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「原発事故の責任は~刑事裁判が結審」(時論公論)

清永 聡  解説委員
水野 倫之  解説委員

【前説】
東日本大震災から8年。
原発事故をめぐって、東京電力の旧経営陣3人の刑事責任が問われた裁判は、12日にすべての審理を終えました。
法廷で何が明らかになったのか。そして、事故を防ぐことはできなかったのか。刑事裁判を通じて考えます。
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【注目を集めた裁判】
(清永)
福島第一原発の事故に対しては、会社などに賠償を求める「民事裁判」とは別に、「刑事裁判」が行われてきました。
東京電力元会長の勝俣恒久被告、元副社長の武黒一郎被告、元副社長の武藤栄被告は、検察審査会の議決を経て強制的に起訴されました。業務上過失致死傷の罪に問われ、いずれも無罪を主張しています。
東京地方裁判所で37回に及ぶ法廷が開かれ、のべ20人を超える証人や遺族が発言しました。検察官役の指定弁護士は3人に対して、いずれも禁錮5年を求刑しました。
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(水野)
これに対し、12日に開かれた最終弁論では3人が改めて無罪を主張し、すべての審理を終えました。
(清永)
私も法廷を何度か取材しましたが、常に傍聴を希望する多くの人が並び、傍聴席の抽選が行われるほど、高い関心を集めました。

【争点1:津波の予見可能性は】
(清永)
争点の1つは「津波は予測できたのかどうか」です。
ポイントは「最大15、7メートル」という試算結果です。これは政府の地震調査研究推進本部が出した「長期評価」が基になっていて、東京電力の子会社が震災の3年前に試算しました。
検察官役は「長期評価は信頼できる。試算によって津波は予測できた」と指摘しています。
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(水野)
その巨大津波の試算については、3人の被告は、おそくとも事故の2年前、2009年の5月までに報告を受けていたことを認めています。
ただその想定に対する受け止めですが、3人とも「長期評価の信頼性は低いと説明を受けた」などと証言し、津波は現実には予測できなかったと主張しています。
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【争点2:事故は避けられなかったのか】
(清永)
もう1つの争点は、事故を防ぐことはできなかったのかという点です。これについて検察官役は「対策を取れば、事故は防げた」としています。これに対して3人は「防ぐことはできなかった」と主張しています。では、法廷での3人の発言はどうでしたか。
(水野)
具体的な津波対策をとることはなく、保留しました。
武藤元副社長は2008年7月に防潮堤設置に数百億円かかると報告を受けると「専門家に確認するのは自然だ」として土木学会への検討依頼を指示して対策を保留します。
武黒元副社長も「想定はわからないことが多く、専門家に検討を依頼するのは当たり前と思った」と証言。
また勝俣元会長も「必要があれば報告されると理解していたので、対策は聞かなかった」と証言するなど、いずれも巨大津波の対策をすぐに取るべき根拠はなかったと強調しています。
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一連のやりとりを聞いていて強く感じたのは、当時の東電の原発の安全確保の責任体制の曖昧さが、対策保留につながったのではないかという点です。
3人はいずれも当時は社内で原発の安全に責任を持つ立場にいましたが、
社長もつとめた勝俣元会長は「社長も万能でなく、会長も業務上の決定権限はなかった。原子力立地本部に安全の責任がある」と主張。
では立地本部長だった武黒元副社長はというと「部長たちに権限が与えられ、実質的に業務を統括していた」と証言。
また副本部長だった武藤元副社長も「自分に決定権限はなかった」と主張しており、
これでは東電は原発を運転する資格がある会社だったのか疑念を抱かざるを得ません。
こうした点について、検察官役も言及していたがこの点についてはどうだったのでしょうか。
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【「情報収集義務」と「高い壁」】
(清永)
検察官役はあるキーワードを挙げました。それは「情報収集義務」です。
これは「重要で具体的な情報に接した時には、最高経営層は先送りしたり、見て見ぬふりをしたりするのではなく、積極的に情報を得て、適切に対処すべきだ」という意味です。経営者にはそれだけの責任があり、「そうすれば事故は防げたはずだ」と主張しています。
しかしその一方で、一般に巨大企業の上層部になるほど、現場に直接関与することは少なくなると言われます。個別の対策に経営のトップが口を出さないという考え方です。
過去のケースを見ても、2005年にJR福知山線で107人が死亡した事故で、JR西日本の歴代の社長3人が強制的に起訴されましたが、いずれも最高裁で無罪が確定しています。
企業という「組織」に賠償を求める民事裁判と違って、当時の経営トップという「個人」に業務上過失致死傷の罪で刑罰を求めることには、より高い壁があると言われます。判決でこの点がどう判断されるかが焦点になります。
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【裁判の意義は】
(水野)
清永委員は今回の法廷を傍聴して、裁判が開かれたことをどう受け止めましたか。
(清永)
私は裁判そのものにも、大きな意味があったと思います。
1つは、これまで知られていなかった調書が、明らかになったことです。原発の津波対策を行う元幹部の供述調書が、証拠として初めて、この法廷で読み上げられました。この中では▽15、7メートルという津波予測への驚きや、▽対策に多額の費用がかかることなど、その内容には争いもありますが、詳細に供述されていました。
もし、不起訴のままであれば、この調書が表に出ることはなかったでしょう。告訴を行った弁護団は、裁判が開かれたからこそ、こうした調書の内容を知ることができたと言います。法廷で調書が読み上げられると、その内容に傍聴席からどよめきが起きるほどでした。
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もう1つは、専門家が法廷で、直接説明したことです。
地震調査研究推進本部で部会長を務めた東京大学の島崎邦彦名誉教授は、「長期評価」について、「専門家の間で否定する議論はなかった。対策を取れば、事故は起きなかった」と説明しました。
一方で、東北大学の今村文彦教授は「違和感も感じた。震災までに防潮堤を作るには技術的な難しさもある」と異なる考えを示しました。
日本を代表する研究者がこのほかにも何人も出廷し、刑事裁判の争点について公の法廷で直接意見を述べました。傍聴している人たちもこうした専門家の発言に対し、熱心にメモを取っていました。これも裁判が開かれたからこそ実現した、貴重な機会だったと言えるでしょう。
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【トップのあるべき姿は】
(清永)
水野委員は、今回の裁判でどういうことを感じたでしょうか。
(水野)
原発の安全にトップが責任を持つことの重要性が明らかになったと思います。
原発に絶対の安全はないことは事故の教訓で、電力会社は常に安全性の向上に努めなければならず、トップの責任ある対応と判断が求められます。なぜなら安全対策には莫大なコストがかかるからです。
事故後各地の原発で新基準に対応するため安全対策工事が行われていますが、1基あたり1千億から数千億円のコストがかかることからトップの判断が必要で、原発の安全性についてトップが理解し責任を持っていなければならないわけです。
しかし責任体制が曖昧では適切な判断がなされず事故を招きかねないわけで、各電力会社のトップが安全に責任を持つ体制となっているかどうか、政府や原子力規制委員会は常にチェックしていくことが求められます。

【司法の判断は】
(清永)
巨大な津波は予測できなかったのか。そして、事故は防げなかったのか。原発事故で誰もが思った疑問は、そのまま、この刑事裁判の争点でもあります。
事故が引き起こした被害はあまりに大きく、悲惨な結果を招きました。今も多くの人が故郷から離れ、避難生活を余儀なくされています。
司法はこの事故の刑事責任をどう判断するのでしょうか。判決は半年後の9月19日に言い渡されます。

(水野 倫之 解説委員・清永 聡 解説委員)

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