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「ハンセン病家族の『人生被害』と残された課題」(時論公論)

堀家 春野  解説委員

家族の苦しみが“人生被害”として司法の場で初めて認められました。ハンセン病の患者に対する誤った隔離政策で家族も偏見や差別を受けたと訴えた裁判。6月28日、熊本地方裁判所は、家族は生涯にわたって継続する“人生被害”を受けたと指摘し、国に対し賠償を命じる判決を言い渡しました。

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解説のポイントです。
▽家族が被った“人生被害”を踏まえた上で
▽判決の内容を分析し、▽残された課題について考えます。

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(ハンセン病と政策の変遷)

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ハンセン病は細菌による感染症です。手足の末梢神経が麻痺し、熱さや痛みといった感覚が無くなることがあります。衛生状態や栄養状態が改善したいまの日本では感染することも発病することもほぼありません。治療薬がなかった時代から手足の変形や外見が変わるといった後遺症のため患者は偏見や差別にさらされてきました。国は明治40年、法律の下で患者の療養所への隔離を始めます。ハンセン病は隔離が必要なほど恐ろしい病気だ。こうした意識を社会に植え付けたともいえる隔離政策は平成8年までおよそ90年続きました。その5年後、元患者が隔離政策は憲法に違反すると訴えた裁判で国は全面的に敗訴し、当時の小泉総理大臣は控訴を断念して謝罪。元患者に補償する法律も成立しました。しかし、家族はその対象に含まれず、被害は見過ごされてきたのです。

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では家族が受けた“人生被害”とは一体どの様なものなのか。具体的に見ていきます。
今回の裁判の原告は561人。その7割近くが、親がハンセン病だったという人です。親が療養所に隔離されたあと自宅が真っ白に消毒され地域で暮らしていけなくなった。職場を追われた、離婚を余儀なくされた。受けた被害の内容は様々ですが、共通するのは“潜在的な感染者”という“レッテル”を貼られ、偏見や差別にさらされてきたということです。

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原告のひとり、奥晴海さん(72歳)です。4歳のとき両親が熊本県の療養所に収容されました。奥さんのように親が療養所に入り、ほかに行く当てのない子どもは療養所に附属した寮で暮らし、“未感染児童”と呼ばれました。健康に問題がなくてもまるでこれから感染するかのような印象を持たれていたといいます。地域の小学校に通おうとしたところ、PTAが激しく反対し、他の子どもにストライキを呼びかけ受け入れを拒否するという“事件”も起きました。結局、奥さんは学校に通えず親戚に預けられることになります。寮の外に住民が押しかけ、嫌がらせで石を投げられた恐怖を忘れることはないといいます。そして、家族が訴えたもう一つの人生被害。それは、家族の絆を断ち切られたということです。療養所への隔離という物理的な断絶に加え、過酷な状況に置かれた家族はその原因となった親を疎ましく思ったり恨んだりして心理的にも家族関係が断絶してしまったというのです。赤塚興一さん(81歳)もそうした1人です。父親が療養所に収容されたことで経済的に困窮し、地域からは孤立、いじめられました。大人になってからも周りの偏見を怖れ、父親の存在をひた隠しにし、結婚式にも呼びませんでした。父親が亡くなるまで本音で語り合えず、自責の念に苛まれているといいます。

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こうした家族の訴えを裁判所は概ね認めました。判決は、国の隔離政策により家族が大多数の国民から偏見や差別を受ける社会構造を作り出したと断じました。国の隔離政策は家族を対象としていないという主張は退けられたのです。家族にも被害を及ぼした隔離政策。それを放置した政府や国会の責任については、平成13年に元患者が訴えた裁判の判決を踏襲しています。当時の厚生省は国内外の知見から遅くとも昭和35年には隔離政策を廃止し、国会も「らい予防法」を廃止すべきだったとしています。

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そして、今回の判決は、平成13年の判決より踏み込んだ点があります。それは、法律を廃止するまで長年問題を放置してきたのだから、国をあげて元患者や家族への偏見・差別を取り除く義務があったのにそれを怠ったと指摘した点です。厚生労働大臣だけでなく、人権啓発を担う法務大臣や教育を担当する文部科学大臣の責任も認めました。原告からは「勇気を振り絞り訴えてよかった。これまでの人生が報われる思いだ」といった声が聞かれました。一方、平成13年以降は不十分ながらハンセン病に関する偏見や差別を無くす活動の効果が一定程度生じたとして、国の責任は認めませんでした。その結果、被害を受けていなかったとされた原告を除く541人について一人当たり33万円から143万円、総額3億7000万円余りの賠償を国に命じました。ハンセン病の元患者は療養所に隔離されることで社会から排除されました。一方家族は、社会の中で排除されてきたともいえます。元患者、そして家族のいずれも隔離政策の被害者だというのは紛れもない事実です。原告側は国に控訴しないよう求めています。安倍総理大臣は責任を感じなければならないとした上で、どういう対応をとっていくか真剣に検討して判断したいと述べました。国は見過ごされてきた家族の被害を認めた判決を重く受け止めてほしいと強調しておきたいと思います。

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(残された課題は)
司法での解決と合わせて、ハンセン病についての偏見、差別を無くしていかなければなりません。隔離政策が廃止された際、療養所と社会を隔てていた壁が壊され、偏見・差別も無くなっていくのではないかと期待されました。しかし、長年続いた隔離政策の影響はそう簡単には無くなりません。内閣府の調査で(平成29年度)ハンセン病の元患者や家族に対しどのような人権問題が起きていると思うかたずねたところ、▽差別的な言動、▽結婚問題での周囲の反対、▽就職、職場での不利な扱いを挙げた人の割合がいずれもおよそ3割を占めています。偏見・差別の解消に特効薬はなく地道な活動が必要だと感じます。

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その拠点となるのが国立のハンセン病資料館や全国の療養所です。元患者が語り部として活動していますが、当事者の平均年齢はおよそ86歳。直接声を届けるのが年々難しくなっています。この6月、資料館はSNSで語り部の活動などを紹介する新たな試みを始めました。先入観のない若い世代に共感を持ってもらえていると反応に手ごたえを感じているといいます。元患者だけでなく、家族にも語り部となってもらい、いまの時代にあった発信の仕方を工夫すること。そして、そのための予算や人材を確保していく必要があります。
病気になったというだけで家族も含め偏見、差別にさらされたという負の歴史を繰り返してはなりません。身近な病気に対しても誤った知識や思い込みで誰かを傷つけていないか。ハンセン病の問題は私たちに大きな教訓を突きつけています。

(堀家 春野 解説委員)


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