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「『避難スイッチ』で防災行動を」(時論公論)

松本 浩司  解説委員

九州南部や関東などが梅雨入りし大雨への警戒が必要な時期になりました。去年の西日本豪雨では避難勧告が住民の避難に結びつかなかったことが大きな課題になりました。今夜は「避難スイッチ」という、住民たちが自ら避難を開始する基準を決めておく取組みなど、新しい試みを見ながら、避難行動を起こすために何ができるのかを考えます。

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解説のポイントは
▼西日本豪雨の教訓を振り返ったうえで
▼「避難スイッチ」など新しい取組みを紹介し
▼住民主体の防災計画づくりの必要性を考えます。

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【西日本豪雨の教訓】
240人を超える人が犠牲になった去年の西日本豪雨。市町村から最大で860万人に避難勧告などが出されましたが、避難所に避難をした人は0.5パーセントにとどまり、避難行動を起こす難しさが浮き彫りになりました。

一方、避難が比較的うまくいった地域もあり、ヒントを得ようと広島市はそうした地域に絞って詳しい聞き取り調査をしました。

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対象地区858人の避難率は22パーセントにのぼっていました。避難をした人たちに決め手になった理由をひとつだけたずねると「雨に降り方などで身の危険を感じたから」と「まわりの人から避難を勧められたから」がそれぞれ2割強を占め、「インターネットなどで雨量や水位を見たことが決め手になった」という人もいました。

8割の人が避難勧告が出ていたことを知っていて、広島市は「避難情報に加えて危険性を自らのことと認識できた場合に避難行動につながった」と分析。▼地域ごとの防災マップづくり、▼川の監視カメラなど災害の危険性を把握できる仕組み、▼地域の連絡網やメールシステムなどを使い避難の声かけを行うこと、などを提言しました。

【避難スイッチの取組み】
こうした提言を受けて各地で取組みが始まっていますが、注目されるひとつが兵庫県宝塚市の川面地区の「避難スイッチ」の取組みです。

武庫川沿いに1万8000人が暮らす川面地区は浸水被害をしばしば経験してきました。そこで住民たちで作る自主防災会は今年2月までに地区の防災計画と防災マップを作りました。そのうえで川やため池の水位など自分たちで避難を始める基準、「避難スイッチ」を決めました。

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避難スイッチは京都大学防災研究所の専門家の助言を受けたもので2種類あります。リアルタイムのデータと「自分たちの目」で確認した情報です。

まずデータを入手しやすくするため川面地区の防災情報のインターネット・ポータルサイトを作りました。
このサイトは気象庁など防災機関のデータとリンクしていて、川面地区の現在の雨量や川の水位、監視カメラの映像、氾濫や土砂災害の危険性などをワンクリックで簡単に確認することができます。

それに加えて川やため池など「自分たちの目」で監視をする場所を決めました。大雨のときには近所の住民が安全な場所から監視を続け、写真を撮ってインターネットなどで共有します。

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そして▼水位データが危険水位に近づいたときとか、▼ため池の堤から水が漏れ始めたとき、▼用水路があふれ始めたとき、など地域ごとに「避難スイッチ」を決め、それに達したら自主防災会が住民に避難を呼びかけます。避難勧告は市が発表しますが、市が把握しきれない地域の状況をいち早く掴んで、場合によっては避難勧告を待たずに自主的に避難を始めようという考えです。140人の防災会役員が役割分担をして住民への声かけや高齢者などの誘導も行うことにしています。

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自主防災会の喜多毅会長は「お年寄りなどが逃げ遅れることがないよう『声をかけあってみんなで逃げる』ことが目標で、『避難スイッチ』を活かして住民皆で取り組んで行きたい」と話しています。

【行政と住民 情報共有の取組み】
一方、「避難スイッチ」と新しいシステムを使って住民の避難につなげようという取組みもあります。

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三重県南部、熊野川沿いに広がる紀宝町は8年前の台風12号で大きな被害を受けました。
これを教訓に紀宝町は台風が近づく数日前から「いつ」「誰が」「何をするのか」をあらかじめ決めて実行していく「タイムライン防災」に全国に先駆けて取り組んできました。

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町全体のものに加えて町内の各地区もそれぞれタイムラインを作っていて、大里地区の自主防災会はこれにもとづいて台風の前日に高齢者を施設に避難させています。さらに大里地区では川の橋脚や土手の階段に目印をつけて「避難スイッチ」にし、川の水が赤い目印に達したら周辺の住民はみな避難することにしています。

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さらに町は今年、新たにタイムラインを電子化し共有するシステムを作りました。役場の各部署や河川事務所などの外部の防災機関、各地区の自主防災会などがパソコンや情報端末にそれぞれの状況と対応を入力します。その情報はどこからでも見て共有することができて、これまで会議や電話・メールなどでやりとりしていた手間と時間を大幅に省くことができます。

町全体では5段階の態勢のうちどういうステージにあって、どういう避難情報が出ているのか。各地区はどういう状況になっていて住民は避難しているのか、防災機関はどんな支援をしているのかなど、全員で共有することができます。

雨量計や川の水位計、監視カメラもあわせて45台と大幅に増やし、このシステムで見られるようにしました。大里地区の避難スイッチの目印も現場に行かなくても監視カメラで確認できるようになりました。消防団員などが現場で撮影した写真も見ることができます。

先月、自主防災会に対する説明会が開かれ、情報端末を使ってタイムラインに情報を入力したり、役場や各地区の状況や映像を確認したりする方法について説明を受けていました。

大里地区自主防災会の新宅良仁会長は「役場やほかの地区がどう対応しているのかや川の上流がどうなっているのかなど、情報共有が格段にしやすくなると思う。うまく使いこなして住民の避難に活かしたい」と話しています。

【地区防災計画づくりを急げ】
豪雨災害のとき情報を避難行動につなげるために何が必要なのでしょうか。

見てきたふたつの地域は時間をかけて熱心に取り組んできた例で、どの地域でもすぐにできるわけではないかもしれませんが参考になる部分は多いと思います。また、いずれも前提になっているのは、住民が主体になって地域の防災計画を作っていることです。

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地域ごとに住民がつくる防災計画を「地区防災計画」と言って、東日本大震災をきっかけに取組みが始まりました。全国3400余りの地区で計画づくりが進められていますが全体から見るとごく一部です。先進地域の取組みを紹介したり、専門家から助言を受けられるようにするなど、国や自治体による一層のサポートが求められます。

地域の取組みを見てきましたが、これらは個人や家族の備えを考えるうえでも役に立つと思います。自分が住む地域の防災情報を入手できるようにして自分の「避難スイッチ」を決めたり、タイムラインの考え方を取り入れて防災対応の段取りを話し合っておけば、いざというときにあわてずに行動できるのではないでしょうか。
西日本豪雨など5年続けて大きな水害や土砂災害が起きていて、全国どこにいても豪雨災害はひとごとではありません。行政と地域、そしてひとりひとりが梅雨入りのタイミングで備えを確認しておく必要があると思います。

(松本 浩司 解説委員)

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