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「激化する米中摩擦~大丈夫か日本経済」(時論公論)

神子田 章博  解説委員

アメリカのトランプ政権は今週、中国からのほぼすべての輸入品に高額の関税をかける手続きに入りました。ますます激しくなる米中摩擦は、日本経済にも大きな影を落とし始めています。米中摩擦が日本経済に与える影響と、今後の見通しについて考えたいと思います。

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解説のポイントは三つです。
① 日本経済 “悪化”の背景
② 米中協議 長期化か
③ 日米貿易協議への影響

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まず日本経済の現状から見ていきます。
今週発表された景気動向指数。この指数は、生産や雇用などさまざまな経済指標を組み合わせて指数化したもので、景気が上向いているか、それとも下向きなのかという方向性をつかむための統計です。

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3月の景気の現状を示す指数は、2015年を100とした数字で、99.6と、前の月を0.9ポイント下回りました。中国向けに輸出する自動車や、部品、半導体製造装置などの生産が減少したことが主な要因です。

どういうことなのか、具体的に見ていきます。

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 アメリカが高額の関税をかけることで、中国からアメリカへの輸出が減ります。中国製品には、日本製の部品や材料が使われているものも多く、日本からの輸出減少につながります。さらに、中国国内では、多くの失業者がでるなど景気が悪化。消費の伸びが鈍り、日本からの製品の売れ行きも落ちることになります。

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また企業の経営者は、米中摩擦の先行きが見通せないなかで新たな設備投資に二の足を踏むことになります。それで日本で生産している半導体製造装置など生産設備の輸出も減ることになるわけです。実際に、今年1月から3月までの中国向けの工作機械の受注状況をみても前の年の半分程度に落ち込んでいます。

こうした状況の下で、3月の景気動向指数の基調判断は、景気が後退する可能性を示す「悪化」に下方修正されました。

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この基調判断とは、直近の三カ月の指数から得られたデータなどをもとに機械的に決まるもので、▼改善▼足踏み▼上方または下方への「局面変化」▼悪化、▼下げ止まりの5段階にわかれます。

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最近の基調判断の推移を見ますと、2016年10月から去年8月までは、「改善」でした。その後アメリカと中国がお互いの輸入品に高額の関税を掛け合うようになったことを受けて、去年9月から12月は「足踏み」、そして関税合戦の悪影響が本格的に出始めた今年1月からは、「下方への局面変化」となりました。そして今回さらに判断が下方修正され「悪化」となったのです。

このように日本経済は米中協議の行方に大きく左右されています。ではその協議の見通しはどうかというと、明るいものではありません。沈静化するどころか、逆にますます激しくなっているからです。

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トランプ政権は、今月10日、中国からの2000億ドル相当の輸入品に対する関税の上乗せ分を、それまでの10%から25%に引き上げました。これに対し、中国は、アメリカからの輸入品600億ドル相当に最大で25%の関税を上乗せする対抗措置を発表。するとトランプ政権は、今週に入り、まだ関税を上乗せしていない輸入品のほぼすべてにあたるおよそ3000億ドル相当の輸入品に対しても最大で25%の関税を上乗せする手続きに入りました。これが現実のものとなれば、中国の経済成長率を大幅に押し下げるおそれがあります。

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さらに、これまで製品を中国でつくり、アメリカに輸出していた企業の間では、高額の関税を避けようと、生産拠点を別の国に移そうという動きが出始めています。これによって中国国内の雇用が減り、景気を一段と減速させるおそれがあります。日本経済への影響もより深刻なものとなることは避けられません。

そして、こうした状況は、今後も長期間にわたって続くおそれが強まっています。

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アメリカが新たに関税を上乗せしようとしている輸入品の大半は、おもちゃやノートパソコン、携帯電話など、生活に身近な製品となります。これらの製品は関税の引き上げを通じて、価格の上昇につながっていきます。アメリカの調査会社は、すべての関税引き上げが実施されると、平均的な4人家族の場合日本円で年間25万円の負担増につながるという試算をまとめました。アメリカ経済を支える消費の勢いにブレーキがかかることが懸念されます。
つい先日までは、トランプ政権が、こうした経済への悪影響を嫌って、早期の交渉合意をめざすのではないかと見られていました。ところがここへきてトランプ大統領の交渉戦術は一段と厳しいものに変わりました。

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きっかけのひとつが、来年秋の大統領選挙で有力な対抗馬と目される民主党のバイデン前副大統領の演説だったとされています。「中国は競争相手ではない」とする発言が、共和党だけでなく民主党内からも弱腰しだと激しく批判されたのです。これを見たトランプ大統領は、合意を急いで中国と安易な妥協をするよりも、あくまで強硬姿勢を貫いたほうが、大統領選挙に有利になると考えたのではないかという見方があります。

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これに対し中国側も、一歩も引かない構えです。アメリカとの交渉チームを率いる劉鶴副首相は、先週の閣僚協議の直後、自国などのメディアを通じ、「重大な原則に関わる問題では決して譲歩することはできない」と発信しました。アメリカが貿易協議のなかで、中国の国有企業に対する補助金の見直しなどを求めていることを念頭に、国の体制の根幹にかかわる問題で譲らない姿勢を強調したのです。米中協議は長期化する恐れが強まっており、その分日本経済が悪化するリスクも高まっているのです。

米中の交渉が長期化することで懸念されるのが日本とアメリカとの間の貿易協議への影響です。
トランプ大統領は、もともと中国との協議を通じて貿易赤字を減らし、国内の製造業の労働者の雇用を守ったとアピールすることを狙っていました。ところが、その成果をなかなか得られない中で、同じように巨額の貿易赤字を抱える日本との協議で成果を急ぐことが考えられるからです。

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そのなかで私が注目するのは為替条項の問題です。為替条項とは、輸出の競争力を高める目的で市場介入などを通じて自国の通貨を安く誘導することを禁止するものです。トランプ政権は、この条項を日本と新たに結ぶ貿易協定に盛り込むよう迫っています。これに対し、日本は為替政策と貿易政策をリンクさせるべきでないと反対しています。
「為替条項」を結べば、市場が暴走して過度な円高となった際の市場介入まで、制約を受けることになりかねないと懸念しているためです。しかし、トランプ政権が強硬に求めてきた場合に、拒否できるのかどうかは不透明です。
協定に為替条項が盛り込まれた場合には、市場関係者の間で、「日本は市場介入をしづらくなった」という見方がひろがり、円高が進みやすくなるおそれもでてきます。 このように、米中摩擦の影響は、さまざまな形で日本経済にも及ぼすことになります。
 
これまで世界経済はアメリカと中国が互いの経済の結びつきを強める中で成長を続けてきました。その結びつきが薄れることになれば、成長の勢いは大きくそがれることになります。日本としては、米中の間に立って、対立の緩和にむけて働きかけていくことが求められていると思います。
しかし、トランプ政権がここ一週間あまりの間に立て続けに見せた中国への強硬策は、体制の異なる大国同士が容易には折り合えない、溝の深さを見せ付けています。   
「世界経済は、これまでに経験したことのない段階へと移っていく可能性もある。」
そう身構えておいたほうが良いのかもしれません。

(神子田 章博 解説委員)

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