審判だけでなく、全力で自分を倒そうとしてくる相手すらも尊重しないと試合は成り立たない。そして厳しく自分を律する覚悟で、勇気を持ってチャレンジする。勝利を目指しながらも、勝利至上主義とは一線を画すスポーツマンシップを身につけることは、結果としての勝利以上に重要で、スポーツで得られる価値だとしています。オリンピックは本来、スポーツによって肉体や精神を高め、互いに尊重しあって平和な社会を作ろうという考えのもと、行われます。つまり、スポーツマンシップは、オリンピック開催の意義と、ほぼ同じ概念だと考えられているのです。そうであれば「オリンピック開催をきっかけに、こうした考え方が広く人々の心に残っていくことが2回目の大会のレガシーではないか」という主張には説得力があると思います。

▼未来に残すものは
昭和39年、東京オリンピックの開会式で「鬼に金棒、小野に鉄棒」とも呼ばれた体操の小野喬さんは、スポーツマン精神という言葉でスポーツマンシップを表現し、「スポーツの栄光とチームの名誉のために真のスポーツマン精神をもって大会に参加することを誓います」と、宣誓しました。

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先日87歳になった小野さんにお話をうかがいましたが「現代のスポーツには政治、経済など様々な要素が複雑に絡み合っているが、スポーツマンシップという考え方が大切なのは変わらない」と話していました。来年の開幕までに、オリンピックを開く意義は何か、その本質で共通するスポーツマンシップとは何かについて、アスリートだけでなく、スポーツをみる側、支える側の人たちも理解を深める。そして、その価値観をもとに行動を変えていくことこそが、成熟した都市・東京で開かれる2回目のオリンピックで日本にスポーツを文化として根付かせることにつながり、無形のレガシーとなるのではないでしょうか。

(小澤 正修 解説委員)


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