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「震災・福島原発事故8年~住民帰還と事業再開のために」(時論公論)

松本 浩司  解説委員

東日本大震災と原発事故からまもなく8年になります。福島の広い範囲で避難指示が解除されてからは2年がたちましたが住民の帰還は進んでいません。帰還のためには商業やサービス業などの再開が必要ですが、避難先から元の町に戻ろうと考える事業者が減るなど厳しさが増しています。現状を見たうえで、住民帰還の前提になる事業再開を進めるために何が必要かを考えます。

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解説のポイントです。
▼住民の帰還はどこまで進んだのか
▼事業者がどういう選択をしたのか見たうえで
▼何が必要か、を考えます。

【住民の帰還はどこまで進んだのか】

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原発事故で福島の11の市町村に出されていた避難指示は2年前までに3分の2が解除され、薄い赤で示した帰還困難区域が残されています。緑色の、解除された地域に戻ってきたのは1万5千人あまりで帰還割合は25パーセントにとどまっています。

市町村別に見ると、住民が戻り始めた町がある一方、帰還がほとんど進んでいない町もあります。そのひとつが原発の北側に位置する浪江町(なみえまち)です。

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原発事故の前、浪江町には2万1,000人余りが暮らしていましたが、いまは900人。町の期待に反して、この1年で400人ほどしか増えませんでした。今、町の中心部では住宅や商店の取り壊しが進んでいます。以前と較べると荒れたままになっている建物は減りましたが、その分、空き地が目立つようになりました。日中でも人影がほとんど見られないのは変わっていません。

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住民はなぜ戻らないのでしょうか。
住民の意向調査では「町に帰還しないと決めている」という人が半数を占めました。
一方で3割の人が「まだ判断がつかない」と答えました。
それぞれの人たちに「帰還しない理由」と「判断に必要なもの」をたずねると、「医療・介護」や「商業・サービス業」の復旧をあげる人が多く、原発の安全性などが続きました。帰らない理由では「すでに生活基盤ができたから」が2番目になりました。

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現状はどうなのでしょうか。事故の前、浪江町に22件あった診療所や歯科医院は2ヶ所。買い物ができる施設は仮設の商店とコンビニエンスストアーの4軒。この夏、待望の大手スーパーが開業することになりましたが、全体では1,000あった事業所が今は129件というのが現状です。町内のモニタリングポストでの空間放射線量は2年前と大きくは変わっていません。

【浪江町の事業者の選択】
商業やサービス業など事業所の再開については、あらたに厳しいデータが出てきました。

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福島県商工会連合会は避難の対象になった12市町村の事業者にアンケート調査をしました。すると避難先で事業を再開していて「元の場所での事業再開をあきらめた」という人が2年前にくらべて12ポイント増えました。反対に「避難先に加えて元の場所でも再開したい」という意欲を持つ事業者は16ポイントも減ってしまいました。

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浪江で創業して90年、町民に愛されてきた和菓子店です。今は100キロ離れた町で店を再開していて、この建物は近く解体されることになりました。

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店主の長岡光広さんは4年前に避難先で店を再開したときには、いずれ浪江の店を再開して戻りたいと考えていました。しかし避難先で常連客が増えたことに加えて、小中学校に通う3人のこどもにとっては新しい町がふるさとになったことから浪江に帰ることをあきらめました。長岡さんは「町に貢献したい気持ちはあるが、浪江に戻っても今の人口では商売が成り立たない。町の仲間との交流は続けたい」と話しています。

一方、浪江町で事業を再開した人も厳しい経営を強いられています。

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去年の4月に再開した板金塗装の工場です。加藤勝徳さんは避難先の東京で会社勤めをしましたが水があわず、一時体調を崩しました。再起するには浪江で事業を再開するしかないと決意しました。板金・塗装に限らず車に関するさまざまな相談に応えていますが、売り上げは事故前の3分の1。東京電力からの賠償は去年打ち切られていて、毎月大きな赤字が出ています。
加藤さんは「予想をしていたより経営は苦しく、このままであれば3~4年で事業を続けられなくなる。少しでも早く町の人口が戻ってほしい」と話しています。

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避難先と並行して店を再開した人もいます。
この料理店は去年9月に浪江町で営業を再開しました。原発事故後50キロ離れた避難先で店を開いていましたが、今は親子で手分けをして両方とも営業しています。浪江の店は復興事業の関係者が多く訪れていますが、売り上げは以前の5分の1で、避難先の店の売り上げで維持しているのが現状です。

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経営者の大清水一輝さんは「経営が厳しいことはわかったうえで再開したので迷いはない。これから戻る住民の集う場所にしたい」と話しています。

【帰還を進めるために何が必要か】
帰還を希望する人が、町に戻ることができるようにするために。また、その前提として生活に欠かせないさまざまな事業の再開を進めるために、何ができるでしょうか。

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▼まず事業を再開し維持してもらうために、もう一段踏み込んだ対策が必要だと思います。
これまでも事業再開への補助や新たに立地する企業に対する補助などさまざまな支援があり、活用されています。しかし再開した事業者の4割は売り上げが以前の半分以下に落ち込んで苦しんでいます。医療機関には赤字の補填が行われていて、商工会連合会は事業者についても運営支援を強化するよう行政に要請しています。

▼事業者への支援では国と民間で作る組織によるコンサルティング事業が成果をあげています。経営や金融などの専門家285人がこれまでに5,200の被災事業者をまわり、事業再建などの助言を行ってきました。助言と支援の活動に一層力を入れる必要があります。

▼そしてもうひとつ、もともと事業をしていた人が再開することに加えて、新たに事業を始めようという人を外から呼び込むことも重要だと思います。

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国の委託を受けた民間のプロジェクトが福島で新たに事業を始めようという起業家の支援活動を行っています。2年前から、全国から参加者を募って説明会や現地見学ツアーなどを重ね、意欲のある人や企業を掘り起こしてきました。現在、介護福祉やウェブデザインなど20余りの起業家が福島での事業を検討していて、第一号としてカフェと美容室を兼ねた店が6月に開業する予定です。

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これに応じて、現地には起業をめざす人の活動拠点となる民間の施設も完成しました。浪江町の隣の南相馬市にできたこの施設はオフィスや工房、長期滞在ができる簡易宿泊スペースなどを備えています。地元のグループがあさってから運営を始めることになっていて、さきほどのプロジェクトと連動して、浪江町も含めた福島の沿岸地域で起業しようという人をサポートすることにしています。

【まとめ】
福島の被災地全体の再生のために国は大規模なロボットの研究拠点づくりや先端産業の集積を目指した大きなプロジェクトなどを進め、少しずつ成果が見えはじめています。それでも避難指示が解除された地域での事業者の再開と住民の帰還は難しい壁につきあたっています。対策をあらためて検証し、さらに後押しをする知恵が求められています。

(松本 浩司 解説委員)

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