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「米朝首脳会談 埋まらなかった溝」(時論公論)

出石 直  解説委員
塚本 壮一  解説委員
髙橋 祐介 解説委員

アメリカのトランプ大統領と北朝鮮のキム・ジョンウン朝鮮労働党委員長は2回目の首脳会談に臨んだものの、非核化の進め方をめぐって合意に至らず、当初、予定されていた合意文書の発表も見送られました。ただでさえ足踏み状態が続いていた非核化の取り組みはこれで頓挫してしまうのでしょうか。現地ハノイで取材にあたっているアメリカ担当の髙橋委員、北朝鮮担当の塚本委員とともにお伝えします。

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Q1、髙橋さん、合意に至らなかったことについてアメリカ政府はどのように受け止めているのでしょうか?

(髙橋)“まさかのノーディール”。米朝双方がそれなりの時間とエネルギーを割いて、遠くベトナムまで足を運んで首脳会談を開いたわけですから、内容はどうあれ、何らか最小限の合意は結べるはず。そう考えてアメリカ側は準備をしてきました。私も今回の結果には驚かされました。ただ、“急いで悪い合意をするよりも正しい合意をめざす”ここで中途半端な“悪い合意”に署名するよりは、ひとまず今回は合意を見送ろうというのが、トランプ大統領の判断だったのでしょう。現に、大統領自身、2回目の今回の会談も、非核化に具体的な成果が乏しければ、「交渉は失敗」との烙印を内外から捺されかねないプレッシャーに晒されていました。“これは交渉決裂ではない”“米朝の溝は埋められる”そんな楽観的な言葉も残して、トランプ大統領は帰国の途に就きました。

(出石)トランプ大統領は「決裂ではない」と強調しているようですが、塚本さん、北朝鮮は今回の結果をどのように受け止めているのでしょうか?

(塚本)北朝鮮側から論評などはまだ出ていませんが、「悪い合意に署名するぐらいなら合意を見送ろう」というトランプ大統領と同じ判断をしたのだろうと思います。もちろん、キム委員長はかねてからトランプ大統領との会談を望み、親書を何回も送って繰り返し呼びかけてきましたから、合意したかったというのが本音でしょう。ピョンヤンを出発した時から盛んに国営メディアを通じてキム委員長のハノイ訪問の動静を国民に伝えていただけに、超大国・アメリカとの間で、昨年に続く2度目の合意に至っていれば、キム委員長の権威をさらに高められたと考えているはずです。
ただ、トランプ大統領も会談後の記者会見で決裂だとは言っておらず、対話を継続する姿勢を見せていますから、北朝鮮側は、今後も交渉を続行できると計算しているのだろうと思います。

(出石)いずれにせよ、周到に実務者レベルの協議を積み重ねて首脳会談に臨んだものの、双方の溝は埋まらなかったことは間違いありません。
ここからは今回の首脳会談で米朝双方はどんな思惑からどのような要求をしたのか。溝はどの程度深いのかについて見ていきたいと思います。交渉ごとですから、双方、相手の出方を見ながら切るべきカードを複数用意していたと思います。▽北朝鮮は、核施設やミサイル発射台、そして核実験場の廃棄など、▽アメリカも北朝鮮の出方次第では、朝鮮戦争の終戦宣言や連絡事務所の設置、人道援助などには応じる用意があったものと思われます。しかし北朝鮮が切ってきたカードは「経済制裁の完全な解除」という、あまりに高い要求でした。塚本さん。いきなりこんな高い要求をしてきた北朝鮮の真意はどこにあったのでしょうか?

(塚本)これも想像するほかありませんが、2つの可能性があると思います。
ひとつは高い要求を出してもアメリカが応じると読み違えていた---つまり、作戦ミスの可能性です。アメリカはここに来て、見返りを与えることにより前向きになるなど、姿勢が軟化していました。北朝鮮としては、高い要求を出してもアメリカが検討してくれるはずだと考え、結果的にアテが外れたのかもしれません。
具体的には、ニョンビョンの核施設の廃棄を申し出れば、アメリカが経済制裁の解除に踏み切るか、少なくとも緩和に応じてくれるといったように、見返りを少なからず得られるものと思い込んでいた可能性です。

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ニョンビョンについていえば、北朝鮮はすでに10個分とも、30数個分ともいわれる核兵器を生産してしまっています。これ以上、生産しなくてもよい、アメリカによる相応の措置がなされるのであれば廃棄してもよいと考えていたはずです。
トンチャンリにあるミサイル実験場も同様です。ミサイルをすでに生産して技術も獲得してしまっているので、これ以上、実験を繰り返す必要はありません。
このトンチャンリについては去年9月の南北首脳会談で署名したピョンヤン共同宣言で永久に廃棄するとし、また、ニョンビョンの核施設についても永久廃棄を盛り込みました。
さらに、プンゲリの核実験場も去年、坑道の入り口を爆破するパフォーマスンスを行い、廃棄に前向きな姿勢を示しました。
こうした、北朝鮮にとってはいわば不要になった施設でも廃棄すると表明すれば、アメリカが経済制裁の解除に応じてくれると誤解した可能性があるというわけです。
もうひとつの可能性は、今回は合意に至らないことを覚悟の上で、あえて高い要求を出した可能性です。アメリカが自分たちとの対話を断ち切ることはないと踏んで高い要求を突き付け、アメリカの反応をさらに見極めようとしたのかもしれません。今後、アメリカが降りてくれればベストだし、そうでなければ、要求のハードルを下げればよいと考えていることもあり得ます。

(出石)一方、トランプ大統領は会見で記者の質問に答え次のように述べています。

<記者>
「ニョンビョンの核施設の廃棄だけでは、あなたは満足しなかったのですね」
<トランプ大統領>
「ニョンビョンの核施設だけでなく、我々は皆さんが知らない施設も知っている」
<記者>
「ウラン濃縮施設のことですね」
<トランプ大統領>
「その通り」

髙橋さん、トランプ大統領はニョンビョンの廃棄だけでは満足しなかった。ニョンビョンの核施設以外の施設についても廃棄を迫ったということでしょうか。

(髙橋)トランプ大統領はキム委員長がニョンビョンの核施設については廃棄の意思を示したものの、アメリカとしてはニョンビョンの施設に加えて、ウラン濃縮施設を含むほかの核施設の廃棄も要求し、折り合えなかったことを明らかにしました。
つまり、「北朝鮮には公にしていない核施設がまだあることを、我々は上空の偵察衛星などインテリジェンスを通じて知っているぞ」そうした事実を交渉の場で突きつけた可能性があります。
そもそも“どこにどれだけ核があるか”北朝鮮がすべてを申告しないまま、すべての制裁解除に応じてしまえば、それは非核化をめざす交渉と言うよりは、北朝鮮を「核保有国」と認めた上でのいわば“核軍縮交渉”になってしまいます。
仮に実態がそうだとしても北朝鮮を「核保有国」と認めることは、アメリカ側には“出来ない相談”です。とりわけ今回の会談に同席したボルトン大統領補佐官をはじめ、いまのトランプ政権を支えている保守派は、北朝鮮による核保有は断じて認めず、5大国以外の核保有を禁じたNPT=核拡散防止条約に復帰するよう迫っているからです。
帰国後のトランプ大統領は、首都ワシントン近郊で今週末まで開かれている全米の保守派の連合組織「CPAC」の年次会合に出席を予定しています。実は、これまでトランプ大統領は、イランとの核合意離脱や北朝鮮に対する「最大限の圧力」など、重要な安全保障政策を、この保守派の年次会合でアピールしてきたのです。このため、来年の再選をにらんで、そうした保守派の意向に反するような“安易な妥協”は、今回の会談でも、受け入れ難かったのでしょう。

(出石)トランプ大統領には安易な妥協には応じられないというお家の事情もあったようです。アメリカ政府にも北朝鮮にも対話を重視し一定の妥協はやむを得ないと考える人達と自らの主張は譲るべきではないとする強硬な立場の人達がいます。今回の会談に同席したボルトン大統領補佐官、そしてキム・ヨンチョル副委員長はともに去年6月のシンガポールでの一回目の首脳会談でも同席した側近ですが、いずれも強硬派として知られています。彼らが合意文書に待ったをかけた可能性も考えられます。

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ここからは今後の米朝の協議がどうなっていくのか見ていきたいと思います。
髙橋さん。ポンペイオ国務長官も実務レベルの協議は今後も続けていくと言っていますね。

(髙橋)ポンペイオ長官は、「北朝鮮の非核化を通じて、世界のリスクを低減させるため、最終的に良い結果が得られるよう今後数週間に期待している」と述べました。
トランプ政権は、北朝鮮の核実験やミサイル発射が止まっている現状を、すでに外交上の大きな成果と位置づけていますから、そうした緊張緩和の流れを断ち切らないよう、今後の交渉のタイミングを慎重に探っていくのでしょう。
ただ、トップダウン型の外交には特有の難しさもあります。前回も今回も、まず首脳同士の書簡の往復によって会談の実施が決断され、いわば“始めに会談ありき”であったことから、その後の実務交渉は難航し、双方の主張の隔たりは最後まで埋まりませんでした。
大統領自身が北朝鮮の真意を見誤るリスクもあります。アメリカの情報機関は「北朝鮮がすべての核兵器を廃棄する可能性は低い」との見方を議会に報告しています。しかし、大統領は、そうした見解を公にしたコーツ国家情報長官に不満を募らせているというのです。
しかも、トランプ大統領には国内政局もあります。今回の米朝首脳会談とまさに同じタイミングで、アメリカ議会の公聴会では、長年トランプ氏に仕えてきた元顧問弁護士が「大統領は犯罪行為に関与した」と告発する暴露証言。トランプ大統領は疑惑を全面的に否定しています。しかし、野党・民主党からの追及をかわすためにも、大統領が北朝鮮との交渉で譲歩に応じる選択肢の幅は、これから狭くなっていくでしょう。
北朝鮮との交渉に長年携わってきたアメリカ政府の元高官は、北朝鮮は、先例にとらわれず、むしろ先例を覆すことを好むトランプ大統領のスタイルも、野党・民主党との対立がますます激しくなったアメリカの国内政局も、驚くほど事細かに把握し、研究していると言います。そうした手ごわい相手と非核化交渉を軌道に載せることは出来るのか?トランプ大統領は、これまで以上に難しいかじ取りを迫られることになりそうです。

(出石)塚本さん。北朝鮮はこの後、アメリカとの非核化をめぐる協議をどう進めていく考えなのでしょうか?要求を下げてくる可能性はあるのでしょうか?

(塚本)やはり、当面はアメリカの出方をうかがうということだろうと思いますが、同時に、韓国や中国に対して自らの立場に理解を求めることも考えられます。韓国のムン・ジェイン大統領は、会談前に行ったトランプ大統領との電話会談で、韓国の役割を活用してほしいと伝えるなど、米朝の間の橋渡し役を担おうとしています。
韓国から再度、アメリカへの働きかけをしてもらおうと北朝鮮が考えても不思議ではありません。中国の協力を取り付けようという働きかけも考えられます。キム委員長が北朝鮮への帰国の途中、北京に立ち寄るかどうかは別として、まだ実現していない習近平国家主席のピョンヤン訪問の実現などに傾く可能性もありそうです。
北朝鮮としては、少し時間を取って自らに有利な環境を整えながら、アメリカとの再交渉の機会をうかがうとみられます。

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(出石)トランプ大統領は今回の会談で2度にわたって拉致問題を提起したということです。非核化で安易な妥協をしなかったことも含め、こうした姿勢は評価に値すると思います。
ただトランプ大統領が記者会見で何度も繰り返し強調していたように、北朝鮮との交渉は非常に複雑で困難、時間がかかることを覚悟しなければなりません。今回、合意に至らなかったからといって会談は失敗したと決めつけるのは危険です。悲観も楽観もせず、今後のアメリカ、北朝鮮双方の出方、そして実務者レベルでの協議の行方をしっかりと見守っていきたいと思います。
ベトナムの首都ハノイで行われた米朝首脳会談について、現地で取材にあたっているアメリカ担当の髙橋委員、北朝鮮担当の塚本委員とともにお伝えしました。

(出石 直 解説委員 / 塚本 壮一 解説委員 / 髙橋 祐介 解説委員)

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