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「『京都アニメーション』放火事件~突きつけられたものは」(時論公論)

松本 浩司  解説委員
堀家 春野  解説委員

ニュース解説「時論公論」です。「京都アニメーション」のスタジオが放火され34人の命が奪われ、34人が重軽傷を負った事件。理不尽な犯行への怒りと悲しみが広がっています。被害はなぜここまで大きくなってしまったのか。多くの人を巻き込む殺傷事件が相次ぐ背景に何があって、防ぐ手立てはないのか。今夜は消防を取材している私と堀家委員のふたりで、突きつけられた問題を考えます。
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【急がれる事件の解明】
松本)堀家さんは事件と福祉問題も取材していますが、この事件のどこに注目していますか?

堀家)
なぜ何の落ち度も無い多くの人が命を落とし、将来を奪われなければならなかったのか。事件の動機や背景の解明が欠かせません。この事件では放火や殺人などの疑いで、さいたま市に住む青葉真司容疑者に逮捕状が出ています。ですが、全身に重いやけどを負っているため、事情聴取が行えず犯行の動機など詳しいことはわかっていません。一方、住んでいたアパートで騒音トラブルが起きていたことや近所付き合いが無かったと見られることが明らかになっています。こうした状況が事件にどう影響したのか解明していく必要があると思います。
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【被害はなぜ拡大したのか】
松本)
それにしても、なぜここまで大きな被害になってしまったのでしょうか。もちろん最大の要因はガソリンが凶器として使われ爆発的な火災が起きたことですが、加えて不運なことが重なっていました。
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亡くなった34人が見つかった場所は建物の2階と3階に集中しています。特に3階から屋上に続く階段で19人が折り重なるように倒れていました。屋上に出るドアに鍵はかかっていなかったのですが、一酸化炭素を含む煙が充満し逃げ切れなったと見られています。

なぜそんなに速く煙が充満したのか。まず男がガソリンを撒いて火をつけたのは、1階から3階まで貫く、らせん階段のすぐ横でした。爆発的な火災による煙が「らせん階段」と、もうひとつの階段を通じて急速に上の階に広がったと考えられます。

当時2階にいた男性社員は「爆発音がして間もなく、らせん階段からきのこ雲のような真っ黒な煙が上がってきた。あっという間に真っ暗になり呼吸が苦しくなった」と証言しています。
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京都アニメーションの映画のホームページに掲載されている動画に建物内の様子が写っていました。間仕切りの壁が少なく、らせん階段も確認できます。制作スタジオという性格上、コミュニケーションをとりやすいよう配慮されたものと考えられます。

堀家)構造や設備に問題はなかったのですか?
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この建物は消防法令で求められる構造や設備の基準をきちんと満たしていました。消防の検査でも違反は指摘されず、消火や避難の訓練も行われていました。
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ただ、その基準は、店舗や学校など「不特定多数の人」が利用する建物に比べると緩やかです。「不特定多数の人」が利用する同じような規模の建物では、らせん階段は2階までしか認められません。

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仮に3階まで貫く場合は煙が入り込まないよう、まわりを取り囲む壁を作る必要があります。フロアや普通の階段にも延焼と煙を防ぐ壁や防火扉の設置が義務付けられます。

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専門家は、「この建物は事務所なので、法令上そこまでの対策を求められていないが、犯行の形態に加えて、らせん階段や壁の少ない構造などの要因が重なったことが、結果的に被害の拡大につながったと考えられる」と指摘しています。

今回の火災を受けて京都市は屋内にらせん階段がある建物を調査することにしています。今回のように明確な悪意を持った犯行を施設だけで防ぐことはできませんが、建物の構造・設備や避難体制に盲点はないか、点検の機会にするべきだと思います。

【繰り返される“多くの人を巻き込む殺傷事件”】
松本)
5月に川崎市でスクールバスを待っていた児童が殺傷される事件が起きたばかりで、多くの人を巻き込む事件が繰り返されていますね。
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堀家)
11年前には東京・秋葉原で通り魔事件が、そしてことし5月には川崎市でスクールバスを待っていた児童などが殺傷される事件が起きました。こうした多くの人が巻き込まれる事件には共通点があると精神科医の片田珠美さんは指摘します。手がかりになるのはアメリカの犯罪学者があげる、事件を引き起こす6つの要因です。これは一つの考え方ですが、紹介したいと思います。▼長期間に渡る欲求不満や▼うまくいかないのを他の誰かの責任にする他責的傾向。▼失業や離婚など本人にとってこれを失ったら終わりだと思うような破滅的喪失と呼ばれる出来事。さらには、▼類似事件の模倣や▼社会的・心理的な孤立、▼武器の入手です。秋葉原の事件では、6つの要因全てが関係していたと指摘されています。犯人は派遣社員として職を転々とする中で不満を募らせ、孤独感を深めていました。そして没頭していたインターネットの掲示板で嫌がらせを受けたことなどが犯行の引き金になっていました。川崎の事件では容疑者が自殺しているため詳細は定かではありません。ですが、長期間仕事に就かず引きこもり傾向で周囲からは孤立。親族が市に相談したことで「追い出されるかもしれない」と感じたことが事件の引き金になった可能性がある。川崎市の関係者はこう話します。今回の事件はまだ明らかになっていないことが多いのですが、片田さんは「容疑者は周囲から孤立していたと見られ、他の要因についても分析する必要がある」とした上で、「今の社会は家族や地域の助け合いがなく孤立しやすい。加えて職を失うなど一度つまずいたらやり直しがきかず破滅的な喪失を感じやすくなっている」と警鐘を鳴らします。
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【事件防ぐ手立ては】
松本)
さきほど堀家さんが「多くの人を巻き込む殺傷事件の6つの要因」を紹介しましたが、その中に「武器」と「模倣」とありました。今回、ガソリンが凶器として使われ大きな被害が出て、模倣した犯行が防がなければなりません。過去には石油販売の地域の組合が、ガソリンスタンドに対して、容器で購入する人に免許証などの提示を求めて使用目的も聞き、販売記録を残すよう求めたこともあります。今回、警察は購入者に不審な点があったら通報をするよう要請しています。たいへんむずかしい問題ですが、悪用の抑止につながる対策を急ぐ必要があります。
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これは当面の課題ですが、堀家さんは今後、どのような取り組みが必要と考えますか。

堀家)
今回の事件、まだ明らかになっていないことが多いのですが、一個人の特異な犯行と捉えるのではなく、私たちの社会の脆弱さをついたものと捉え教訓を探っていくことも必要ではないでしょうか。専門家の間では孤立を防ぐ重要性を指摘する声が少なくありません。こうした課題は先進国に共通しています。例えばイギリスは去年、孤独担当大臣を任命し対策に乗り出しています。重視しているのが医師の役割です。孤立や孤独を感じている人は何らかの病気を抱えているケースも少なくないことから、かかりつけ医が薬の処方だけでなく、孤独を解消するための手立てを考え“社会的処方”を行うとしています。リンクワーカーなどと呼ばれる仲介者を通じてサークル活動などを紹介し、地域とのつながりを持ってもらうのです。日本でも孤立や孤独を社会問題と捉え、思い切った対策が必要だと思います。
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【まとめ】
事件現場には連日、多くの人が訪れて祈りをささげています。理不尽極まりない事件が繰り返されないように、まず全容解明を急がなければなりません。また社会の狙われやすいところの警戒の度合いをあげる必要もあるかもしれません。そのうえで、こうした事件を生む今の社会のありように踏み込んで手当を考える必要があると思います。

(松本 浩司 解説委員/堀家 春野 解説委員)

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