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「米中経済摩擦の中 全人代閉幕」(時論公論)

加藤 青延  解説委員

アメリカと中国の激しい経済摩擦が続く中、北京で開かれていた中国の国会、全人代全国人民代表大会が閉幕しました。アメリカへの配慮が強くにじみ出た異例の全人代になったとの印象を受けるものとなりましたが、果たしてこれを受けて米中関係は好転するのか、この点について考えてみたいと思います。

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解説のポイントは次の3つです。まず▼今回の全人代はどのようなタイミングで開催されたか。そして▼今回の全人代からにじみ出てきたアメリカへの配慮とジレンマ。最後に▼米中対立の根底にあるものと両国関係の今後を考えます。

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まず今回全人代が開かれたタイミングですが、開催時期そのものは3月5日に開幕し、およそ十日間の日程を経て閉幕するといういつものパターンでした。ただ異なっていたのは、開幕直前の3月1日に米中の経済交渉の期限が設定されていたことです。もし1日までに決着しなければ、全人代では、中国の経済成長の先行きに悲観的な見通しが膨らみ、これまで水面下でくすぶっていた習近平指導部への批判の声が中国全土から集まった3千人近い代表の中から噴き出すことも考えられました。そこで交渉期限を全人代の閉幕後まで何とか引き延ばし、最終的には米中首脳会談で決着を図る方向に持ち込めたことは、習近平指導部にとって大いに意味のあることでした。

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ただ全人代の後まで交渉期限を先送りした以上、全人代では米中交渉を決着に向かわせるための具体的な手立てを講じなければなりません。その意味で本来内政を審議する場である全人代が、いわば米中交渉引き延ばしの「取り引き材料」のようになった感すら禁じえませんでした。そうせざるを得なくなった背景には、アメリカの制裁が中国経済にじわじわと悪影響をもたらしたからではないかと思います。

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アメリカは、中国からの輸入品に対する関税上乗せの対象を去年7月、8月と段階的に引き上げてきました。そして去年9月には2000億ドル相当の輸入品の関税を10%上乗せし、90日間の交渉で問題が解決しなければ、3月2日からさらにその関税を25%までどかんと引き上げるぞと迫りました。

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中国側は、当初大変強気で、アメリカに対して同規模の関税上乗せをすることで対抗し、報復合戦の様相を呈しました。しかし世界一位と二位の経済大国同士がぶつかり合う中で、中国の経済成長には次第に大きなブレーキがかかるようになったのです。

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こちらは中国国家統計局が発表している景気がよいか悪いかを示す景況指数のグラフです。50より上が「景気がよく」下が「景気が悪い」ことを示しますが、去年春から右下がりに下降し、去年12月以降はついに50以下に落ち込み、公式なデータからも不況感が広がりつつあることが鮮明になりました。

習近平政権にも、アメリカとの経済対立をこれ以上激化させることは避けたいとの思惑が働き、今回の全人代に色濃く反映された形になったといえます。では今回の全人代は米中経済摩擦解消に向けてどのような具体的な対米配慮の政策を打ち出したのでしょうか。

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まず外資系企業に対する技術移転の強要をめぐる変化がありました。中国ではこれまで、進出した外資系企業に対して、その技術を中国側に移転するよう当局が強く求めてきました。これに対してトランプ政権は、進出企業から技術を横取りするのは、明らかに知的財産権の侵害だと、強く非難してきたのです。

アメリカが改善を強く迫る中、きょう全人代が新たな法律を成立させました。

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「外商投資法」という名のこの法律では、政府や役人が外国から進出してくる企業に、技術移転を強要することを禁じています。ただそれには地方政府や中国企業の根強い抵抗もあるようで、この法律で規制をうけるのは公的な立場の組織や人で、民間団体などを通じて強要する抜け道が残されたとの指摘も一部に出ています。

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全人代の閉幕後、きょう記者会見した李克強首相は、「外商投資法は法律の手段で外資系企業をいっそう保護し、外国からの投資をひきつけるものだ。この法律を順調に施行するため、さらに関連の法規や通達などを出すこともある」と述べ、理解を求めました。

今回の全人代でもうひとつ注目されたのが、アメリカが強い警戒を示してきた「中国製造2025」という言葉を、政府活動報告の中で使わなくなったことです。

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中国製造2025とは習近平政権の発展戦略の表看板と見られてきました。次世代技術を急速に発展させることで中国をアメリカをも凌駕する一大先進国にしようというものです。具体的には、移動体通信の5G技術、産業ロボットの技術、さらには宇宙開発など、最先端分野の企業を政府が積極的に支援し、世界トップレベルの技術とシェアを獲得しようという野心的な目標が掲げられました。

今回の全人代でその「中国製造2025」という表看板をおろしたことも、アメリカとの交渉を進めるためにやむをえないという苦渋の決断だったのではないかと思います。全人代ではこのほかにも、▼国有企業ばかりでなく民営企業への支援を強化する政策や、▼輸出を増やすために通貨人民元を不当に安く誘導することはしない方針など、米中交渉でアメリカ側が求めたことを受け入れたかのようなシグナルがいくつも示されました。では、米中の経済対立は全人代が打ち出したこうした対米配慮の政策や方針によって解決の方向に向かうのでしょうか。結論から申し上げますと、今回の全人代の結果を受けてすぐにうまくゆくと考えるのはまだ早計かもしれません。まず、アメリカの出方、とりわけトランプ大統領の出方は予測不能の面が少なくないからです。

先月末、ベトナムのハノイで行われたアメリカと北朝鮮の首脳会談では、結局、トランプ大統領が席を立ち、事実上、物別れに終わりました。事前には、トランプ大統領が次の大統領選挙をにらみ、前のめりになって成果を示そうとするのではないかという観測もありましたが、結局、その逆になり、かえってトランプ大統領の支持率が上昇したのです。

これを受けて、中国政府の中にも、事前にしっかりとした合意ができなければ、アメリカとの首脳会談を行うことは危ういという意識が強まってきたようにも思えます。

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さらに米中間には、サイバー攻撃の問題、中国国内の人権問題、そして安全保障の問題など多くの対立点が残されています。

実はこれらの懸案はいずれも何年も前から継続して言われてきた構造的な問題です。それなのになぜこの1年間、米中の対立がエスカレートしたのか。私は中国が1年前、巨大な経済圏構想「一帯一路」の版図を一気に拡大させたことを見落としてはならないと思います。

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習近平国家主席が提唱した「一帯一路」は、本来中国より西側、つまりユーラシア大陸にまたがる経済圏構想でした。ところが中国は去年はじめ、一帯一路の版図を、北極海や中南米・カリブ海諸国まで一気に拡大しました。地図で見れば一目瞭然ですが、それはあたかもアメリカやアメリカの影響力が及ぶ範囲を南北から挟み込むような形になっています。米中の経済対立は、まさにこの版図拡大の後に一気にエスカレートし、アメリカ政府高官の口から「一帯一路」に対する批判的な言葉がよく聞かれるようになったのです。

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実は、今回の全人代で中国はこの一帯一路については、強調こそすれまったく譲歩する姿勢は示しませんでした。つまり経済交渉での「戦術的な譲歩」はしうるものの、中国の拡張戦略そのものは変えないことも今回の全人代からは浮かび上がってきたといえるのです。その意味で、米中の対立構造そのものはそう簡単には変わらない、むしろ両者の軋轢は長期的に継続ないし拡大すると見ておいたほうがよいのではないかと思います。

(加藤 青延 解説委員)

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