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「香港返還記念日に衝突 1国2制度の行方」(時論公論)

加藤 青延  専門解説委員

香港では、中国に返還されて22年目の記念日を迎えたきょう、地元行政当局に抗議する人たちが大規模なデモを行い、その一部は、議会にあたる立法会の建物に侵入したり、警官隊と激しく衝突したりするなどの緊迫した事態が続いています。香港の人たちの憤りがなぜそこまで高まったのか、今夜は、香港の高度な自治を保証してきた「一国二制度」の実態と、相次ぐ香港の大規模デモが習近平政権に与える衝撃の度合いについて考えてみたいと思います。
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香港では今朝から地元の行政当局に抗議をするために集まった人たちが、議会にあたる立法会などに押し寄せ、今夜その一部が建物の中に乱入しました。また大勢の市民がデモに参加し中心部の道路にあふれかえっています。香港では先月9日以来、最大で200万人規模とも言われる大規模な抗議デモが断続的に繰り広げられてきました。抗議の発端は、香港の行政当局が、容疑者の身柄を中国本土にも送還できる条例の改定を行おうとしたことがきっかけでした。その後、当局側は、ひとまず条例の改定案を取り下げましたが、香港の人たちはそだけでは納得できず、改定案の完全撤回と、行政のトップである行政長官の辞任を求めて抗議活動を続けてきたのです。

改定案が取り下げられたにもかかわらず、なぜ激しい抗議活動が続くのか、私が注目する第一点は、先のG20サミットや米中首脳会談を前に、それまでかたくなだった香港行政当局の態度が、豹変したことの「不自然さ」と、透けて見えた「下心」への反発です。
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香港当局の改定案取り下げは、先の米中首脳会談に向けて、アメリカ側がこの問題を取り上げ、習近平国家主席を非難する雲行きが深まる中で、突然行われました。つまり取り下げは、反対運動をしてきた香港の人たちの意見を聞き入れたからではなく、「米中首脳会談で中国側の立場がまずくならないようにする」という中央政府の意向を受けてか、あるいは中央政府の立場を忖度したからではないのか、という不信感が香港の人たちをさらに抗議活動の継続へと駆り立てたように見えます。

私がもうひとつ注目するのは、抗議デモに参加した人たちが、行政のトップ、林鄭月娥(りんていげつが)行政長官の辞任も強く求めたことです。それは、行政長官を自分たちの手で選べないことへの不満や憤りをも反映したものといえます。
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香港がイギリスから中国に返還されたときに約束された政治原則は、「1国2制度」という言葉に集約されます。これは「香港返還後50年間は政治体制を変更しない」ことを保証するものです。つまり、中国という一つの国の中にありながら、本土の方は中国共産党による中央集権的な政治支配体制、つまり中国共産党の事実上「独裁」体制を堅持。一方「香港は、香港の人が治める」という自由が保証された、高度な自治を認める別の政治体制を共存させることがうたわれたのです。

香港の高度な自治を保証するため、香港の憲法ともいえる香港基本法では、香港のトップである行政長官は最終的には香港の人たちによる直接選挙で選ぶことを検討するとしています。しかしそれは返還後22年にしていまだに実現していないのです。
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現在の林鄭月娥行政長官も、香港の人たちの直接投票ではなく、業界団体の代表や立法会の議員などで構成されるメンバーおよそ1200人の選挙委員会によって選ばれたに過ぎません。しかも、この選挙委員会は、中国よりの顔ぶれが全体の3分の2を占めていました。当時の世論調査では、林鄭氏よりもずっとリベラルな政治姿勢をとっていた別の候補の方が、2倍近い香港市民の支持を得ていたという数字も残されています。

結局、中国べったりと言われる現在の林鄭長官の下で、香港の多くの人たちは、中国共産党の影響力が香港の政治にじわじわと増してきていると実感してきたのです。まさにそのような背景の中で、容疑者の中国本土への送還が可能になる条例の改定問題が浮上し、今回の大規模抗議デモが起きたとも言えるのです。
香港の人々の間には、何より中国本土の司法制度に対する強い不信感がありました。
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2年前、中国の最高裁判所長官にあたる周強最高人民法院院長は、全国の裁判所のトップを集めた会議で、「西側の三権分立、司法独立といった誤った思想の影響を断固として阻止しなければならない」と断言しました。これは裁判所も検察も全て中国共産党の指導に従属するという立場を示したものです。これでは「中国共産党に逆らうものはみな悪者にされる」「とても公正な裁きを期待することなぞできない」という悪い感情を香港の人たちが抱いても決して不思議ではないでしょう。

4年前には、習主席ら中国政府高官のスキャンダルや政治批判などを題材にした書籍を販売していた書店の店主ら5人が、香港や隣接する広東省で次々に失踪する事件が起こり、結局中国当局に身柄を拘束されていたことが判明しました。この事件は、香港に保証されてきた「言論の自由」すらも、中国共産党によって奪われつつあるという恐怖感を、香港の人たちに植え付けたと言われています。

では、香港では、このまま大規模な抗議運動がいつまでも続くのでしょうか。私は遅かれ早かれ、当局側が力で運動を抑え込むという強硬手段にでる可能性があると見ています。
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中国には「秋後算賬」という伝統的な成語があります。直訳すれば「秋の収穫後に総決算する」ですが、実際には「厄介なこと済ませてから落とし前をつける」という意味になります。たとえばアメリカとの首脳会談が終わるまでは、物事を荒立てないが、会談が終わってしまえば、もう大丈夫だと考えて始末をつけようとすることもありえるのです。

実は、30年前の天安門事件の時にもそのようなことがありました。民主化を求めて北京で大規模なデモが行われた当時は、ちょうど中国と当時のソビエトが歴史的な和解をする時期と重なりました。ソビエトから、政治改革、ペレストロイカを唱えていたゴルバチョフ書記長が北京を訪問し、人民大会堂で中国共産党のトップと首脳会談を行いました。その人民大会堂のすぐ外では大規模デモが行われていたのですが、中ソ関係の改善に支障が出ることを恐れたのか、中国は事実上それを容認するような姿勢でした。ところがゴルバチョフ氏が中国を離れるや否や、中国当局は態度を豹変させ、北京に戒厳令を布告し、あの天安門事件へと発展したのです。

それは民主化デモを容認すれば、中国共産党の支配体制が崩壊しかねないという指導部の強い危機感を示すものでした。その意味で、香港で先月から起きてきている大規模な抗議運動に対し、習近平政権は、同じような危機感を抱いているとしても不思議ではないと思われます。
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中国本土では、今のところ徹底した言論統制によって香港の人たちの抗議の様子はほとんど伝えられていません。それは香港の火種が中国本土に引火することを最も恐れているからに他ならないでしょう。それはとりもなおさず、「言論の自由の原則」が残る香港で顕在化した人々の感情は、言論統制下に置かれた中国本土の人々の心の中でも、潜在的に存在し、地下のマグマのように大きく膨れ上がり得ることへの警戒ともいえます。

奇しくも、香港が中国に返還された記念日のきょう7月1日は、同時にまた、中国共産党の創立記念日でもあります。香港は今後も、この二つの記念日に象徴される「香港の人々による高度な自治」と「中国共産党の支配」という二つの命題の中で揺れ動くことになるでしょう。「1国2制度」という大原則が次第に色あせる中で、再び当局が強硬な姿勢に転じ、力で人々を抑え込む事態が起こり得ないとも言い切れません。香港情勢はこれからますます予断を許せない展開が続くのではないかと思います。

(加藤 青延 専門解説委員)

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