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「『球数制限導入の議論』が投げかけること」(時論公論)

小澤 正修  解説委員

春のセンバツ高校野球がまもなく開幕します。わくわくしている人も多いと思いますが、一方で、高校野球のピッチャーへの球数制限導入の議論が静かに進んでいます。新潟県高校野球連盟・新潟県高野連が、この春の県大会から導入することを表明し、日本高校野球連盟・日本高野連も来月有識者会議を設置して、けが予防の検討を多角的に始めることになりました。それが何を意味しているのか、球数制限導入の議論が投げかけていることを考えます。

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解説のポイントです。
① 球数制限を巡る経緯と今の動きについて。
② なぜ球数制限の導入は難しかったのか。
③ その上で、問われる意識改革、選手第一主義を考えます。

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▼球数制限を巡る経緯と今の動き

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球数制限は文字通り、1試合で1人のピッチャーが投げる球数を制限する制度です。野球は比較的安全なスポーツとされていますが、ひじや肩に負担がかかるピッチャーについては、けがに悩まされる高校生があとを絶ちません。これまでは1人のエースが連投を辞さずに投げ続けるケースがしばしば見られ、平成3年夏の甲子園では、沖縄水産の大野投手が4連投を含む6試合で773球を投げ、その後、ピッチャーとしての将来を絶たれて、バッターへと転向しました。また、記録的な猛暑の中で行われた去年夏の甲子園でも、金足農業の吉田投手が決勝までの6試合で881球も投げて、投げすぎを防ぐルール作りが必要ではないかという声が改めてあがりました。

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こうした中、去年12月、新潟県高野連がことし春の新潟県大会で1人のピッチャーが1試合に投げる球数を100球までに制限する制度を導入すると表明したのです。新潟県では小学生から高校生までのすべてのチームが加盟する組織、新潟県青少年野球団体協議会を結成し、目指すべき野球の姿を「新潟メソッド」としてまとめて、選手・指導者・保護者が、その意識を共有する取り組みを進めています。この中から、けが予防のために「できることからやろう」と、直接甲子園出場につながらない、春の県大会での導入表明に至ったのです。しかし高校野球は、全国共通の特別規則によって運営されています。このため、日本高野連は、導入へは整備がまだ十分でないとして春からの導入の再考を求める一方、来月、有識者会議を設置し、球数制限を含めたけが予防にどう取り組んでいくか、検討していくことを決めました。導入の結論はまだ出ていませんが、本格的な議論がようやくスタート地点についたとは言えるでしょう。

▼なぜ球数制限の導入は難しかったのか

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日本高野連は、選手の健康管理のため、これまでも休養日の設置や、延長戦の短縮、それにランナーを塁に置いて攻撃を始め、決着を早めるタイブレークの導入などの対策をとってきました。しかし、長く必要性が指摘されていた球数制限については、ルール化には至りませんでした。アメリカでは大リーグ機構などが「ピッチスマート」というガイドラインを設けて世代別の投球数や登板間隔を示し、それぞれの州が球数の上限を定めているほか、18歳以下など年齢別の国際大会でも同様に球数制限が設けられています。またワールドベースボールクラシックなど、プロ選手が出場する国際大会でも、ピッチャーの球数には制限があるのが現状です。では、なぜ、球数制限の導入に踏み切るのが難しかったのでしょうか。日本の高校野球は、部活動であると同時に非常に注目度が高く、潜在能力の高い選手がそろう強豪から、ぎりぎりの部員数で試合にのぞむ学校まで、様々なチームが参加してトーナメントを戦います。このため、導入した場合、エース級を複数揃えられる、部員数の多いチームが有利になり公平性が保てないのではないか、ファールで球数を稼ぐ作戦をとるチームが出てきたらどう対処するのか、高校野球が通過点ではなくゴールの選手も多く、投げたいと志願する選手の心情を考えたら、悔いの残らないようにしてやりたい、といった根強い声があったのです。

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また、ピッチャーのけがの防止には球数制限だけではなく、多角的な要素から検討する必要があります。医療関係者は、ピッチャーのけがは、球数に加えて、投球の強度、投球動作、コンディション、個々の選手による違いといった5つの要素が組み合わさって、起きると指摘しています。実は球数を厳密に管理しているとされる大リーグですら、投げるボールのスピードが上がる中、2015年の時点でおよそ25%ものピッチャーが、ひじのじん帯を修復する手術を経験していたという報告があります。国内では珍しい野球医学を専門とする馬見塚尚孝医師は、「球数だけを意識するのではなく、指導者が選手に、練習段階から、投球の強度や、コンディションなど、5つの要素を包括的に考える必要があることを教え、最終的には選手自身が、自ら、けが予防とパフォーマンスの向上に取り組むことができるようなコーチングが求められる」と主張しています。球児の健康管理への意識が高まる中で、今回の議論をきっかけに、けが予防へ、指導のあり方を含めて多角的な検討を進めることが求められています。

▼最も重要なのは実は小中学生のけが予防

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新潟県高野連が問題提起した背景には、実は成長期にある小中学生のけがの予防があります。というのも、この年代でひじ肩をけがしてしまうと高校に進んでから、再発する可能性が高まると指摘されているからです。重症化してひじの曲げ伸ばしがうまくできなくなり、プレーどころか日常生活にも影響を与えるケースもあります。このため、注目度の高い高校野球で、けが予防の要素のひとつ、球数制限のルール化を、あえて率先して表明したことは、ジュニアでの野球のあり方に、一石を投じたとも考えられるでしょう。全日本軟式野球連盟はことし2月、ことしから小学生の全国大会で1日70球までの球数制限を実施することを決定。それだけではなく、1日の練習時間も3時間以内とするガイドラインを作成しました。今、特にジュニアの指導者には、勝利優先から育成重視への意識の転換が求められています。

▼問われる周囲の意識改革、選手第一主義とは

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今回の球数制限導入の議論の根本には、選手第一主義、アスリートファーストへの意識改革という、スポーツ界全体に共通する投げかけがあるのだと思います。去年スポーツ界では、アメリカンフットボール、体操、ボクシングなど様々な競技で不祥事が相次ぎました。その多くの原因が、指導者が自らのために勝利を強く追い求めるがゆえの選手に対する強権的な指導、選手を第一に考えない組織運営のあり方に集約できると思います。勝つために真剣にプレーすることに楽しさや喜びがあるのは間違いありません。ただ全ての世代で、どんな手段をとっても目先の勝利を優先することが、最も大事なことではないのです。指導者を含めた周囲が、勝利だけのために、限界を迎えた選手に練習や試合への出場を強いたり、逆に選手が無理を承知でプレーを志願する環境を作ったりしていないか。成長期にある子供の能力を最大限発揮させるには、どうしたらよいのか。指導者を含めた周囲すべての人たちが、アスリートファーストの視点を持つことこそが、選手のけが予防を考える上で最も大切なことではないかと私は思います。プロ野球、DeNAの筒香選手は、球数制限導入の議論開始と時期をほぼ同じくして、現役選手としては異例の提言を行いました。
「指導者がよかれと思ってやっていることでも、実際は選手に負担になっていることもある。大人が中心になっていないか。スポーツの価値をみんなで高めていく行動が必要だ」。
球数制限導入の議論を、賛否だけでなく、投げかけられている本質を忘れずに、スポーツの価値を高めることにつなげてほしいと思います。

(小澤 正修 解説委員)

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