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「次の展開は? 米朝シンガポール会談から1年」(時論公論)

髙橋 祐介  解説委員
出石 直  解説委員

1年前のきょう(12日)、シンガポールでトランプ大統領とキム・ジョンウン委員長による史上初めての米朝首脳会談が行われました。朝鮮戦争で死闘を繰り広げその後も70年近くにわたって対立してきた両国の首脳が初めて握手を交わし、朝鮮半島の非核化に向けて取り組んでいくことを確認しました。しかし、ことし2月にベトナムのハノイで行われた2回目の首脳会談は物別れに終わり、ひところの融和ムードも雲行きが怪しくなってきています。米朝関係の現状と今後を展望します。
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【1:シンガポール合意】
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(出石)
1年前のきょう両首脳は「新たな米朝関係」などご覧の4つの柱からなる共同声明を発表しました。しかし肝心の「非核化」については、双方の立場の隔たりは大きく、具体的な進展はいっこうに見られません。

【2:現状の評価】
首脳会談から1年になるのを前にトランプ大統領はキム委員長からの書簡を受け取ったそうですが、アメリカはこの1年間をどう評価しているのでしょうか?
(髙橋) 
去年ふたりは「恋に落ちた」と評したトランプ大統領。新たに届いたキム委員長からの“美しい手紙”は「心温まるものだった」「何か前向きなことが起きるだろう」とご満悦です。
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実際トランプ大統領はこの1年、公の場でキム委員長への批判を一切控えてきました。最近も外遊の先々で「ジョンウン氏を信用している」。北朝鮮で粛清かという憶測が流れると「メディアは何でも悪く言いたがる」。3回目の首脳会談の可能性を記者に問われ「適切な時期に会うのを楽しみにしている」。

いつものトランプ大統領らしからぬ攻撃も不満も抑えた発言は、相手に政治的な利用価値を認めた上で「北朝鮮との対話に向けたアメリカ側の意欲は変わらない」そんなメッセージが込められているのでしょう。
ただ、北朝鮮側から動きらしい動きがないことに当惑の色を隠せません。アメリカの情報機関も「北朝鮮に完全な非核化への意思があるのか疑わしい」そうした見方を変えていません。実質的な距離がほとんど縮まらないまま“北朝鮮による出方待ち”それがアメリカ側の現状への評価です。
(出石)
北朝鮮の姿勢は、ことし2月のハノイでの首脳会談を境にがらりと変わりました。ポンペイオ国務長官やボルトン大統領補佐官らを名指しで非難、5月には日本海に向けて短距離弾道ミサイルの発射に踏み切りました。
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キム・ジョンウン委員長は4月に行った演説でハノイ会談に言及し、「アメリカは問題を解決する準備ができていなかった。我々を圧迫すれば屈服させることができると誤解している。アメリカが今のやり方に固執するなら問題解決の展望は暗い」と述べ、アメリカの態度が変わらない限り3回目の首脳会談には応じないという考えを示しました。

【3:米朝の思惑】
アメリカに対する姿勢がかなり変わってきているように思いますが、トランプ政権に焦りはないのでしょうか?
(髙橋) 
確かに今のトランプ大統領に北朝鮮との“ビッグディール”に前のめりの姿勢は目立たなくなりました。しかし、それはハノイ会談が物別れに終わったからだけではなく、自らの再選への足場を着々と固めているという自信もあるからでしょう。j190612_04_.jpg

最新の世論調査では「トランプ大統領は再選されるだろう」と見る人は54%。初めて過半数に達し、同じ時期のオバマ前大統領を上回りました。アメリカ経済は絶好調。ロシア疑惑の追及もひとまずかわし、大統領の支持率は就任以来最高の水準です。

しかも、アメリカ国民の間でも、北朝鮮を脅威と感じる認識は1年前より和らいでいます。画面右側の調査では、今のアメリカで北朝鮮を「きわめて深刻な脅威」と見る人は34%。イランより多いものの、1年前から13ポイント減っています。とりわけトランプ大統領を支持する与党・共和党の支持層では20ポイントも減りました。
トランプ政権は自らの支持層にきわめて忠実な政権です。北朝鮮による新たな核実験やICBM=大陸間弾道ミサイルの発射実験が止まっている現状は、トランプ大統領にとって、居心地は悪くないのです。北朝鮮がすべての核放棄に乗ってくれば良し。交渉に進展がなかろうと、トランプ大統領は現状に満足できるかも知れません。

(出石)
ハノイでの物別れはキム委員長にとっては誤算だったのだと思います。アメリカを甘く見ていたのかも知れません。この後、北朝鮮はアメリカとの交渉担当者を大幅に入れ替えました。
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ポンペイオ国務長官のカウンターパートだったキム・ヨンチョル副委員長は統一戦線部長を解任され、事前協議に当たったキム・ヒョクチョル特別代表も動静が伝えられず更迭されたと見られています。今後の対米交渉はリ・ヨンホ外相やチェ・ソ二第1外務次官が担うものと見られていますが、今のところアメリカとの接触には一切応じていません。
(髙橋)
では北朝鮮が再び核武装の強硬路線に後戻りする可能性はあるのでしょうか?
(出石)
その可能性は否定できませんが、現時点では、戦略を練り直しながらアメリカの出方を伺っているのではないでしょうか。ポイントは、本当に核を放棄する意思があるのかどうかという点です。

ここでひとつ興味深い証言を紹介したいと思います。
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CIAの北朝鮮担当者として1年前の首脳会談の実現に貢献したアンドリュー・キム氏の証言です。キム氏は去年4月、当時CIA長官だったポンペイオ氏に同行してピョンヤンを訪問しキム・ジョンウン委員長と会談しています。この席でポンペイオ長官はキム委員長に「本当に核を放棄する意思があるのか」と直接質したそうです。これに対してキム委員長は「父親として、自分の子供が核兵器を背負って生きることは望まない」と答えたというのです。
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キム委員長は今年4月の演説で、「トランプ大統領との個人的関係は依然として維持している」「年末まで忍耐をもってアメリカの勇断を待つ」とも述べています。制裁の緩和などアメリカ側の譲歩があれば、再び非核化交渉に戻るという選択枝もキム委員長の頭の中にはあるのかも知れません。

【4:今後の見通し】

ここまでアメリカ、北朝鮮双方の思惑について見てきました。最後に、3回目の首脳会談はあるのか、今後を展望したいと思います。

まず北朝鮮です。激しいアメリカ批判とは裏腹に北朝鮮も現状の打開策を模索しているように思えます。国際社会からの厳しい制裁は、今も緩められることなく続けられているからです。
先月、アメリカの司法省は、石炭の不法な輸出に関与していたとして北朝鮮の貨物船を差し押さえました。貴重な収入源になっている出稼ぎ労働者も安保理の決議で年末までに北朝鮮に強制的に送り還されることになっています。経済的に追い込まれてしまう前に、再びアメリカとの接触を図ってくる可能性は十分あると考えます。
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(髙橋)
一方、トランプ大統領が北朝鮮の求める制裁解除に直ちに応じる可能性は低いでしょう。いわゆる瀬取りなど制裁逃れの取締りは、むしろ徹底強化する方針です。
トランプ大統領は6月下旬に大阪で開かれるG20サミットに出席したあと、ポンペイオ国務長官とともに韓国に立ち寄り、「北朝鮮の完全な非核化の実現を協議したい」としています。
当面は米朝の実務協議をいつ再開できるかが焦点です。
トランプ大統領は来週から早くも再選キャンペーンを本格化させる予定です。選挙戦のさなか北朝鮮との交渉で賭けに出て、失敗するリスクを進んで負いたくはないでしょう。トランプ大統領が北朝鮮問題で大胆な決断を出来る余地は狭まっていきそうです。いまの米朝の膠着状態は思いのほか長引くかも知れません。

【まとめ】
(出石)
安倍総理大臣はきょうから北朝鮮と緊密な関係にあるイランを訪問しています。核開発をめぐるアメリカとイランの対立の行方を北朝鮮も大きな関心をもって見守っていることでしょう。
1年前、歴史的な首脳会談で始まった非核化交渉ですが、今はトランプ大統領とキム委員長の“奇妙な信頼関係”だけでかろうじてつながっている状態です。この関係がみせかけだけで終わるのか、それとも再び動き出すのか。しばらくは双方の我慢比べ、腹の探り合いが続きそうです。

(出石 直 解説委員/髙橋 祐介 解説委員)

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