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「参院選 どう考える 消費増税と生活の安心」(時論公論)

今井 純子  解説委員

今月21日に行われる参議院選挙では、経済政策が、大きな争点の1つになっています。回復が続いてきた日本経済ですが、足元、不安の影が広がっています。こうした中、消費税率を、予定通り10月に10%に引き上げるのか。そして、老後2000万円問題をきっかけに、将来への不安に改めて焦点があてられる中、長期的な生活の安心をどう確保するのか。この点から、選挙を考えてみたいと思います。

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【景気の現状と消費増税】
(消費増税の経緯)
まず、消費増税です。消費税率は、2012年。当時の民主・自民・公明3党の合意に基づき、財政を再建し、膨張する社会保障に対応するために、段階的に10%に引き上げることが決まりました。その後、2度にわたって延期されましたが、今度こそ、予定通り上げるのかをめぐり、与党と野党の主張が真っ向から対立しています。

(与党)
与党は、全世代型の社会保障を構築するために、予定通り引き上げると明言しています。
▼ 景気は回復している。有効求人倍率がすべての都道府県で1倍を超えるなど、雇用は大幅に改善し、消費も堅調だと、アベノミクスの実績を強調した上で、
▼ 増税で税収が増える分の使い道を一部、幼児教育・保育の無償化に変更したことに加え、消費が落ち込まないよう、軽減税率の導入やキャッシュレス決済でのポイント還元など、十二分に対策をとるとして、理解を求めています。

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(野党)
これに対し、野党は表現に違いはありますが、10月の増税には足並みをそろえて反対しています。
▼ 消費が冷え込んでいる上、1日に発表された日銀の短観で、大企業の製造業の景気認識が、2期連続で悪化するなど、増税できる経済情勢ではない。ここで増税に踏み切ると、景気が一気に悪化しかねないという主張です。
▼ 一方、大企業や富裕層への課税を強化する、あるいは、行財政改革を進めることで、幼児教育・保育の無償化などの対策は実施するとしています。

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(有権者が判断できる説明を)
▼ 景気の現状をめぐっては、先週発表された景気動向指数で、「悪化」から「下げ止まり」に上方に修正されるなど、前向きの指標もでてはいます。ただ、世界経済の先行きをみると、米中の貿易摩擦がいつまた再燃し、混乱するかわからないという不安の影は広がったままです。3年前に消費増税を先送りした時より、経済の環境は悪い。増税は景気の足を引っ張りかねないという懸念が根強くあるのは事実です。
▼ 一方、増税の予定まで3ヶ月を切り、軽減税率やポイント還元に向けた、企業側の取り組みは急ピッチで進んでいます。いつ大きな買い物をするか、検討を始めた家庭もあるでしょう。ここで増税をやめると、かえって混乱が起きるのではないか。不安も残ります。
▼ 消費増税をめぐっては、NHKの世論調査でも賛否が分かれています。それだけに、有権者がきちんと判断できるよう、与党・野党ともに、経済情勢の判断の根拠や対策の効果などについて、丁寧に説明をすることが求められます。

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【長期的な生活の安心は】
(十分ではない経済の好循環)
その上で、大事なのは、その先。経済の好循環をどのように強固なものにして、長期的な視点で生活の豊かさ、安心を確保していくのか、という点です。
景気が回復すれば、企業の業績が上がり、賃金の形で家計に回る。そして、消費が増えることで、経済の好循環につながるというのが、もともとのアベノミクスの考えでした。しかし、企業の業績は過去最高の水準に達しているのに、賃金は、物価や社会保障の負担が増えているほど十分には上がらず、消費に回す余裕がない。というのが、多くの国民の実感です。

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(将来への不安から消費を控える家計)
実際、
▼ 国の調査では、生活の状況について、60%近い世帯が「苦しい」と答えています。
▼ また、家計が自由に使える可処分所得のうち、消費に回した割合を示す、平均消費性向は下がる傾向が続いています。
▼ さらに、老後の生活に対して、90%近い人が「不安がある」と答え、具体的な不安の内容としては、「公的年金だけでは不十分」が80%あまりに達したという調査結果もあります。
賃金が十分に上がらない上、財政赤字や少子高齢化で、将来、十分な社会保障が得られないのではないか、あるいは、負担が大幅に増えるのではないか、という不安から、多くの家庭が消費を控え、貯蓄に回していることが、こうした統計からはうかがえます。十分とは言えない経済の循環の輪を、太く確かなものにするためには、「先行きへの不安」を取り除くことが欠かせません。

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この点について、各党の主張をみてみますと

(与党)
与党は、引き続き、経済を強くする。経済が強くなれば、税収も増え、賃金の底上げ、財政再建、そして、社会保障の改革も進む。という考えです。具体的には、自民党は
▼ 人工知能やIoTを活用して、世界に先駆けたイノベーションを創出し、あらゆる産業や国民生活に取り入れるほか、
▼ 最低賃金の全国平均1000円をめざす
また、公明党は、
▼ 最低賃金を2020年代半ばには、半数以上の都道府県で1000円以上に引き上げ
▼ 出産育児一時金を引き上げることを掲げています。

(見えない道筋)
▼ ただ、経済を強くすることで、本当に、十分に賃金が増えるのか。AIやIoTなどの新しい技術が広がることで、それを使いこなせる人と、仕事がなくなる人との間で、格差が広がらないのか。本格的な賃金引上げに向けた道筋は、これだけでは見えてきません。
▼ また、安倍総理大臣は、10%のあと10年ほどは、消費税率を上げる必要はないという認識を示しましたが、それで、先進国で最悪の赤字を抱える財政の再建が進むのか。今後も膨れ上がる社会保障の財源をまかなえるのか。判断の根拠は示されていません。

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(野党)
一方、野党は、家計を重視する政策への転換を前面に打ち出しています。家計が温まれば、GDPの半分以上を占める消費が増える。企業にさらにおカネが回ることで賃金を上げられるようになるという主張です。具体的には、
▼ 立憲民主党は、5年以内に最低賃金を1300円に引き上げることや年金の最低保障機能を強化することを訴えています。
▼ また、国民民主党は、児童手当を増額するほか、年収500万円以下の世帯に、月1万円家賃を補助する
▼ 共産党は、最低賃金をすみやかに1500円に引き上げることをめざすとともに、低収入の年金生活者に月5000円を上乗せ給付する。
▼ 日本維新の会は、高校・大学に至るまで、教育の完全な無償化を推し進める
▼ 社民党は、児童手当の拡充や子供の医療費の無料化を進めることを公約に掲げています。

(財源・経済成長への不安)
▼ ただ、家計にやさしいこうした政策を実現するための財源を本当に確保できるのか。有権者を納得させるには、説得力のある、そして実現可能な財源の説明が欠かせません。
▼ また、長期的に賃金が上がるという安心を得るためには、経済の競争力を高める成長戦略を示すことも必要ではないでしょうか。

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【まとめ】
与党も野党も、短期的に耳に優しい政策ばかりでなく、痛みを伴う政策についてもきちんと語ってほしい。それが、説得力のあるシナリオであれば、長期的な安心につながる近道ではないでしょうか。未来に向けて責任ある論戦を期待したいと思います。と同時に、私たち有権者も、現状の損得ばかり考えるのではなく、将来も見据えた選択をすることが大事ではないかと思います。

(今井 純子 解説委員)

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