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「日朝首脳会談 実現への課題と展望」(時論公論)

出石 直  解説委員
増田 剛  解説委員

(出石)菅官房長官は先週アメリカを訪問し拉致問題の早期解決を訴えました。これに先立って安倍総理大臣は、前提条件をつけずに日朝首脳会談の実現を目指す考えを明らかにしています。一方、北朝鮮は今月になって複数の短距離弾道ミサイルを発射するなど、強硬姿勢に戻ったかのような動きを見せています。果たして日朝首脳会談は実現するのか、拉致問題は解決に向けて動き出すのか、政治・外交担当の増田委員とともにお伝えします。

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増田さん、菅官房長官のアメリカ訪問。官房長官の外国訪問は異例ですが、どんな成果があったのでしょうか。

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(増田)今回の菅長官の訪米は、拉致問題の解決に向けて国際社会の理解と協力を得ること、そして、前提条件をつけずに日朝首脳会談の実現を目指す方針に対し、アメリカの支持を取り付けることでした。菅長官は、ワシントンで、ペンス副大統領、ポンペイオ国務長官、シャナハン国防長官代行と会談。拉致問題では、「日本政府の取り組みを支持する」という言質を取り付けました。トランプ政権のキーマンたちと、緊密な連携を確認し、問題解決に向けた政策協調を図ることができたのは、一定の成果だと思います。ただ、滞在中の今月9日には、北朝鮮が短距離弾道ミサイルを発射。菅長官は、ニューヨークで、「北朝鮮との相互不信の殻を破り、新たなスタートを切る」と述べ、日本側から対話の窓口を閉ざすことはしない、首脳会談の実現を目指す方針は変わらないという姿勢を示したものの、「不意を突かれた」格好になったのは事実です。

(出石)一方の北朝鮮ですが、対話を模索する日本側の動きとは対照的に、今月4日と9日と2回にわたって日本海に向けて複数の飛しょう体を発射しました。

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国営メディアによりますとキム委員長は「国の平和と安全は強力な物理的な力によってのみ保障される」と強調したと言うことです。
このうち9日に発射された飛しょう体について、アメリカ国防総省は弾道ミサイルだったとする分析結果を明らかにしています。しかしこれに対する各国の反応は、これまでとはかなり異なったものとなりました。
トランプ大統領は「とても深刻にとらえている。誰も喜んでいない」と不快感を表明したものの、翌日には「現時点では、信頼を裏切るものだとは考えていない」とトーンダウン。
ムン・ジェイン大統領は「弾道ミサイルであれば安保理決議違反に当たる」としながらも「分析中だ」として断定を避けています。

(増田)日本政府も、弾道ミサイルの発射は「安保理決議に違反するもので、極めて遺憾だ」としています。一方で、岩屋防衛大臣は、日本の安全保障に直ちに影響を及ぼすものではないと強調しました。北朝鮮を声高に非難する言動は慎み、過度に刺激しない。こうした政府の姿勢には、やはり、安倍総理が、前提条件を付けずに首脳会談の実現を目指す考えを示したことが影響していると思います。

(出石)増田さん、北朝鮮は強硬姿勢に戻ったかのような動きも見せていますが、安倍総理大臣が「前提条件を付けずに首脳会談の実現を目指す」という考えを示したその真意はどこにあるのでしょうか?

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(増田)安倍総理はこれまでも、日朝首脳会談に意欲を示してきましたが、「拉致問題の解決に資する会談にしなければならない」と、条件もつけてきました。ところが今回は、あえて「条件を付けずに」と強調していますから、従来の方針を転換した、北朝鮮への外交的メッセージとみられています。背景には、先月下旬の日米首脳会談で、トランプ大統領から、キム委員長の交渉姿勢について何らかの感触を得たのではないかという見方もあります。

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国会で真意を問われた安倍総理は、「会談への決意をより明確な形で述べたものだ」と説明。その上で、日朝ピョンヤン宣言に基づき、拉致・核・ミサイルの問題を包括的に解決し、国交正常化を目指す方針に変わりはない、つまり、拉致問題の出口戦略に変わりはないと強調しました。安倍総理としては、まずは、首脳会談のハードルを下げて、会談を実現し、その後の国交正常化交渉の中で、拉致問題の解決を図る狙いです。

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また、キム委員長が、中国、韓国、アメリカ、ロシアとの首脳会談を重ねる中で、日本も同じ6か国協議の関係国として存在感を示したいという思いもあるのでしょう。

(出石)日本政府はこのところ、北朝鮮に向けて対話に向けたメッセージを送っているようですね。

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(増田)そうです。国連人権理事会に11年連続で提出してきた、北朝鮮に対する非難決議案を、今年は見送りました。さらに先月公表した2019年版の外交青書では、北朝鮮への「圧力を最大限に高めていく」という表現を削除しました。安倍総理が、前提条件を付けずに首脳会談の実現を目指すと表明したのは、この柔軟姿勢をさらに強めたもの、いわば会談への呼び水です。

(出石)北朝鮮側の姿勢にも若干ではありますが変化の兆しが見られます。ことし1月、日本政府は、漂着した北朝鮮の木造船の船員を保護し北朝鮮側に引き渡しました。これに対し、北朝鮮は赤十字を通じて日本政府に謝意を伝えてきたのです。極めて異例なことです。もうひとつ、ハノイでの首脳会談以降、アメリカとの関係が悪化していることも、日本にとっては有利な材料になるかも知れません。北朝鮮とアメリカとの関係が行き詰まると他の国に接近するのは北朝鮮外交の常套手段だからです。

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2002年の小泉総理大臣の訪朝は、当時ブッシュ政権が北朝鮮を“悪の枢軸”と非難し圧力を強める中で実現しました。去年も、シンガポールでの初めての米朝首脳会談の開催が危ぶまれると、キム委員長は急きょムン大統領と会談、ハノイでの米朝首脳会談が物別れに終わった後にはプーチン大統領と会談しています。安倍総理大臣がトランプ大統領との蜜月ぶりを見せつければ、日本に目を向けてくる可能性もあるように思えます。

増田さん、日朝首脳会談の実現可能性について、日本政府はどう見ているのでしょうか?

(増田)「前提条件を付けずに首脳会談を」という安倍総理の発言は、今月6日、トランプ大統領との電話会談の直後に行われました。トランプ大統領は、日朝首脳会談の実現に全面的に協力する姿勢だとされています。中国の次の駐日大使となる外務次官も、今月5日、会談実現に協力する考えを示しています。北朝鮮が最も重視するアメリカと、北朝鮮に最も影響力を持つ中国が、日朝首脳会談を後押しする姿勢ですので、会談実現の可能性は少なからずあるとみる関係者もいます。

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(出石)ただ今後、北朝鮮は▽段階的な非核化や制裁緩和を容認しろ、▽同盟国のアメリカを説得しろ、▽過去の清算としての経済協力を約束しろ、などと無理難題を吹きかけてくるのではないでしょうか。拉致問題についても、最高指導者であるキム・ジョンウン委員長が“解決済みだ”と一蹴すればこれが最終回答になってしまいます。
増田さん、日本政府はこうしたリスクを覚悟したうえで、キム委員長との首脳会談に臨もうとしているのでしょうか?

(増田)日本政府も、リスクがあることはわかっています。それでも、「北朝鮮はトップダウンの国。トップと会って話をしなければ、何も進まない」と考えているのです。仮に首脳会談が実現すれば、拉致問題でどれだけ前向きな対応が引き出せるかが焦点になります。
一定の前進がなければ、会談を急いだ姿勢が批判を浴びる恐れすらあるでしょう。北朝鮮につけこまれることがないよう、事前に、冷徹な現状分析に基づく、緻密な戦略を立てておく必要があることは言うまでもありません。

(出石)現時点では、日朝首脳会談が実現するのかどうか、表向き決まったことはありません。したたかな相手だけにそう簡単に実現できるとも思えません。
いずれにせよ首脳会談に臨むのであれば、拉致問題の解決に向けた具体的な進展という結果を出さなければ意味がありません。そのためには、どのようにして交渉に臨むのかの戦略が必要です。戦略なき首脳会談はかえって相手に付け込む隙を与えることになってしまうからです。今後もし、首脳会談が実現するかもしれないという展開になったとしても、首脳会談で何を得るのか具体的な戦略をもって臨んで欲しいと思います。 

(出石 直 解説委員 / 増田 剛 解説委員)

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