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「幼児教育・保育の無償化 残された課題」(時論公論)

藤野 優子  解説委員

消費増税とあわせて今年10月から始まる「幼児教育・保育の無償化」を盛り込んだ改正子ども・子育て支援法が今月10日、国会で成立しました。
子育て世帯の負担を軽減して、全世代型の社会保障への転換を加速し、少子化対策につなげたいと政府が説明する今回の改革。歓迎する声もある一方で、他に優先して取り組むべき課題が残っているのではないか。国会の審議でもそうした指摘が相次ぎました。幼児教育・保育の無償化の残された課題を考えます。

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幼児教育・保育の無償化の内容です。
◆3歳から5歳の子どもの幼稚園、認可保育所などの保育料が原則無料に。
◆待機児童の多い0歳から2歳の子どもについては、住民税非課税の世帯に限定して認可施設の保育料が無料となります。
◆認可外施設に通う子どもも、市町村が保育が必要だと認めれば、一定の補助を受けられます。消費増税の財源のうち、およそ8000億円がこれに充てられる予定です。

しかし、この無償化をめぐっては、国会の参考人質疑でも、専門家の多くから、他に優先すべき対策があるのではないか。また、無償化とセットで進めるべき課題が残っている。そうした指摘が相次ぎました。

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ひとつめの課題は、保育所の待機児童の問題です。政府が参考値として発表した去年10月の待機児童数は4万7千人。政府は来年度末までの待機児童解消を目標に整備を急いでいますが、無償化によって利用を希望する人が増えることも予想され、実現は難しい状況です。

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待機児童が解消できない原因となっているのが、深刻な保育士の担い手不足です。
今年3月の保育士の有効求人倍率は3.37倍。一人の保育士を3つから4つの施設が争う状況です。もはや都心だけでなく、地方も定員を減らしたり閉園したりする施設が相次いでいます。仕事の大変さに見合う賃金ではないと現場を離れる保育士が多く、離職率は10%を超えています。このため、保育士資格を持っていても保育現場で働いていない潜在保育士は80万人以上いるといわれています。
このため、政府も賃金をあげて、現場に戻る人を増やそうと対策を進めていますが、状況は改善されていません。その原因は、長時間労働や休みを取りにくいことなどの問題もありますが、先進国で最低水準の保育士の配置基準もあると指摘されているのです。

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日本の認可保育所などの保育士の最低配置基準です。
0歳は3人の子どもに対して保育士1人以上、1歳は6人の子どもに対して、1人以上の保育士などと決められています。例えば以下はイギリスの場合ですが、他の先進国に比べて日本は手薄で、特に3歳以上の基準は先進国でも最低水準レベルといわれています。保育の現場をみると、一人の保育士で、集団行動のルールがまだ身についていない20人、30人もの子ども達と向き合うのはほぼ不可能です。このため、実際現場では、基準より多い保育士を配置している施設が多くなっています。
しかし、保育士の人件費は、この最低基準をもとに国の補助の額が決まるため、(自治体独自の補助がなければ)保育士一人当たりの賃金が十分に上がらないという構造になっているのです。
政府も、以前は、3000億円ほどかけて保育士を増やしている施設への補助を出す方針を決めていました。しかし、今も財源が確保できないまま、ほぼ先送りとなっています。保育現場の実態にあった他の先進国並みの配置基準に見直し、国からの補助を増額して保育士の待遇をもっと改善していくことが、現場に戻る保育士を増やし、待機児童の根本的な解決につながるのではないでしょうか。

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もう一つの課題は、子どもの安全と保育の質をどう保証するかという問題です。
今回、最初の5年間は、全ての認可外施設を補助の対象としたことに対して、国会の参考人質疑でも危険性を指摘する意見が集中しました。
なぜなら、判っているだけでも認可外施設の4割以上が、子どもの命を守るために最低限必要な基準と言われている認可外の指導監督基準さえ満たしていないからです。こうした施設まで補助の対象にすれば、質の悪い施設を温存することになると自治体などからも批判が出ました。
また、今まで指導や監査が行われていないベビーシッターや、地域の人が子どもを預かるファミリーサポートなども一部補助の対象に含まれています。もちろん、認可外でも良い施設や良いサービスもあります。しかし、質のばらつきが大きく、死亡事故も認可外施設の方が認可施設より多くなっているのです。政府は、指導や研修を徹底するとしていますが、安全な施設を整備するほうが先ではないのでしょうか。これまでも指導は徹底されず、劣悪な施設が運営を続け、事故や犯罪が起きてきたのです。

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では、劣悪な施設をなくし、子どもの安全や保育の質を守るにはどうしたら良いのか。
参考になるのが、無償化とあわせて、国統一の監査制度をつくり、質の保証に取り組んだイギリスの例です。
イギリスでは、1990年代後半から、保育や教育の充実を政権の最重要課題に掲げ、1998年から貧困対策として段階的に無償化を進め、2001年には、Ofstedという国の機関による統一監査制度をスタートさせました。

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この制度では、まず、小学校入学前の子どもが通う施設の職員から、チャイルドマインダーと呼ばれる自宅で保育をする人まで、報酬を得て2時間以上子どもを預かる人は全員Ofstedに事前登録され、性犯罪歴がないかなどの審査が行われます。
その上で、保育士の配置が守られているかなどは勿論のこと、その施設でどのような保育が行われているかをみるため、専門の検査官が4年に一度の頻度で立入り調査に入り、国の統一基準に基づいて監査を行います。
例えば、
▼年齢に応じた能力を子ども達が身につけているか
▼質の高い保育活動になっているのか、など4つの観点から監査が行われ、その結果は、「優良」「良」「要改善」「不適切」の4段階評価でHPに公開され、「見える化」しているのがポイントです。保護者も施設選びの際の判断材料にできるのです。
そして、改善が求められた施設は指導を受けながら改善を図り、改善されない施設は登録が取り消され、運営できなくなります。

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この国による統一監査制度が始まって、虐待が行われていたり、劣悪な環境だった施設が閉鎖されただけでなく、当初は大多数の施設が「要改善」となっていたのが、およそ10年後には80%以上の施設が「優良」「良」の評価を受けるようになり、質の改善に効果をあげたと専門家の間では評価されています。
保育・教育の質を一つの物差しで評価することの是非はあると思いますが、無償化を始めた国の多くは、無償化とセットで質の保証や向上に取り組んでいます。
日本も、劣悪な施設を排除する仕組みをもっと強化し、さらに保育・教育の質を全体的に上げていくための新たな監査・評価の仕組みづくりが今、求められていると思います。

今回の幼児教育・保育の無償化は、政治主導で急ごしらえの制度設計をしたために、高所得者ほど恩恵を受けることなど、他にもいくつもの課題を残しています。これが、今後、子どもたちにどんな影響を及ぼすのか。優先順位は適切だったのか。少子化対策としての効果は上がるのか。今後、継続して政策効果を検証し、必要な見直しを重ねていくことが極めて重要になると強調しておきたいと思います。

(藤野 優子 解説委員)

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