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「効果と限界~ダム防災をどういかすのか」(時論公論)

松本 浩司  解説委員

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ニュース解説「時論公論」です。1年前の西日本豪雨では広域的な被害のなかで、ダムの緊急放流に伴って氾濫が発生し多くの犠牲者が出るという、かつてない被害がありました。この被害は、温暖化による豪雨の増加が懸念されるなか、どういう規模の豪雨を想定して備えるのかなどダムの防災体制に重い課題を突き付けました。今夜はこの問題を考えます。

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解説のポイントは、
▼なぜ氾濫を防げなかったのか
▼ダム操作が抱える葛藤
▼「情報伝達」の教訓

【なぜ洪水を防げなかったのか】
昨年7月7日の朝、国土交通省が管理する愛媛県の野村ダムと鹿野川ダムで豪雨の中、相次いで大量の緊急放流が行われました。その直後、下流の西予市野村町と大洲市で肱川が急激に増水して氾濫が発生し、8人が死亡し3600棟が浸水する甚大な被害が出ました。

緊急放流はなぜ行われたのでしょうか。
ダムは大雨のとき流れ込む水を貯めて下流の川の増水を抑えたり、氾濫の発生を遅らせたりします。

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しかし極端な大雨が降ってダムが満杯になってしまったときには、その後は流れ込む量とほぼ同じ量の水を緊急放流します。これを「異常洪水時防災操作」と言います。水があふれればさらに甚大な災害になる恐れがあるからです。

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この操作に入ってもその後、流れ込む量が減れば問題ないのですが、野村ダムと鹿野川ダムでは、その後も猛烈な雨が続いたため大量の水が一気に放流されることになったのです。

【ダム操作の葛藤~大規模洪水か中小か】
一連の対応は法律に基づいた操作規則通りのもので国土交通省や専門家は「問題はなかった」としています。しかし、それだけにダム防災をめぐる葛藤とも言える問題を浮き彫りにしました。それは温暖化による豪雨の増加が懸念されるなかで、めったに起きない大規模豪雨に備えるのか、しばしば起こる中小規模の豪雨に備えるのかという問題です。

大雨のときのダムの操作は、あらかじめダムの管理者と地元の自治体で話し合って決めておくことになっています。野村ダムは、かつては大規模豪雨に対応する操作規則でしたが、中小規模対応にルールを変えていました。

平成7年の大雨で大洲市に浸水被害が出たときダムにまだ余裕があったことから、もっと貯めて放流量を抑えるべきだったと批判が起きて操作規則を変更したのです。
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野村ダムでは、以前は1秒間に500トンの放流から初めて徐々に増やしていくルールでした。この方法だと下流の一部で氾濫が起きてしまいますが、ダムが満杯になるのを遅らせることができます。100年に一度の大規模豪雨にあわせた対応です。
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変更後は放流量を300トンに減らしてしばらく維持するようにしました。下流で氾濫は起こらず、15年に一度は起こるような中小規模の豪雨で被害を出さない対応です。しかしダムは早く満杯になり、大規模豪雨の時には被害が大きくなります。

西日本豪雨では変更後の規則で対応し、結果的にダムが早く満杯になって緊急放流のタイミングも早まったうえ、ピーク時の放流量も大きくなりました。

仮に、以前の規則で対応をしていたら野村町の浸水は一部にとどまり、被害は大幅に小さかったと専門家は分析しています。
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災害後、下流の河川整備などが完成したこともあり、国土交通省は自治体と話し合って、先月、野村ダムの操作規則を以前の規則に近い大規模豪雨型に変更しました。

大規模豪雨と中小規模の豪雨、どちらへの対応に重点を置くのかは全国の多くのダムに共通する悩ましい問題です。

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ダムの防災機能についての国の検討会は、2通りの操作規則を作って使い分けることができないか検討しました。
また被災地では「西日本豪雨のとき規則を柔軟に運用してゆっくり水位を上げていれば避難する時間を確保できたのではないか」という声が強く、地元の検討会では柔軟な運用が議論になりました。
しかし、いずれも「正確な雨量予測が必要で、外れた場合に防げる被害をみすみす引き起こすことになる」として、「今の予測精度では難しい」という結論になりました。

ただ現場では大規模と中小規模の両方に一定程度対応できるように規則に柔軟性を持たせる試みを始めたダムもあります。簡単に解決できる問題ではありませんが、今の操作規則が雨の降り方の変化や社会の変化にあっているのか、それぞれのダムと地元で検証をする必要はあるでしょう。
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【“情報”の失敗を繰り返すな】
この災害のもうひとつの大きな教訓は「情報伝達」です。
災害発生の前夜から朝にかけてダム事務所と西予市、大洲市は所長と市長などとのホットラインで連絡を取り合い、緊急放流の開始予定時刻など情報共有はできていました。しかし西予市が避難指示を出したのは緊急放流の1時間10分前。大洲市はわずか5分前でした。
市の防災行政無線の放送やダム事務所のスピーカーや広報車からの呼びかけは型通りの表現で回数も少なく、住民から「危機感が伝わらなかった」と批判の声があがりました。
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関係者が特に残念に思っていることがあります。
当日、野村ダム事務所が注視していたのが、雨量と降雨予測を元に緊急放流の量を10分ごとに予測するシステムでした。緊急放流を決定したあと毎秒数百トンから1000トン余りの予測が続きました。1000トン余りであれば野村町内の川が一部で溢れるくらいの水量です。ところが緊急放流を始める直前の午前6時7分、そのデータが一気に1750トンに跳ね上がりました。確実に大洪水になる量です。すぐに西予市に連絡しましたが、西予市もダム事務所も危機が格段に高まったことを住民に伝えることができませんでした。氾濫がはじまったのはその30分ほど後でした。
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これを教訓に、西予市は災害が迫った時は市長が直接、防災行政無線で呼びかけるなど情報発信・伝達体制を見直しました。避難指示などを出す基準も改めダムの操作と連動させることにしました。またダム側は大雨のときは職員を市役所に派遣して直接、助言するほか、呼びかけや表示を「これまでに経験したことのない洪水です」とするなど危機感を伝えようとさまざま試みを始めています。

西予市の市長や幹部は「ダムからあるから安心だという過信があったと思う」と話し、市民からも同様の声を聴きます。ただ、これは西予市や大洲市に限らず、全国のダムと地元に共通する問題ではないでしょうか。
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全国には防災ダムが560ほどありますが、その下流で、必要があるのに浸水想定区域図を作っていないところが240近くあります。緊急放流が行われた場合の訓練を行っているところはほとんどありません。去年の災害を教訓に、ダムと下流の自治体などで防災体制を話し合う会議やダム操作についての住民説明会がようやく開かれるようになりました。緊急放流を想定したダムと自治体の合同訓練を始めたところもあります。こうした取り組みを広げていく必要があります。

【まとめ】
ダムは川の氾濫を抑えたり、小さくしたりする役割を果たしていますが、その機能には限界があります。それらを踏まえたうえで、操作はどうあるべきか、情報伝達や避難体制をどうするのか、既存の施設を最大限にいかすためにどうしたらよいのか、ダムと自治体、住民などが話し合って、予想される「豪雨の多発時代」に備えることが求められているのだと思います。

(松本 浩司 解説委員)

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