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「米朝非核化交渉の行方」(時論公論)

出石 直  解説委員

アメリカのトランプ大統領と北朝鮮のキム・ジョンウン朝鮮労働党委員長による2回目の首脳会談から一か月。ベトナムの首都ハノイで行われたこの会談では、完全な非核化に向けて何らかの前進があるのではとの期待もありましたが、結局、両者の隔たりは埋まらず交渉は物別れに終わりました。
2人の首脳がわざわざハノイまで足を運びながらなぜ合意に至らなかったでしょうか。
それはキム・ジョンウン委員長が要求した「制裁の解除」とトランプ大統領が求めた「完全な非核化」。この2つの点で合意が見いだせなかったからです。「制裁の解除」と「完全な非核化」をめぐる両者の溝は埋めることはできるのか。首脳会談に関わった高官の発言などから、両者を隔てている溝の深さが次第に明らかになってきました。
会談後の両国の動きも踏まえ、今後の非核化交渉の行方を展望したいと思います。

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まず制裁の解除です。

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トランプ大統領は首脳会談後の記者会見で「北朝鮮が求める制裁の完全な解除には応じられない」と述べ、制裁を解除しない立場を強調。
これに対し北朝鮮のリ・ヨンホ外相は、「われわれが要求したのは全面的な制裁解除ではなく、人民生活に関わる一部の制裁解除だ」と反論しました。
リ・ヨンホ外相が指摘した人民生活に関わる制裁とは、おととしから去年にかけて国連安保理で決議された5つの制裁決議を指します。

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北朝鮮からの石炭や鉄鉱石の輸入を禁じ、北朝鮮への原油や石油精製品の供給を制限しています。これらの制裁は、北朝鮮がもっとも嫌がっている、言葉を換えればもっとも効果を上げている措置です。こうした制裁のいわば根幹部分を解除しろというのは、事実上の全面解除の要求とも言えます。
こうしてみてきますと制裁解除をめぐる対立は、何をもって「全面解除」と見做すのかという受け止め方の違いに過ぎないように思えます。
むしろ、より本質的な対立は、制裁解除の前提となる「完全な非核化」とは具体的に何をすることなのか。何をもって「ゴール」とするのかにありました。
リ・ヨンホ外相の記者会見に同席したチェ・ソニ外務次官の発言です。
(チェ・ソニ外務次官)
「我々はニョンビョンにあるすべての施設をアメリカの専門家の立ち会いのもと、永久に放棄するというこれまでにない提案をした」
しかしアメリカはこの提案を受け入れませんでした。ニョンビョン以外の施設も放棄の対象にするよう求めたのです。
(ポンペイオ国務長官)
「ニョンビョンにある施設も重要だが、それらをすべて放棄してもまだミサイルや核弾頭、兵器システムは残る」
アメリカは、情報機関の分析などからニョンビョン以外にも核開発が行われている施設が複数あるという確信を持っていました。例えばアメリカの外交安保専門誌の「ディプロマット誌」は去年7月、ニョンビョンとは別の新たなウラン濃縮施設があると報じています。

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ピョンヤン郊外のカンソンに建設されたこの施設は、ニョンビョンより規模が大きく2倍の濃縮能力があると見られています。アメリカの情報当局はさらに3つめのウラン濃縮施設の存在も把握していると言います。
北朝鮮の核施設はニョンビョンだけではない。アメリカはカンソンのウラン濃縮施設を含むすべての核関連施設の放棄を要求したのです。

ここまで「制裁解除」と「完全な非核化」をめぐる意見の隔たりについて見てきました。
では、この2つの隔たりは、今後埋まっていくのでしょうか。
結論から先に申し上げると、きわめて困難と言わざるを得ません。こちらは最近、国連安保理の議長宛に提出された報告書です。制裁の実施状況について調査している制裁委員会の専門家パネルがまとめました。

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▽ 北朝鮮は、洋上で積み荷を船から船に移し替えるいわゆる“瀬取りを巧妙化させている。
▽ 去年、確認されただけで148回の瀬取りが行われた。
▽ こうした瀬取りによって北朝鮮は、去年一年間だけで、安保理決議で認められている50万バレルをはるかに超える量の石油精製品を違法に調達した。
国連の制裁によって正規ルートでの輸出入ができなくなったために、北朝鮮は“瀬取り”という違法な取引を活発化させているのです。これは制裁が効いている証拠でもありますが、その一方で、制裁破りという抜け穴がいっこうに埋まっていないことも意味しています。
▽ さらに北朝鮮では、少なくとも4つの専門家集団がサイバー攻撃に関与しており、
▽ 5回のサイバー攻撃で、仮想通貨市場から合わせて5億7100万ドル(630億円)の外貨を不正に獲得したということです。
報告書は、北朝鮮の核開発についても言及しています。

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▽ ニョンビョンの核施設は今も稼働中で、
▽ 軽水炉近くには新たな施設が確認された。
▽ カンソンのウラン濃縮施設でも大型トラックの動きが確認されている。
つまり核・ミサイル開発は止まっていない。今も続いている、というのです。

報告書の内容を裏付けるように、今月になってアメリカの研究グループは、トンチャンリにあるミサイル発射場で施設を建て直す動きを確認したと発表しました。

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今月15日にはチェ・ソニ外務次官が再び記者会見し「我々はいかなる形でもアメリカの要求に譲歩する気はないし、そのような交渉をするつもりもない」と交渉の打ち切りを示唆、ミサイルの発射実験を再開するかどうか「近くキム委員長が判断を示す」と予告しています。
一方、アメリカの交渉担当者ビーガン特別代表も、今月11日にワシントンで行った講演で次のように述べています。
(ビーガン特別代表)「朝鮮半島に恒久的な平和をもたらすためには、すべての大量破壊兵器が破棄されなければならない」
核施設だけでなく生物・化学兵器を含めたすべての大量破壊兵器の廃棄を求めたのです。

このように、非核化交渉の行方はきわめて不透明になってきました。
もし北朝鮮が核実験やミサイル発射の再開に踏み切れば、去年から続いていた対話ムードが吹き飛んでしまうことは確実でしょう。ただキム委員長は、首脳会談の結果や核・ミサイル開発については今のところ沈黙を貫いています。トランプ大統領も、今月22日「北朝鮮への追加制裁の撤回を指示した」とツイッターに投稿、これについてホワイトハウスの報道官は「キム委員長を気に入っているからだ」と説明しました。

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首脳同士は互いを刺激せず、良い関係を維持しておきたいという配慮が見て取れます。
政府レベルで挑発的な発言はあっても最高指導者に対する批判は控えており、何とかギリギリのところで踏みとどまっているというのが現状ではないでしょうか。
去年6月のシンガポールでの第1回目の首脳会談で両首脳は「非核化を実現して戦争のない平和な朝鮮半島を実現する」という大きな目標を共有しました。問題はその先です。
これから先の交渉は非常に困難で時間のかかるものであることは覚悟しておかなければなりません。
「完全な非核化」とは具体的に何をすることなのか。そしてその見返りとして、いつ、どんな形で、どの程度の制裁を解除するのか。双方に今後とも交渉を続けていく意思があるのならば、まずは実務者レベルでこうした点を積み上げていく必要があります。むしろこれからが本当の交渉と言えるのではないでしょうか。

(出石 直 解説委員)

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