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「対韓輸出優遇見直し~国際社会の理解は」(時論公論)

神子田 章博  解説委員 出石 直  解説委員

日韓の対立がますます熾烈になっています。日本政府が安全保障上必要だとして、韓国むけの一部の製品について輸出優遇措置を見直したことが新たな火種となり、きょうも、河野外務大臣と駐日韓国大使の間で激しいやりとりが交わされました。両者の対決の場は、二国間から国際社会へと広がり、自らの主張に対する理解をどう得てゆくかが問われることになります。今夜はこの問題について、韓国を担当する出石解説委員とともにお伝えします。
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今回の措置について日本側はあくまで安全保障上必要な貿易管理の問題だとしています。
安全保障上の貿易管理をめぐっては、日本は欧米各国と同等の厳しい管理を行っていて、食品と木材などを除いたすべての品目について、通常兵器への転用を防ぐための規制を導入しています。日本政府によりますと、韓国には同じ制度がなく管理体制が不十分なうえ、韓国のメーカーが日本メーカーに対し、短い期間での納品やスペックの頻繁な変更を求めるなど、厳格な貿易管理に支障をきたすおそれのある不適切な取り引きが行われていました。さらにお互いの貿易管理の状況について情報を交換するための協議に、韓国は3年以上も応じていないということです。このため、今月にはいって、韓国へ輸出する半導体や有機ELパネルの原材料などの3品目について、個別の輸出ごとに厳格に審査する方針に切り替えました。さらに日本政府は、今後工作機械などより広範な品目についても、輸出の手続きを簡略化する優遇措置の対象から韓国を除外する方針で、輸出企業に対しより厳格な管理を求めることになります。
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出石さん、韓国政府は今回の日本の対応について、どのように反応していますか?

(出石)
韓国政府は、不当な経済報復だと猛反発しています。日本側の措置についてムン・ジェイン大統領は「過去の問題と経済問題を関連付けた一方的な措置だ」と批判、とりわけ日本から韓国に輸出された物資が北朝鮮に横流しされた疑いがあると指摘されている点について「朝鮮半島の平和のために全力を挙げているわが政府への重大な挑戦だ」と激しい言葉を使って不快感を露わにしました。今回の措置についての日本政府の説明は韓国政府には理解されていないようです。ムン大統領はきのう与野党の代表と会談し、国を挙げて措置の撤回を求めていくことで一致しました。
韓国政府は、WTOへの提訴も視野に大統領府や外務省の高官をワシントンに派遣するなど国際世論への働きかけを強めています。
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(神子田)
 日本政府は、今回の措置について、あくまで国際ルールに沿ったものだとしています。確かにWTOのルールでは、関税以外による貿易制限を禁じていますが、今回の措置は輸出の可否の審査をより厳格にするだけのことで、製品が軍事転用されないことが明らかになれば輸出は認められるとして、そもそも貿易制限にはあたらないとしています。
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出石さん、両国の主張は真っ向から対立していますが、韓国の世論はどのように受け止めているのでしょうか?

(出石)
韓国世論の受け止めは大きく2つに分かれます。
ひとつは「日本製品は買わない、日本には行かない」といった日本に対する反発、もうひとつは「外交政策の失敗だ」とするムン・ジェイン政権に対する批判です。
今月行われた世論調査によりますと「今回の問題はどちらに責任があるか」という問いに対して、61%が「日本政府に責任がある」と答えています。しかし興味深いことに、ムン大統領の外交政策を厳しく批判している野党、自由韓国党の支持者だけを見てみますと、実に40%が「韓国政府に責任がある」としていて「日本政府に責任がある」と答えた人(33%)を上回っています。韓国は来年4月に国会議員の選挙を控えています。
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歴史問題を重視し日本批判を強めている政権与党の支持者と、今の事態を招いたのはムン大統領の外交政策の失敗だとする野党の支持者とでは、受け止め方に大きな違いがあるのです。
次に日本に対する世論です。日本に「良い印象をもっている」と答えた人は12%と1991年の調査開始以来最低となり、「良い印象がない」と答えた人は77%に上りました。
ただ「日本」ではなく「日本人」についてどう思うかという質問では、「良い印象をもっている」と答えた人(41%)と「良い印象を持っていない」と答えた人(43%)がほぼ拮抗しています。「日本」という国と「日本人」とは分けて考えているようです。
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(神子田)
今回の問題は経済面でも大きな反響を呼んでいます。
日本の産業界では、輸出優遇の対象から除外された3品目の韓国への出荷が長期間にわたって滞れば、韓国製の半導体や有機ELパネルなどをつかって、パソコンやテレビなどを生産している日本メーカーの経営にも影響が及びかねないという懸念が生じています。
武器の拡散をふせぐために、貿易を管理する必要があるとしても、その影響は必要最小限にとどめ、国境をまたいだ民間企業同士の健全な取引を阻害することのないよう、配慮をすることも必要だと思います。
出石さん、一方の韓国でも経済的な影響が懸念されていますね。
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(出石)
韓国は、今回、日本が優遇措置を見直した3品目の7割から9割を日本に依存しています。韓国の経済界は、主力産業である半導体やディスプレイはもちろん、このままでは韓国経済全体に深刻な影響が出かねないと懸念を強めています。
韓国国内では日本製品の不買運動も行われていますが、ギャラクシーのスマートフォンやヒョンデ自動車に日本製の部品や素材が数多く使われているなど、両国の経済が相互依存関係にあることを理解したうえでの行動とは到底思えません。

(神子田)
今回の問題が、日韓関係に及ぼす影響については、どのように見ていますか?

(出石)
日韓関係で私がもっとも心配しているのは徴用をめぐる問題です。
去年秋、韓国の最高裁判所で日本企業に賠償を命じる判決が確定して以降、原告弁護団は日本企業の株式を差し押さえ、これを現金化する手続きを進めるなど攻勢を強めています。韓国政府は、日本政府が要請していた請求権協定に基づいて仲裁委員会に解決を委ねる提案も受け入れませんでした。
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徴用をめぐる問題では日本が韓国に、貿易管理をめぐっては韓国が日本に外交協議を求め、ともにこれを拒否して隘路に陥っている状況です。北朝鮮や中国への対応など胸襟を開いた連携が求められているにも関わらず、外交が機能せず対立ばかりがエスカレートしていくのは、双方にとって得策とは言えないのではないでしょうか。

(神子田)
私は、今回の日本政府の取った措置が、国際社会にどう受け止められるかについても考慮が必要だと思います。
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韓国政府は、先の大阪G20サミットで、自由、公平、無差別な貿易を実現することで各国の首脳が合意したばかりなのに、議長国を務めた日本自らがその精神に反する行動に出たと主張。来週開かれるWTOの実質的な最高機関である一般理事会の場で、自らの立場を訴えるとしています。これに対し、日本側も外務省の幹部が出席して反論することにしていますが、国際社会の理解を得るために十分な説明が必要となるでしょう。
もうひとつ気になるのが今回の問題がアメリカと中国のように、対抗措置の応酬、報復合戦に発展しないかどうかです。米中の貿易戦争はもう一年以上にも及び、両国だけでなく世界各国の経済にもマイナスの影響を及ぼしています。日本政府の今回の措置が、同じような悪影響を世界経済にもたらすことになれば、国際社会の望むところではないでしょう。
このように様々な波紋を広げている今回の措置。日本としては、その外交的な狙いがどこにあるのかを政府全体で共有した上で、国際的な影響も考慮した戦略的な対応が求められます。韓国との対立が感情的にエスカレートし、互いの経済を傷つけることのないよう、冷静で理性的な対応を望みたいと思います。

(神子田 章博 解説委員/出石 直 解説委員)


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