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「安倍首相 イラン訪問の成果は」(時論公論)

出川 展恒  解説委員
増田 剛  解説委員

【出川】
世界のエネルギーが集中するペルシャ湾の周辺で、イランとアメリカなどの緊張が高まる中、安倍総理大臣がイランを訪問し、ロウハニ大統領や最高指導者のハメネイ師と会談し、緊張緩和を働きかけました。日本の総理大臣として41年ぶり、1979年のイラン・イスラム革命後は初めてとなった今回の訪問の成果と今後の課題について、政治・外交担当の増田解説委員とともに考えます。

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増田さん、まず、安倍総理とイランの指導者との会談の結果から見ていきたいと思います。

【増田】
はい。一連の会談での安倍総理の主張のポイントをまとめました。

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まず、▼中東の平和と安定は、世界の平和と繁栄に不可欠であり、軍事衝突は誰も望んでいないということ。そして、▼イランに対し、緊張緩和に向けた建設的な対応を求めたこと。さらに、▼イランをめぐる核合意を支持する考えを示した上で、核合意を引き続き順守するよう強く求めたことです。

【出川】
一方、イラン側の主張のポイントです。

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ロウハニ大統領は、▼地域の緊張を高めている原因は、アメリカがイラン国民に仕掛けた「経済戦争」にあると述べました。さらに、▼イランから戦争を始めることはない。しかし、戦争をしかけられれば断固とした措置をとると述べています。そのうえで、▼アメリカによる経済制裁の解除、とくに、イラン産原油の禁輸措置の解除を要求しています。
そして、最高指導者のハメネイ師は、▼イランは核兵器を製造も保有も使用もする意図はないと言明しました。
増田さん、今回の会談に対する日本側の評価は、どうでしょうか。

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【増田】
安倍総理自身は、ハメネイ師との会談後、「平和への信念をうかがうことができ、地域の平和と安定の確保に向けた大きな前進だ。緊張緩和に向けた道のりは、大変な困難を伴うが、これからも努力を重ねていきたい」と述べました。目に見える進展はなかったものの、イランの指導者から緊張緩和に向けた意思を確認できたことを前向きに受け止めたものです。
今回の訪問の前、ある外務省幹部は、「イランとアメリカの対話を仲介することが目的ではなく、『誰も戦争を望んでいない』という安倍総理の思いをイランの指導者に伝えて、一触即発の事態を回避することに意味がある」と話していました。つまり、アメリカとイランの直接対話の実現というような、会談の成果に対する過大な期待が出ないよう、予防線を張っていたのです。その範囲内で考えれば、ハメネイ師やロウハニ大統領から「戦争は望んでいない」、「核兵器を製造も保有も使用もしない」という言質を引き出したことで、今回の訪問は一定の成果があったと言えるでしょう。
ただ、これに水を差すような事件が起きました。きのう、ペルシャ湾の入口のホルムズ海峡付近で、日本の海運会社などが運航するタンカー2隻が、何者かの攻撃を受けたのです。これについて、安倍総理は、「いかなる者が攻撃したにせよ、船舶を危険にさらす行動に対して断固非難する」としています。

【出川】
この事件について、アメリカのポンペイオ国務長官は、イランによる攻撃と断定しました。しかし、その具体的な根拠は示していません。これに対し、イラン政府は、関与を強く否定しています。現場に近い海域では、1か月前にも、サウジアラビアなどの4隻のタンカーなどが攻撃されています。いずれも、イランの仕業だとする発言や憶測が飛び交っていますが、そう断定できるだけの十分な根拠や証拠が示されているとは言えず、現時点では、誰が何の目的でこれらの攻撃を行ったか、結論づけることはできません。とにかく、これらの事件の影響で、ペルシャ湾周辺の緊張は、非常に高まっています。

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さて、イランのロウハニ大統領の発言で注目されるのは、▼まず、緊張の原因は、アメリカが仕掛けてきた「経済戦争」にあると述べている点です。これまで核合意を守ってきたイランに落ち度はなく、イラン経済の柱である原油の輸出を止めることを狙ったアメリカの制裁は、戦争行為であり、対抗措置をとる正当な権利があると主張しているのです。▼次に、「アメリカが経済制裁をやめれば、前向きな進展があるだろう」としている点です。しかしながら、トランプ政権は、イランに対する制裁を解除するどころか、新たな制裁を発表するなど、圧力を強める姿勢を崩していません。▼さらに、日本に対しては、アメリカの制裁に加担せず、イラン産原油の輸入を続けるよう強く求めています。
世界的にも注目されている今回のイラン訪問ですが、安倍総理の決断の背景には、何があったのでしょうか。

【増田】
ひとつには、イラン情勢が自らの政権運営にも影響を及ぼしかねないという事情がありました。

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日本は、原油の9割近くを中東からの輸入に依存しています。そして、大半が、ホルムズ海峡を通過します。緊張が高じて、ホルムズ海峡の通過に支障が出るような事態になれば、日本経済にも重大な影響が出るでしょう。中東情勢の緊迫は、「対岸の火事」ではないのです。
また、日本とイランには、伝統的な友好関係があります。1979年のイスラム革命後、アメリカはイランと断交しました。一方、日本は独自に石油取引などを通じて友好関係を保ってきました。
安倍総理自身も、イランとはゆかりがあります。イラン・イラク戦争最中の1983年、父の安倍晋太郎外務大臣がイランを訪問。当時、大統領だったハメネイ師に停戦を呼びかけました。この時、安倍総理は、大臣秘書官として同行していたのです。このことは、今回のイラン訪問の大きなモチベーションになったでしょう。
さらに、安倍総理とトランプ大統領の親密な関係は、世界でも群を抜いています。アメリカとイランの双方から信頼されているのが安倍総理の強みです。

【出川】
ただ、今回、安倍総理との会談に臨んだ最高指導者ハメネイ師の発言は、非常に厳しいものでした。安倍総理が、「トランプ大統領からのメッセージを伝えたい」と述べたのに対して、ハメネイ師は、「トランプ大統領とは、やり取りする価値がなく、返事をすることもない」「誠意をもって交渉するなどと言っているが、まったく信用できない」。このように述べて、対話を拒否する姿勢を示しました。さらに、アメリカの制裁に従い、イラン産原油の輸入を停止した日本の対応にも、不満を示しました。
信頼関係が完全に失われたイランとアメリカの間で、緊張緩和を図ることが、どれほど難しいかを思い知らされる場面でした。

そして今、「イラン核合意」の存続が危ぶまれています。

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ロウハニ大統領は、先月8日、「イギリス、フランス、ドイツなどと、60日間交渉し、われわれが核合意を守る見返りが約束されない場合には、高濃度の濃縮ウランの製造を再開する」と警告しました。その期限は来月初めに迫っています。もし、イランが本格的に核開発を再開すれば、核合意は崩壊します。そうなると、イスラエルによるイラン核施設への軍事攻撃の可能性が再燃したり、サウジアラビアなど近隣諸国が競って核開発を始めたりして、中東の緊張はいっそう高まります。
増田さん、イランをめぐる問題は、今月下旬のG20大阪サミットでも、大きなテーマになりそうですね。

【増田】
そうですね。G20の場でも、安倍総理は、イラン情勢の緊張緩和に向けた首脳外交を展開する考えで、これは、議長国・日本の存在感をアピールする格好の機会となるでしょう。与党内には、「夏の参議院選挙に向けてもプラスになる」という見方もあるようです。ただ、そうした、いわば政略的な思惑ではなく、これまで、欧米諸国が主要なプレイヤーだった中東外交に、日本が主体的に関与することは、日本外交のステージを一段上げることにつながります。今回の訪問が終わりではありません。さきほど、安倍総理は、トランプ大統領と電話で会談し、ハメネイ師との会談内容などを説明しました。国際社会と連携しながら、アメリカとイランの対話を粘り強く働きかけ、中東の平和と安定の実現につなげてもらいたいと思います。

【出川】
ペルシャ湾の緊張は、今後も続きます。そして、イランは、核合意を維持するための「見返り」、すなわち、経済的な恩恵を具体的な形で示すよう、国際社会に要求しています。
対立を深めるアメリカとイランが、意図せず、軍事衝突を起こすことがないよう、緊張緩和の道筋をつくるという、極めて難しい課題が目の前にあります。この問題に関わるすべての国と良好な関係を築いてきた日本の外交力の真価が問われることになります。

(出川 展恒 解説委員 / 増田 剛 解説委員)

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