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「新型インフルエンザから10年 次のパンデミックへの備えは」(時論公論)

中村 幸司  解説委員

皆さんは、新型インフルエンザのパンデミック、つまり世界的大流行が次に起きたとき、被害はどの程度になるとお考えでしょうか。
2009年、新型インフルエンザの感染が世界中に広がり、日本でも外出する際、多くの人がマスクをしていた光景を覚えている方も多いと思います。あれから、ちょうど10年。この間、対策が進められましたが、その一方で国は次のパンデミックについて、日本だけで死者が17万人から64万人にのぼると想定しています。10年前とは桁違いに多い数です。
なぜ、これだけの死者が想定されているのかをみながら、現状の備えは十分なのか考えます。

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解説のポイントです。

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▽10年前の新型インフルエンザの状況、
▽いま、とられている対策をみたうえで、
▽次に発生する世界的流行、パンデミックに備えるために何が求められるのか考えます。

まずは、10年前の状況です。

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2009年の4月24日、WHO=世界保健機関は「メキシコやアメリカで新しいインフルエンザウイルスに感染したとみられる患者が相次いでみつかった」と発表しました。
その後、WHOは「継続的にヒトからヒトへの感染が見られる」として、警戒の段階を示すフェーズが「4」になったと宣言、6月には「世界的な大流行の状態にある」として、最もレベルの高い「フェーズ6」に引き上げ、世界中に最大級の対策を求めました。
世界で、10万人以上が死亡したといわれています。

一方、日本では国内にウイルスが入るのを極力遅らせるために、空港など水際での検疫が強化されました。感染の疑いがあれば、一時的に空港周辺に留める「停留」や、感染が起きている国からきた人は、入国後も「経過を観察」する措置がとられました。
5月、兵庫県で海外に行っていない高校生が感染していることがわかり、国内でもヒトからヒトに感染が広がっていることが確認されました。8月には、国内初めての死亡が報告され、その後、流行入りしました。

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日本国内で死亡した人は、およそ200人、1万8000人が入院し、2000万人以上が感染しました。この死者の数は人口10万人当たり0.16人です。

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日本は、対策が効果をあげた国とされています。各国の人口あたりの死者数と比較すると、先進国の中でも少ないことがわかります。

なぜ、なのか。

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2009年のウイルスは、新型インフルエンザとして想定していたものに比べて毒性が弱かったことがあります。ただ、これはどの国にとっても同じです。
日本の対策が有効だった要因としては、
▽国民がみな保険に入っていて、医療機関を受診しやすいこと、
▽インフルエンザ治療薬の迅速な処方がされたこと、
▽県内全域の休校といった学校閉鎖の実施、
▽手洗いなどの公衆衛生の意識の高さなどがあったと指摘されています。

次の新型インフルエンザの被害はどの程度なのでしょうか。
将来、パンデミックを起こすのではないかと指摘されているのが「H7N9」というインフルエンザウイルスです。

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中国で、生きた鶏と接触をした人が感染し2013年ころから死亡するケースが相次いで報告されました。このウイルスは、毒性が強いつまり致死率も高いタイプとみられています。いまは、主に鳥の間の感染にとどまっていますが、これがヒトからヒトに感染するように変化した場合、パンデミックにつながると警戒されています。

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次の新型インフルエンザについて、国の被害想定が上の図です。
死亡は、17万人から64万人です。2009年と比べると桁違いなのがわかります。国民の4人に1人、3200万人が感染。職場では、一時的に最大40%の人が仕事を休むとされています。

ただ、ウイルスによっては、被害はこれより小さいかもしれません。
では、いつ起きるのか。過去をみると、新型インフルエンザの流行は、10年から40年ほどの間隔で出現しています。流行が再び起こることを前提に、備えなければなりません。

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その備え。現在の対策はどうなっているのでしょうか。

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この10年で大きく変わったのが、対策を定めた特別措置法が作られたことです。この法律では、国内で感染が確認され、感染の拡大で国民に重大な被害が及ぶ危険があるなどと判断されれば、総理大臣が「緊急事態を宣言」するとしています。
対策の具体的な内容は、「行動計画」や「ガイドライン」にまとめられています。
▽発生前は、治療薬の備蓄、▽海外で発生した段階で、水際の検疫強化とともに、発生している国からの便が到着する空港や港などを限定する、▽国内発生後は、国民に不要不急の外出の自粛を要請すること、学校などの施設の使用制限、一連の混乱に伴う商品の買い占めなどにより生活物資の価格が上がらないよう安定させることなどと定められています。
また、新型インフルエンザのウイルスから国民全員分のワクチンを半年で製造する体制も整えるとしています。

こうした対策の一方で、課題も見えてきます。

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例えば、自治体です。
地域の対策の核になりますが、パンデミックが起きても、業務を継続できるようにする計画が「作られていない」自治体が、都道府県レベルでおよそ10%、市区町村に至っては、70%以上もあります。この計画の策定は自治体の義務ではありません。ただ、出勤できない職員が数多くいる中で、対策を進めることを考えれば、おのずと作られる計画だと思いますが、そうできていないのです。
国は、検討が十分でない自治体が少なからずあるという認識のもと、地域の対策が機能するか点検する必要があります。

日本を取り巻く環境の変化も、対策を難しくしているように感じます。
その一つが、外国人の急増です。訪日外国人は10年前の4倍です。「医療機関を受診しやすい」という日本の特徴、これは観光などで訪れる外国人には必ずしもあてはまりません。
たとえば、国内発生の初期は、発熱など感染の疑いのある場合、電話で相談し、指定された病院に他の患者とは違う入り口から入ることが求められますが、どこまで実践してもらえるか。そもそも、医療機関にかかってくれるのか。
急増する外国人にも日本人と同様に情報が届くようにするなど、時代の変化に対応する柔軟な対策づくりが求められます。

治療に関して、国は複数の種類のインフルエンザ治療薬を国民の45%分、備蓄することとしています。しかし、新型インフルエンザに対して、はたして、どこまで効果があるかはわかりません。
こうしたリスクを小さくするためには、さまざまなタイプの薬を開発するなど、備えを多重化させることが必要になります。

このように、国や自治体、医療機関、企業などあらゆるレベルで、対策の見直しを検討することが必要です。

そして、私が最も強調したいのが、国民の意識の問題です。

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10年前の経験から、次のパンデミックが起きても「感染は抑えられるものだ」などと甘く考えてはいないでしょうか。そもそも新型インフルエンザのことすら、忘れてしまってはいないでしょうか。だとすれば、この問題の危機感について国の伝え方にも課題があるということになります。
国の被害想定、こちらをもう一度確認してほしいと思います。死亡する人が多くなれば、冷静に行動することも難しくなります。社会が混乱し、経済的損失も非常に大きくなることが考えられ、私たちはそれを最小限にしなければなりません。

新型インフルエンザから10年のこの機会に、人類共通の大きなリスクであるパンデミックに向き合うこと、このことが、いま国民一人一人に求められています。

(中村 幸司 解説委員)


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