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「トランプ一般教書演説『融和』演出の思惑」(時論公論)

髙橋 祐介  解説委員
神子田 章博  解説委員

アメリカのトランプ大統領が向こう1年の内政と外交の施政方針を示す一般教書演説を行いました。演説に込められた大統領の思惑を読み解きます。

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髙橋)
いつもの“トランプ流”の演説とはトーンが変わったように思いましたが、どう見ましたか?

神子田)
確かに、演説の端々で「共和党も民主党もなく一緒にやっていこう」と呼びかける場面が目につきました。融和ムードを演出したいという様子がうかがえました。

髙橋)
ポイントは3つありました。

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▽まず、この場で発表された北朝鮮のキム・ジョンウン朝鮮労働党委員長との首脳会談はどこまで成果を期待できるか?
▽次に、中国との激しい貿易摩擦は沈静化に向かうか?
▽そして、来年の再選をめざすトランプ大統領の政権運営はどうなるか?です。

与野党の対立から異例の1週間遅れとなった今年の一般教書演説。激しい党派対立がそのまま持ち込まれるかと思いきや、トランプ大統領は“超党派の協力”を再三アピールし、女性の活躍に言及すると、白いジャケットで揃えた民主党の女性下院議員からも拍手喝采を浴びるなど、和やかな場面もありました。
「妥協と歩み寄りの精神で結束を!」そうトランプ大統領が融和を呼びかけた理由のひとつは、下院で多数派の座を失った“ねじれ議会”と協力しなければ、アメリカ政治は前に進まない現実があるからでしょう。

【米朝首脳会談】

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融和姿勢は外交分野にも見えました。キム・ジョンウン委員長との2度目の米朝首脳会談を3週間後(2月27日~28日)ベトナムで行うと発表。去年の一般教書演説で「北朝鮮ほど残忍に国民を弾圧する独裁体制はない」そう突き放したトランプ大統領でしたが、この日は一転「まだ課題は沢山あるが、キム委員長との関係は良好だ」と述べました。
「自分が大統領でなければ北朝鮮とは戦争になっていただろう」そんな発言には、北朝鮮の核実験やミサイル発射が止まり、交渉が行われている現状そのものを自らの実績と印象づけ、非核化実現への“期待のハードル”を低くしたい思惑もうかがえました。
アメリカの情報機関を統括するコーツ国家情報長官は「北朝鮮がすべての核兵器を放棄する可能性は低い」との見方を議会に報告しています。仮に2度目のトップ会談も具体的な成果に乏しければ、米朝交渉は失敗の烙印を押されかねません。

【米中貿易摩擦】
一方、トランプ大統領は、中国との貿易摩擦でも「習近平国家主席と新たな取引を交渉中だ」と述べました。なぜ今トランプ大統領は中国との交渉妥結に意欲的なのでしょうか?

神子田)
やはり貿易摩擦がアメリカ経済に与えるマイナスの影響があるなかで、交渉を急ぎたい思惑があるのだと思います。

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アメリカ国内では、中国からの輸入品に高額の関税をかけたことで、原材料の価格が高騰。企業収益にマイナスの影響を与えています。一方中西部の農家からは、中国が対抗措置としてアメリカからの農産物に高額の関税をかけていることから、中国への輸出が減ったという不満の声も出ています。こうした状況が続けば、大統領選挙に不利になるという判断があると思われます。

髙橋)
対する中国側はどのような姿勢で交渉に臨んでいるのでしょう?

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神子田)
中国側もアメリカによって高額の関税が引き上げられた結果、アメリカ向けの輸出が減り、製品を組みたてる工場で人員削減が進むなど、このままいくと社会の混乱を招くおそれもれあります。

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こうした中で中国国内では、おととしの共産党大会で習主席が、「アメリカに並ぶ経済・軍事大国」をめざす方針を色濃くにじませたことがアメリカを刺激し、それが激しい摩擦につながったという批判が出ています。アメリカとの交渉期限は3月1日ですが、その4日後には、全人代=全国人民代表大会が開かれます。さらに全人代の前には共産党幹部の重要な会議が開かれるのが恒例となっており、この大事な時期を混乱なく乗り切りきるために、習主席としてもアメリカとの合意を急ぎたいところではないでしょうか。
このように双方のトップが摩擦の収束を望むなか、期限までに貿易問題など一部で何らかの合意がはかられる公算が強まっています。ただトランプ大統領はこの日の演説で「合意の内容には真の構造改革が含まれていなければならない」と強調しています。このため、知的財産権の侵害や、国の補助金が支える産業政策など、アメリカが構造的な問題だと指摘している分野については継続協議となるのではないかという見方も出ています。

【国境の壁】

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髙橋)
一方、演説を通して、トランプ大統領が最も力を入れたのは、メキシコとの“国境の壁”の建設に賛同を得ることでした。与野党の予算交渉は来週15日に期限が迫り、再び政府閉鎖の恐れもあるからです。「国境の壁は必ず建設する」そう大統領は言い切って、強気の姿勢を崩しませんでした。
ただ、議会を迂回して予算執行を可能とする“非常事態宣言”はひとまず見送りました。“壁の建設で安易に妥協すれば、政権を支える保守強硬派から突き上げを受け、来年の再選に赤信号が灯ってしまう。かと言って、民主党から協力を得られず政治の混乱が長引けば、自らの再選にも悪い影響が出てしまう”そうした“対決と融和のジレンマ”を抱えているからでしょう。

トランプ大統領は「アメリカは党派対立をやめて団結し、国外に立ち向かわなければならない」とも述べました。国外に眼を向けさせようとするトランプ大統領は、保護主義的な姿勢を改めて打ち出しましたが、日本との通商交渉にはどう臨んでくるでしょうか?

【日米通商交渉】

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神子田)
私がこの日の演説で気になったのが、「より多くの車がMADE IN USA」となることを望むという趣旨の発言です。去年9月に行われた日米首脳会談では、二国間の通商交渉を行うことで合意していますが、その際の共同声明には「交渉結果がアメリカの自動車産業の製造及び雇用の増加をめざすアメリカ政府の立場を尊重する」という文言がもりこまれています。トランプ大統領は日頃から、国内の製造業の労働者を海外の競争相手から守る姿勢を示していますから、この合意を梃子に、日本からアメリカへの自動車の輸出量を制限することや、輸出の一部を現地生産に切り替えることなどを求めてくることも懸念されます。

【再選とアメリカ経済】
髙橋)
トランプ大統領の再選の成否は、捜査が大詰めを迎えているロシア疑惑をめぐる追及をかわせるか、そしてアメリカ経済が現在の好調をどこまで維持できるかによって、大きく左右される見込みです。しかし、この日の演説に目新しい経済政策はあったでしょうか?

神子田)
景気を支える政策としては、インフラ投資について民主党の協力を呼び掛けた程度にとどまりました。議会がねじれ状態となる中で、思うように政策を実現できない手詰まり感が透けて見えました。そこで警戒すべきなのが、トランプ大統領がアメリカの中央銀行に当たるFRB頼みになっていないかという点です。

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FRBは今年に入り、政策金利をゆるやかに引き上げていく姿勢から、利上げをいったん休止する方針に転換しました。これを受けて株式市場は再び上昇傾向となりましたが、「この政策転換の背景にはトランプ大統領からの圧力があったのではないか」という見方が出ています。トランプ大統領が就任以来、FRBの政策金利の引き上げを再三にわたって批判してきたからです。しかし、本来中央銀行は政治から独立した立場で、その時々の経済情勢に応じた適切な対策をとることが期待されています。トランプ大統領が今後もFRBに干渉する発言を繰り返せば、市場のFRBに対する信頼を損ねることにもなりかねません。トランプ大統領は、お得意のツイッターで「FRBはアメリカ経済の唯一の問題」だと発言していますが、私は、トランプ大統領の不規則発言こそ、アメリカ経済の最大の懸念材料ではないかと思います。

髙橋)
就任から3年目に入って“ねじれ議会”に直面し、従来の対決色を和らげ、歩み寄りを呼びかけたトランプ大統領の一般教書演説。そうした融和の演出は、自らの再選を他のすべてに優先させる意思の現われでもあるのでしょう。ますます内向きになるトランプ大統領の“アメリカ第一主義”と私たちは向き合うことになりそうです。

(髙橋 祐介 解説委員 / 神子田 章博 解説委員)

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