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「児童虐待 法改正で防げるか」(時論公論)

西川 龍一  解説委員

児童虐待防止策を強化するための関連法案が、参議院本会議で全会一致で可決され、成立しました。6月に入ってからも札幌市で2歳の女の子に虐待を繰り返したなどとして母親と交際相手の男が逮捕され、その後女の子が死亡する事件がありました。後を絶たない児童虐待を今回の法改正で防ぐことができるのでしょうか。

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▽今回の法改正のポイント
▽専門家の中には、実効性を欠くという意見があります。それはどういう点なのか。
▽今月起きた札幌市の事件から、児童虐待防止のために求められることは何なのか。
以上を中心に、この問題を考えます。

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去年、東京・目黒区で5歳の女の子が虐待を受けて死亡した事件、そして今年に入って千葉県野田市で小学4年生の女の子が虐待を受けて死亡した事件と、児童相談所の判断ミスや関係機関の連携不足から救えたはずの尊い命が失われる事件が相次ぎました。こうした事件を受け、児童虐待防止策を強化することが目的です。
改正されたのは、児童虐待防止法や児童福祉法など児童虐待を防ぐための法律の一部です。改正のポイントは大きく3つです。▽被害者である子どもたちの権利を守ること。▽児童相談所の体制を強化すること。そして▽関係機関の間の連携を強化すること。

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具体的に見てみましょう。
児童虐待では、親がしつけを理由に体罰を加えエスカレートするケースや、しつけの一環だと虐待を正当化するケースがしばしば見られます。そのため、親などの親権者がしつけにあたって子どもに体罰を加えることの禁止を明文化しました。

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児童相談所の体制強化策では、すでに決まっている児童福祉司の増員に加え、虐待を受けている子どもを保護する「介入」と保護者の「支援」にあたる職員を分ける体制を取ることや、常時弁護士の助言を受けられるようすることに加え、医師や保健師の配置を求めました。

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さらに関係機関の連携を強化するため、国や地方自治体は体制整備に努めるとしています。

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これらの法律は、一部をのぞき来年4月1日から施行されることになります。
3つの改正ポイントは、これまで児童虐待によって幼い命が失われるたびに指摘され続けてきた問題点に対応しようという意図が示された形です。一方で、児童虐待問題に長年取り組んできた専門家の中には、政府が「根絶に向けあらゆる手段を尽くす」としていたことからすれば、課題を先送りしたものもあり、実効性に乏しいのではないかとの意見もあります。どういうことなのか。
例えば、体罰の禁止です。体罰の禁止は、児童虐待防止法に明記されます。対象は親など親権者に限られていて、虐待のケースが多く見られる交際相手などの場合は、どうなのかといった問題が残された形です。一方で、民法には親権者は子どもを「監護及び教育に必要な範囲内で懲戒できる」という「懲戒権」の規定があります。何が体罰に当たるのか規定がないこともあり、親には子どもを懲らしめる権利があるという大本の意識を変えなければ実効性を欠くという意見があります。民法の「懲戒権」をめぐっては、今回の法改正の中でも議論となり、見直しを求める意見が与野党双方から出ています。これに対して、「懲戒権」をなくせば本来親が行うべきしつけそのものができなくなるとの根強い意見があります。今回成立した法律には、「懲戒権」について、施行後2年をめどに見直しなどの措置を講ずることが明記され、これを受けて法務省はきょう、法制審議会に「懲戒権」の規定の見直しを諮問しました。フランスやドイツでは、すでに60年前に懲戒権を廃止しています。「懲戒権」の規定を盾に自己正当化を図る親もいます。意見のわかれる分野ではありますが、子どもたちの命に関わることであることを踏まえ、議論を急ぐ必要があります。

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児童相談所の体制強化策はどうでしょう。児童福祉司が「介入」と「支援」をともに担わなければならないという問題については、以前から専門家の間で、児童福祉司が強制的な措置を取るべきかどうかの判断を躊躇することにつながる恐れがあることや、親側にも児童福祉司に対する感情にわだかまりを生じるといった指摘がありました。このため児童相談所の中には、「介入」チームと「支援」チームにわけて対応するところが増えていて、4割ほどがすでにそうした体制を組み、一定の成果を上げているところもあると言います。一方で、「介入」と「支援」の間で情報共有に支障が出たり、同じ児童相談所が対応することに変わりはないため、親の不信感を拭うことにはつながらなかったりするケースもあると言います。体制を組めばすべてがうまくいくわけではありません。

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こうした中、今月、札幌市で2歳の女の子を虐待したとして母親と交際相手の男が逮捕され、女の子が死亡する事件が起きました。事件を通して見えてくるのは、関係機関の連携の重要さと児童相談所を含むすべての関係機関が児童虐待に備えるという意識を高めることの必要性です。
この事件は、札幌市中央区の飲食店従業員、池田莉菜容疑者と交際相手で飲食店経営の藤原一弥容疑者が自宅マンションの部屋で池田容疑者の長女で2歳の詩梨ちゃんに暴行を加えてけがをさせたとして逮捕されたもので、詩梨ちゃんは今月5日に病院で死亡しました。
今回の事件では、児童相談所などの関係機関が親子に複数回にわたって接触していましたが、虐待を防ぐことができなかったことがわかっています。
先月13日には、「子どもの泣き声がする」と住民から110番通報があり、警察から児童相談所に連絡しました。これは3度目にあたる虐待が疑われる情報でした。警察は児童相談所に面会への同行を要請しましたが、児童相談所は深夜で1人の当直体制であることを理由に断っていました。その後、警察官がマンションに出向き、詩梨ちゃんの身体にあざが2か所あることを確認したものの虐待を見抜くことはできませんでした。虐待を専門とする職員が立ち会っていれば、何らかの対応ができた可能性があります。
実は札幌市では、夜間や休日に虐待の通告があった場合は、原則として市の委託を受けた社会福祉法人が運営する児童家庭支援センターに連絡し、センターが対応することになっています。ところが児童相談所も警察もセンターには連絡せず、仕組みが生かされてなかった形です。
児童相談所の説明が二転三転しているため、なぜこのようなことになったのか、しっかりとした検証が必要ですが、現時点でこの事案から浮き彫りになるのは、少なくとも関係機関同士、そしてその職員同士が連携を高めることの重要性を認識しあっていれば、尊い命が助けられた可能性が高いということです。こうしたことは、法の施行を待たず、今からでも可能です。児童虐待に接する可能性がある現場には、今この瞬間にも助けを求めている子どもがいることを前提にした対応が求められているのです。

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以上、見てきたように、今回の法改正は、繰り返される児童虐待に対応するための課題に対する一定の答えを法律に埋め込んだに過ぎません。
児童虐待が増え続ける中、児童相談所には様々な権限が付与され続け、その分多岐にわたるようになった業務に、パンク寸前という児童相談所も少なくないのが現状です。公的機関にとどまらず、地域のNPOなどを含めた連携に活路を見いだすことなども含め、児童虐待のリスクを未然に摘む方策の実効性を高めていくことが求められています。

(西川 龍一 解説委員)

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