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「なぜ見送られた著作権法改正」(時論公論)

三輪 誠司  解説委員

漫画などの静止画をインターネットからダウンロードすることを禁止する著作権法の改正案は、国民の理解が得られないとして今の国会への提出が見送られました。改正は、漫画などを違法にインターネットに公開する「海賊版サイト」の対策を目指したものでしたが、対策の強化を求めていた漫画家の団体さえも反対するという異例の事態となりました。

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海賊版サイトは、漫画などの著作物を作者に無断でインターネットに公開している悪質なホームページです。国は、被害額は半年だけで3000億円にのぼるとして、有識者会議を開き対策を検討しました。

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その際に議論となったのは、ブロッキングという手法です。ブロッキングとは、利用者が、海賊版サイトにアクセスしようとした時、通信会社が回線を切断するものです。しかし、通信回線を切断する法律をいったん作ると、ネットを通じたさまざまな発信が次第に遮断されていき、言論や表現の自由が侵害されていくおそれがあるとして通信会社などが反対し、この案は立ち消えになりました。

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それに変わる案として出てきたのが、著作権法の改正と通信会社の自主的な規制です。現在の著作権法では、違法に公開されたものと知りながら動画や音楽をパソコンに取り込む「ダウンロード」を禁じています。それを漫画などの静止画も対象にします。その上で、海賊版サイトを利用する人に対して通信会社が警告画面を表示します。例えば「このサイトの利用は、著作権法に違反する恐れがあります」と、接続をやめるよう呼びかけるメッセージです。この方法は、ネット利用を法律で規制するのではなく、通信事業者の自主的な取り組みによって利用者のモラルに訴えようというものでした。

この後議論がはじまった著作権法改正は、文化庁の審議会の委員会で3ヶ月間の検討が行われました。しかし、まとまった報告書に基づく法律の改正案に反対意見が相次ぎ、見送られることになりました。しかも、海賊版サイトの対策を強く求めていた漫画家の団体さえも相次いで反対や見直しを求めたのです。

これまで禁止されていた動画や音楽のダウンロードに「静止画」と追加するだけの改正のように見えますが、なぜ反対意見が相次いだのでしょうか。

海賊版サイトが与えている損害は、漫画のストーリーも含めた、一話、一冊というまとまった単位の商品が代金を払われずに読まれてしまうことです。しかし、検討されていた法改正では、一ページ、一コマであっても、違法となります。これはやりすぎではないかという意見です。

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これについては、漫画家やイラストレーターなどの制作手順と関連します。インターネットが普及する前から、多くのクリエイターは、有名作家の作品と自分のものと比べながら、テクニックを学んでいたものです。今では、ネット検索によって見つかった画像を取り込み、デザインや色合いを勉強するケースもあります。漫画家などの団体は、こうした行為が違法であると位置づけられると、「表現や研究を萎縮させる」おそれがあるとしています。違法行為を広く設定しすぎると、世界的にも評されている日本のマンガ文化の発展を食い止めてしまうことになり、改正案はクリエイターの制作活動を理解していないと強く反発しています。

著作権法の目的のひとつに「文化の発展」と明記されています。改正案は、この目的と逆行しているという意見も出ています。

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改正案で規制されることになっていたのは、漫画だけでなく、写真やグラフなどあらゆる静止画です。このため、法律の研究者などからは、悪影響は漫画だけにとどまらないと指摘します。たとえば、規制には論文も含まれるため、学術論文が不正なものかどうか検証ができなくなるというものです。他人のデータを盗用したような不正な論文には、著作権を無視して取り込んだデータやそれらを改ざんして貼り付けた写真が使われています。論文の検証をする際、それをダウンロードすると、違法とみなされる恐れがあります。検証活動が違法かどうかという論争が巻き起こることになります。

同じように、嘘の情報を拡散させるフェイクニュースの検証を阻害するおそれがあります。改変された写真と、もとになっている写真とをデジタル的に照合するには、双方のダウンロードが欠かせないからです。それが違法となると、フェイクニュースを発信した側が、検証作業そのものが違法行為であるとして、批判をはじめることになるでしょう。

こうした批判が相次ぎ、改正案の提出が見送られたことを、どう見ればいいのでしょうか。まず、国が、違法となる範囲を限定しなかったのは、海賊版サイトを利用する人が様々な形で漫画などをダウンロードする可能性があるとして、範囲を広く設ける狙いがありました。

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しかし、そもそも、あらゆる静止画のダウンロードを禁止しても、海賊版サイトの利用者をすべて取り締まることはできません。漫画などをパソコン上で直接閲覧する方法は、ダウンロードにあたらないため、違法と位置づけることができないからです。このため、検討されていた法改正は、悪質なネット利用者を野放しにしながら、通常のネット利用を規制してしまうおそれがあります。

このため、改正案では、著作権者の利益を不当に該当する場合などと、違法となる範囲を限定する必要があったと思います。効果が限定的なのに、悪影響が懸念される改正案は、見送りになってもやむをえないのではないでしょうか。

では、海賊版サイトの対策は、今後どうあるべきでしょうか。

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まずは、著作権法改正の内容を、再検討することです。海賊版サイトは、コンテンツ産業を崩壊させる恐れがある悪質なもので、できる限りの対策を講じていく必要があります。著作権法の改正については、漫画家、写真家などのクリエイター、通信事業者などのネット業界の関係者とも協議しながら、問題点を洗い出し、具体的な条文を再検討していかなければなりません。

海賊版サイトに対する取締りも欠かせません。

開設した人物の検挙、サイトの閉鎖を最優先で進めなければなりません。こうしたサイトは海外のサーバーに設けられるため海外の捜査機関や通信業者とも協力していく必要があります。

そして、ネット利用者への啓発です。

「海賊版サイトは漫画を無料で読める」といって利用する人は、盗んだ商品を譲り受け、鑑賞しているのと同じで、きわめてモラルに反する行為です。このため、特に漫画を読む若い世代に対して、教育界と連携しモラルの向上を呼びかけていくという長期的な取り組みが必要です。そうでなければ、規制をかいくぐる新しい技術や手法が現れていたちごっことなり、規制はどんどん拡大したのに、問題が解決しないという事態に陥ってしまいます。

音楽や動画などの著作権侵害は、2002年ごろから、ファイル交換ソフトによる、違法な配信がインターネットで相次ぎましたが、著作権団体と通信会社が連携し、利用者に対する警告メールを出すなどした結果、違法コンテンツを交換する人を減らすことが出来ました。

他人の権利を侵害するネット利用は恥ずかしいことである。ネット利用者と一緒にこうした考えをまとめ、繰り返し呼びかけていかなければ、根本的な解決にはならないのです。

(三輪 誠司 解説委員)


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