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「ISの傷痕 洗脳された若者をどう受けとめるか」(時論公論)

二村 伸  解説委員

15歳でシリアの過激派組織IS・イスラミックステートに加わった女性の帰国をめぐって、イギリス国内で議論が巻き起こっています。女性は出まれて間もない子どものために危険なシリアから祖国への帰還を願っていますが、イギリス当局はテロ組織を支持したことを理由に帰国を認めていません。アメリカでも同様のケースが起きています。IS掃討作戦が終結に近づいている一方で、国際社会は過激派組織に加わった自国の若者たちにどう対処するかという難題に直面しています。

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015年2月、ロンドンの学校のクラスメート3人が、ISに加わるためトルコを経由してシリアに入国しました。2人が15才、1人が16才でした。3人が出国したことは家族も気づきませんでしたが、空港のカメラが3人の姿を捉えていたことから発覚し、メディアでも大きく取り上げられました。それから4年、その中の1人の女性が、今月はじめシリア北部で保護され、帰国したいと訴えました。

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その理由は妊娠です。女性の話では、シリア入国の10日後に27歳の戦闘員の妻となり、2人の子どもを生みましたが、病気と栄養失調で2人とも失いました。今回3人目の子どもを身ごもり、安全な祖国で育てたいとの思いから帰国を望んだのです。壊滅状態のISに見切りをつけて戦闘員の夫は投降し、妊娠9か月だった女性は避難民キャンプに逃げ込みました。一緒にシリアに向かった同級生2人も外国人戦闘員と結婚しましたが、1人は空爆の犠牲となり、もう一人の安否はわかっていません。
イギリス国内で帰国の是非をめぐって論議を呼んでいた今月半ば、女性は男の子を出産しました。無事の知らせを聞いた家族は大喜びでしたが、ジャビド内相は、「テロ組織を支持する人物は帰国させない」と述べ、先週、国籍の剥奪を家族に通告しました。「国家とそこで暮らす人々の安全・治安が最優先される」というのがその理由です。女性は「シリアに行ったことを後悔していない」と話し、自責の念のない人物だと判断されたようです。国籍の剥奪は見直される可能性もありますが、シリアからの救出はリスクが大きいとして当局は冷ややかです。

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アメリカでも、ISに加わった南部アラバマ州出身の24歳の女性が、シリアからの帰国を望んでいますが、先週、トランプ大統領自身がツイッターで、女性の帰国を認めないようポンペイオ国務長官に指示したことを明らかにしました。この女性もシリアで戦闘員の妻となって子どもをもうけましたが、夫は戦闘で死亡し、1歳の子どもの安全のために帰国を望んでいます。

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ISに世界からどれだけの若者が集まったのか、イギリスの研究機関が各国政府の発表や報道をもとに集計、分析した報告書によれば、2013年4月から去年6月までの5年2か月間で、その数は80か国の4万1千人あまりに上っています。それらの多くが戦闘や空爆で命を落としたか現地で拘束されましたが、帰国した人も7300人余りと推定されています。このうちヨーロッパ出身の若者は1700人余り、3割が帰国しました。早い段階で帰国したのはISに幻滅した人たちと見られます。

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若者たちの中には、フェイスブックやツイッター、ユーチューブなどSNSの刺激的な写真や動画、巧みな勧誘の言葉によって現地があたかも楽園であるかのように思い込んだ人も大勢いました。各国政府や過激派に関わった人物を追跡調査した専門家によれば、当初はイスラム教徒を守るためシリアに行ったと宗教的な理由をあげた人もいましたが、政府や社会への不満、将来への絶望、悲観などから孤立感を深め、自分の居場所を探すためシリアに行ったという人もいれば、金銭目当てや、ただ「刺激が欲しかった」という人、それに、戦闘員の妻になりたかった」という女性も少なくありませんでした。冒頭で紹介したイギリスへの帰国を望んでいる女性もその一人です。

シリアの紛争が始まってから8年、長い戦闘を経験した若者たちの一部は先鋭化し、他の国に逃れた戦闘員も少なくありません。各国政府は、そうしたいわば「第2世代」の帰国に神経を尖らせています。今度は自国で過激な思想を広め、テロを起こすおそれがあるからです。ヨーロッパでは帰国するよりシリアで戦闘によって命を落としてくれたほうがましだと公然と話す閣僚もいるほどです。さらに現地で拘束されている若者たちを将来どうするのか明確なルールがありません。アメリカのトランプ大統領は、シリアで拘束されている800人以上のヨーロッパ出身の戦闘員をそれぞれの国が引き取り、裁判にかけるよう求めましたが、ドイツ政府は現地での活動の証拠が得られないとして拒んでいます。若者たちは祖国から突き放され行き場を失っています。保護するにしても処罰するにしても各国政府には自国の市民を見放すのではなく責任ある対応を求めたいと思います。

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さらに懸念されるのは外国人戦闘員の子どもたちです。イギリスの研究機関の報告では、親に連れられてシリアとイラクに行った17歳以下の子どもはおよそ4600人、それ以外に現地で生まれた外国人戦闘員の子どもが700人以上います。これらの8割はまだ帰国していません。
罪のない子どもたちをどうやって保護し、人間らしい生活を送らせるか、各国に突きつけられた課題です。子どもたちが無国籍者となれば、どの国からも保護されず、教育や医療を受ける権利も与えられません。人間としての権利が認められず、何の支援も受けられなければ、新たなテロリストになりかねないと警告する専門家もいます。ユニセフ・国連児童基金は、「すべての子どもは国際法によって名前や国籍を持つ権利があり、各国政府は子どもが無国籍とならないように保護する義務がある」として、元戦闘員の子どもであっても保護すべきだと訴えています。

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ではこれから帰国する元戦闘員に対してどのように対処すればよいのでしょうか。
過激な人物を刑務所に収監するだけでは解決策になりません。かつてISなどのメンバーの勧誘の場でもあった刑務所が、再び過激派のネットワークの拠点になりかねないからです。これまで各国では、刑事処分とともに、更正と社会復帰のためのさまざまな取り組みが行われてきました。イギリスでは、過激な思想を取り除くためのプログラムが実施され、心理学者による集中教育と支援が行われてきました。とはいえ、それで過激な思想が完全に取り除かれるわけではありません。中東では数年もたてば再び過激派に戻ってしまう若者も少なくないということです。社会復帰のためには国・地域と家庭との連携が重要であり、危険な人物と接触させず、過激なインターネットサイトへのアクセスを遮断するなど息の長い取り組みが必要です。そのための法整備や施設の拡充、カウンセリングのための専門家の育成も急務です。
同時に新たな過激派予備軍を生まないために、若者が社会から孤立しないよう地域全体できめ細かく目配りしていくことが重要になってきます。
なぜ若者たちが過激派に向かったのか、その原因と背景をしっかりと分析し、有効な手立てを見出すために各国が協力して取り組んでいくことが求められます。日本にとっても決してひとごとではないように思います。

(二村 伸 解説委員)

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