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「日ロ交渉波高し 56年日ソ共同宣言 意味するもの」(時論公論)

石川 一洋  解説委員
岩田 明子  解説委員

56年日ソ共同宣言に基づき交渉を加速化する日ロ平和条約交渉が始まりました。安倍総理大臣は来週モスクワを訪問し、プーチン大統領との日ロ首脳会談に臨みます。今日は政治担当の岩田委員とともに、56年日ソ共同宣言の持つ意味を詳しく分析しながらその中で今後の交渉の主要な論点を考えてみます。

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共同宣言は平和条約締結後に歯舞・色丹の二島の引き渡しを定めています。今週平和条約交渉の第一ラウンド日ロ外相会談で、ラブロフ外相は歴史認識と安全保障について強硬な原則的姿勢を示しました。来週の日ロ首脳会談では安倍総理はどのような方針で臨むのでしょうか。

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岩田)まず、日ロ外相会談ですが、政府は、非常に厳しい一歩を踏み出したと受け止めています。56年共同宣言の履行に向けた本当の意味でのスタートとも言えます。来週22日、首脳会談は拡大会合やテタテまで含め、およそ3時間程度を予定しています。おそらく条文に盛り込まれる要素について、日ロ双方から提示され、幅広い議論が行われるのではないでしょうか。
まさに▼歴史認識、▼安全保障の問題、そして▼日ロの信頼構築、こうした点で両首脳がそれぞれの考えを話し合うものと見られます。

石川)さてきょうは共同宣言に即して歴史認識、日米安保との関係そして打開への道を考えてみたいと思います。まず歴史認識。対立点はソビエトによる北方4島の領有の正当性を認めるかです。

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56年日ソ共同宣言は両国議会が批准された国際条約で、この宣言で日本とソビエトは戦争状態を終結して、外交関係を回復しました。戦争状態の終結という点では「平和条約」とも言えますが、当時日ソがただ一点合意しなかったのは領土の画定で、そのため条約でなく宣言となりました。

「平和条約交渉を継続する。ソビエトは日本の要望に応え歯舞・色丹の二島を日本に引き渡すことに同意する。ただしこれらの諸島は平和条約締結後に現実に引き渡される」

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今につながる歴史認識をめぐる対立が示されているのがこの 「引き渡し」という言葉です。ソビエトは返還ではなく正当な自分の領土を善意で日本に渡すという意味を込めています。ラブロフ外相は日ロ外相会談で「日本が北方4島へのロシアの主権を含めて第二次大戦の結果を認めること」つまり第二次大戦で獲得した領土の正当性をまず認めよと主張しました。

岩田)日本はロシアの4島領有には法的根拠が無いという立場です。そして戦後の結果についてはポツダム宣言受託、サンフランシスコ平和条約で第二次大戦の結果を認めている。ただ日ロの間の戦後処理、国境線の画定は終わっておらず、未確定の国境線を画定するという立場です。ただこの点は交渉の前提条件とするのではなく平和条約交渉を進める中で双方に受け入れ可能な表現を追求することはできるのではないかと考えています。

石川)さて次に日ソ共同宣言と深く絡むのが日米安保です。1960年日本が安保条約を改訂しますと、ソビエトは「アメリカ軍の撤退を引き渡しの条件とする」として共同宣言の領土条項の有効性を否定し、領土問題は存在せずとの強硬な態度を取りました。これに対して日本は激しく反発し、「北方4島の即時一括返還を要求する」という強硬な態度で応じました。領土交渉が事実上行われない状況が続き、日本にとっては56年共同宣言の有効性を認めさせるということが日ソ交渉の大きな目標の一つとなりました。

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 岩田)安倍総理の父、安倍晋太郎外相が日ソ関係の打開を目指して、1986年にソビエトを訪問した時、ゴルバチョフ書記長に日ソ共同宣言を認めるよう求めました。しかしゴルバチョフ書記長は「あなたは禁じられたテーマに触れた」と述べ、認めませんでした。その後、安倍元外相が病気を押して実現に尽力したゴルバチョフ大統領の訪日の際も、択捉、国後を含む4島の領土確定の問題は話し合われたものの、ゴルバチョフ大統領は結局、日ソ共同宣言の有効性を認めませんでした。

エリツィン大統領も「4島の帰属の問題を解決して平和条約を結ぶ」という領土交渉の土台については合意したものの、日ソ共同宣言の有効性を明示的に認めることはありませんでした。

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石川)ロシアにとって4島の帰属の問題を話し合うことには同意できても、56年共同宣言は二島の引き渡しを定めているだけにそれをはっきりと認めることは、国内世論の反発を招きやすく政治的なハードルが高かったのです。

岩田)日ソ共同宣言の有効性を初めて明示的に認め、両国にとって義務であるとしたのがプーチン大統領だったのです。安倍総理が、日ソ共同宣言を基礎に交渉加速化に踏み切ったのは、ウラジオストクの東方経済フォーラムで、プーチン大統領が、「前提条件を付けずに平和条約を年末までに結ぼう」と発言したことも背景にあります。

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安倍総理は日本としてはそのまま受け入れることはできないものの、プーチン大統領も領土問題に決着をつけたがっていると感じ取り、シンガポールで日ソ共同宣言を基礎に平和条約を結ぼうと提案したわけです。

石川)日米安保は米ロ関係が悪化する中で、今の交渉にも大きく影響を与えています。プーチン大統領は島が引き渡された後もアメリカ軍が配備されないことの確証を求めています。日本が配備を計画するイージスアショアはアメリカのグローバルなミサイル防衛の一部ではないかと疑問を呈し、また日米安保でアメリカ軍の配備ついてどれだけ日本に主体的な権利があるのか分からない、ともしています。東西ドイツを統一する前にNATOは東方拡大しないという当時の欧米首脳の口約束が反故にされ、さらにアメリカのミサイル防衛がロシア国境に近づいているという強い不信感があります。

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岩田)安倍総理は「日米安保は極東の安定に寄与するものであて、ロシアに敵対するものではない」とプーチン大統領に説明していますが、まだ納得を得ていないのが現状でしょう。安倍総理としては、日本とロシアの安全保障面と防衛面での相互信頼を条約交渉とともに一層深めたいとしており、島が引き渡された場合にもそこには軍事力を置かないことでロシア側の懸念を払しょくできないのか、検討を始めています。
またイージスアショアなど日本のミサイル防衛については、北朝鮮という具体的な脅威がある中で日本が主体的に管理運営する防衛システムであり、アメリカが運営するNATOのミサイル防衛とは異なると説明しています。安倍総理としては安全保障の問題を逃げずに正面から取り上げて、プーチン大統領を説得する考えです。

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石川)互いのナショナリズムを刺激し、非常にデリケートな難しい交渉が予想されるが、打開の道はどう見出だせばよいのでしょうか?

岩田)日本側は6月のG20サミットでのプーチン大統領の訪日に向けて「平和条約の大筋合意」を目指したいとしていますが、交渉は紆余曲折が予想され、思惑通り進めることは難しいと思います。
ただアルゼンチンでの首脳会談で、プーチン大統領は安倍総理に対して、平和条約の締結は、金銭や技術的な問題ではなく、歴史的な展望なのだと述べました。
日ロの長期的な関係を展望する条約にするという言う視点は重要だと思います。
日ロの象徴的なプロジェクトを打ち出すなど経済協力を含め、日ロの信頼構築がどこまで進むかもカギとなるのではないでしょうか。

石川)国境線画定だけで平和条約は十分だという考え方もあります。私はそのアプローチでは交渉を妥結に導くのは無理だと思います。
4島はどうしたという日本国内の反発、
なぜ島を日本に引き渡すのかという ロシア国内の反発、
どちらもマイナスの感情を持つ可能性もあります。
双方がウィンウィンの関係を築くには、日ロ関係を幅広く規定し、日ロ関係の将来を示す未来志向の基本条約を作ることが必要でしょう。そして領土問題を解決する日ロ平和条約が北東アジアの安定と繁栄、安全保障に資するものとなるという共通認識を両首脳が共有し、それぞれの国民を納得させることが必要だと思います。

(石川 一洋 解説委員・岩田 明子 解説委員)

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