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「米朝の隔たりと日韓の対立」(時論公論)

塚本 壮一  解説委員
増田 剛  解説委員

2月28日までベトナムのハノイで行われた米朝首脳会談は、おおかたの予想に反して合意に達することなく、物別れに終わりました。一方、韓国では1日、ムン・ジェイン(文在寅)大統領が日本に対し、歴史問題への対応を改めて求めました。米朝首脳会談の結果が日本と韓国にもたらす影響と日韓関係について、朝鮮半島担当の塚本壮一委員と政治・外交担当の増田剛委員の2名で考えます。

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(塚本)
まず、米朝首脳会談について振り返ります。
アメリカのトランプ大統領は会談後の記者会見で、北朝鮮が制裁の完全な解除を求める一方、非核化の措置は一部にとどまったことが受け入れられなかったと説明しました。一方の北朝鮮のリ・ヨンホ外相は、全面的な制裁解除ではなく、一部の解除を求めたに過ぎないと反論し、また、アメリカがニョンビョン(寧辺)の核施設以外にも廃棄の対象を広げるべきだと主張したとして不満を示しました。米朝双方とも、今後も対話を続けるとしていますが、非核化の措置とその見返りをめぐる立場の隔たりの大きさは明らかで、今後の交渉は難航することが予想されます。

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非核化をめぐる今後の課題は後ほど触れるとして、増田さん、首脳会談でトランプ大統領は拉致問題をキム・ジョンウン(金正恩)委員長に改めて提起しました。日本政府はどう受け止めていますか?

(増田)
日本政府は、トランプ大統領の姿勢を高く評価しています。安倍総理は、昨夜、トランプ大統領から「拉致問題を2回にわたって提起した」と説明を受けたことを明らかにしました。直前の電話会談でも、拉致問題への協力を念押ししていただけに、トランプ大統領の約束通りの言及に、胸を撫で下ろしているのではないでしょうか。
その上で、安倍総理は、「次は、私自身がキム委員長と向き合わなければいけないと決意している」と述べ、日朝首脳会談の開催に強い意欲を示しました。

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言うまでもなく、拉致問題は、日朝間で解決すべき問題です。
米朝首脳会談でのトランプ大統領の提起は、日本への側面支援にはなるでしょうが、それだけでは問題は前進しません。
前回・去年6月の米朝首脳会談の直後も、安倍総理は、日朝首脳会談の開催に強い意欲を示していましたが、その後、日朝間に公式な対話はなく、進展はありませんでした。しかも、前回の首脳会談の際は、曲がりなりにも米朝の合意がありましたが、今回は、物別れです。
拉致問題は、日本が主体的に取り組むべき問題ですが、同時に核やミサイルの問題が進んでいかなければ、物事は全体として動きません。
日本は、米朝協議の進展を拉致問題解決に向けた日朝協議につなげる戦略でしたが、率直に言って、先行きは見通せません。

(塚本)
米朝首脳会談で合意に至らなかった非核化の問題に戻ります。もちろん、トランプ大統領が日本をはじめとする同盟国を意識し、北朝鮮と安易な妥協をしなかったのは評価できます。ただ、非核化の進展が得られなかったことが日本にとって望ましくないのは言うまでもありません。今回、明らかになったのは、核問題解決に向けた道のりの厳しさだけでなく、トランプ大統領とキム・ジョンウン委員長というトップ同士のディール、取引による交渉の危うさです。アメリカ研究が専門の慶応義塾大学の渡辺靖教授は、「本来、実務家レベルできちんと地ならしをして、トップ会談に挑むというのが通常の外交交渉のあり方だが、トップどうしの会談を実現しようと細部を詰めずに本番に臨んだことが今回の結果につながった」と指摘しています。交渉をどう立て直すのか、米朝両国は真剣に考え直すべきでしょう。

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増田さん、こうした状況ですと、日本はどういった役割を担えるでしょうか。

(増田)
日本としては、国際社会による制裁を維持した上で、北朝鮮が後戻りをしないよう米朝の交渉を後押ししていくというのが基本方針です。今回の会談結果を受けて、安倍総理は、安易な譲歩は行わないというトランプ大統領の決断を全面的に支持すると表明しました。
実は、会談前、日本政府内には、いわゆるトランプリスクを懸念する声がありました。つまり、トランプ大統領が成果を急ぐあまり、非核化の進展が不十分なまま、制裁の緩和などの見返りを与えてしまうのでないかと警戒していたのです。それだけに、日本政府内では、「今回、トランプ大統領はしっかり交渉した」という受け止めが大勢になっています。

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ただ、先ほども話しましたが、日本政府は、米朝協議の進展を日朝協議につなげるという戦略を描いていましたから、その意味では、今回の結果には、「痛し痒し」という側面もあります。
また、日本は、今後もアメリカと緊密に連携しながら、制裁をテコに、北朝鮮に非核化を促していく方針ですが、ここで今微妙なのが、韓国との関係です。北朝鮮に対する国際社会の一致した圧力を重視する日本の外交当局としては、南北関係の改善を急ぐムン・ジェイン政権の姿勢にフラストレーションが溜まっているのです。

(塚本)
そのムン大統領は、1日、米朝の両首脳が長時間対話をしただけでも意味のある進展だったと評価した上で、米朝の仲介役として役割を果たす考えだけでなく、南北間の経済協力に積極的な姿勢を改めて示しました。米朝への働きかけをしなければならないという点で、日本と韓国は同じ立場にありますが、その方法論については大きなズレがあります。

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韓国では、1日、日本統治下の朝鮮半島で独立運動が始まってから100年の節目を迎え、ムン大統領は日本について、「朝鮮半島の平和のために協力を強める」と述べて未来志向を強調する一方、「力をあわせて被害者の苦痛を実質的に癒やす時、韓国と日本は、心が通じ合う真の友人になるだろう」と述べました。これは、慰安婦問題や太平洋戦争中の「徴用」をめぐる問題で、日本側の対応を求めたものです。

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日韓は、レーダー照射問題も起きて、対立が深まっています。最近では韓国の国会議長が天皇陛下に元慰安婦への謝罪を求める発言もありました。天皇は国政に関与しないといまの憲法で定められていることを知らないだけでなく、日本の国民感情に思いが至らない、あまりにも思慮に欠けた発言でした。増田さん、韓国との関係は難しいものがありますね。

(増田)
はい。率直に言って、日本政府内では、今、日韓関係は、国交正常化以来最悪だといわれています。日韓の政治家が互いに非難を繰り返し、これに呼応して両国の世論が更に硬化していくという悪循環が続いているからです。
もちろん、問題の一義的な責任は、対日関係の悪化を放置するに任せていたムン・ジェイン政権にあると思います。ここまで、こじれてしまった以上、一定の冷却期間も必要でしょう。
ただ、北朝鮮の核問題や拉致問題での連携を考えれば、このまま長期にわたって韓国と関係が悪化したままでは、日本の国益にもなりません。今すぐというのは難しいかもしれませんが、互いに歩み寄りの道を模索することが必要ですし、そのためには、やはり、日韓の首脳が対話を始めることがきっかけになるのではないでしょうか。

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(塚本)
今回の米朝首脳会談の結果は、北朝鮮の非核化がいかに難しく、解決に時間を要するかを浮き彫りにしました。こうしたなかでの日韓の対立は、北朝鮮問題にともに取り組んでいく上で望ましくありません。それぞれの立場について意見交換すらできないからです。
まず、韓国は、日本で韓国に対する不満が広がっていることをもっと認識すべきでしょう。増田委員も指摘したように、当面、冷却期間をおくこともやむを得ない情勢です。
それでも、政治・外交の対立が経済や人の交流など、ほかの分野に影響を及ぼすことは避ける必要があります。そして、北朝鮮の核問題など、協力すべきことは、合理的に粛々と進めていくべきだと思います。
韓国も、そして、私たち日本の側も、忍耐と、東アジアの平和と安定に向けて大局的な見地から臨むことが一段と求められています。

(塚本 壮一 解説委員 / 増田 剛 解説委員)

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