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「復活ならず 稀勢の里散る」(時論公論)

刈屋 富士雄  解説委員

「一片の悔いもない」という本人の言葉が唯一の慰めです。
多くの人に愛され期待された大きな花が、満開の直前にぽとりと落ちた様な口惜しさを感じたファンの方も多かったと思います。
19年ぶりに誕生した日本出身の横綱として、破壊力抜群の攻めの相撲で新しい時代を作る期待も膨らみましたが、大ケガからの復活はならず、今日引退を発表しました。
稀勢の里引退について考えてみます。

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この後の解説の流れですが、
大ケガをして2年、今日の引退のタイミングはどうだったのか。
何故稀勢の里は、復活できなかったのか。そして相撲界にとって宝ともいえる力士を失った相撲協会が、今後取り組むべきポイントを考えてみます。

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まずは、引き際です。
もっと早く引退すべきだったのではという声や、まだがんばって欲しいと言う声もありますが、こちらが、ここ3年の稀勢の里の成績です。

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横綱にあがる前と後では対照的です。
平成28年は、年間最多勝を取っています。新横綱の場所で大ケガをおして逆転優勝をした後は、8場所連続休場、去年の秋場所で10勝を上げて復帰、復活優勝を期待された九州場所も4連敗で途中休場。横綱審議委員会での「激励」の決議を受けて、進退をかけて臨んだこの初場所も初日から3連敗、いずれも完敗。特に昨日の一番、相手の栃煌山は、同学年、同じ年代のライバルとして鎬を削った相手、かつてともに後一歩のところで優勝逃がし、ともに健闘を誓い合った力士。
力も取り口も良く知っている相手だけに、今の力を知るバロメーターでもありました。
相手を起こして左から攻める為に左足から踏み込んでいるにもかかわらず、あっさりと右を差されもろ差しを許しました。二本さされた後も、本来の粘りは見られませんでした。
この一番で、今の自分の力、そして今後の復活の可能性が判断でき引退を決断できたのだと思います。
館内のファンも、九州場所の時は、まだまだという大声援が飛んでいましたが、今場所の3連敗は、館内が静まり返り、負けて帰る背中に拍手が送られていました。ファンも引退止む無しのところまで来ていた雰囲気です。
しかし、ファンにそう思われることが横綱としてどうなのかという意見もあります。

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大相撲は、スポーツや興行だけではなく、神事であり伝統芸能であり、それらの要素が1500年にわたり日本の歴史とともに歩んで来ました。
だから国技と言われ、横綱はその頂点にいます。
求められる要素は「品格・力量抜群であること」。
ですから歴代の横綱は、何よりもその名を汚さぬことを第一に考えて来ました。

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第50代の佐田の山は「桜の花散るごとく」と二場所連続優勝の翌場所、序盤不振で引退しました。
大鵬も14勝1敗で優勝した2場所後に引退。
平成最初の引退となった千代の富士も大鵬の優勝回数に後一回と迫りながら、優勝した3場所後に引退。
又曙も優勝した翌場所休場し、ケガからの復帰に時間がかかると引退を決意しました。
流れが変わったのは、第65代の貴乃花からです。ケガをおしての劇的優勝の後、7場所の休場をファンは待ちました。
この頃から、大相撲の興行とスポーツの要素が色濃くなってきたと多くの相撲関係者は口にします。
つまり、横綱の進退も、ファンの思いや興行的な要素、そして横綱と言うより力士としての本人の思いなどによって左右されてきたと見られます。
その流れの中での今回の稀勢の里の引退は、ファンの思いにギリギリまで答えての引き際だったと思います。

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次に何故、復活できなかったのか。
ポイントは2つです。
一つ目は、入門して以来15年、大ケガをして休場した経験がなかったこと。
もう一つは、攻め一手の相撲の型です。

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先ほどの成績表を見ると、最大のポイントはケガをした翌場所です。
何故ここで出てしまったのか。
ここで無理をして出たことが命取りになったと言う声は少なくありません。
同じ様な大ケガをしながら、何度も復活した元大関魁皇の浅香山親方は、ケガの治療に2か月、しかしただそれだけではダメで、体全体をもう一度作り直すのに更に1か月が必要と言います。
大ケガからのリハビリ、復活の経験のない稀勢の里は、ケガが少し良くなっただけで強行出場し、ケガを悪化させました。それだけではなく左が使えないまま相撲を取り、体のバランスやその使い方もパラバラになってしまいました。

もう一つの攻め一手の相撲の型というのは、入門当時の師匠の、第59代横綱隆の里の鳴戸親方は「最強の技は、圧倒的な破壊力。どんな相手も土俵の外に持っていく強烈な力があれば、それが最強。稀勢の里は、それを身につけられる素材。だから、腰の高さも、動きやすく相手に力が伝わる高さがいい。右腕の使い方はもっと先に覚えればいい、だって左は素晴らしいからね。左だけで天下が取れる。右の使い方や四つ相撲はそれから覚えればいい。」と話していました。

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その象徴とも言える相撲がこれです。

【ⅤTR】
平成22年の九州場所2日目、すでに優勝16回、63連勝中というまさに全盛期に入っていた横綱白鵬を、この時、東前頭筆頭だった稀勢の里が破り、白鵬の連勝をストップさせました。圧倒的な圧力、左からの攻め。強靭な足腰を持つ白鵬を一方的に攻め切りました。
師匠からすれば、最強横綱という作品を作り上げているかのようでしたが、その途中、道半ばの平成23年、稀勢の里の大関昇進直前に亡くなりました。
残された稀勢の里は、まさに土台と骨格だけ作って、制作途中で作者が消えてしまった彫刻のようなものでした。
その後一人で亡き師匠の教えを愚直に守り、自らの相撲に肉付けをしていきましたが、体全体が腰の構えも含めて動きの感覚全てが、左を基点とした攻めの相撲の作りでした。それだけにその左が使えなくなり感覚がバラバラになった時に、再生が出来ませんでした。しっかりと治療し、体を作り直していればと残念でなりません。

さて、今回の稀勢の里の引退から、日本相撲協会が考えるべき課題が浮かび上がって来ました。大相撲の雑誌のアンケートでも圧倒的1位の稀勢の里には、もっと横綱として活躍して欲しかったと多くのファンは思っていると思います。横綱は大相撲界の宝です。ケガの治療、リハビリなども現在は本人まかせ,部屋まかせです。それがこれまでの伝統です。
一方海外のプロスポーツ、例えば大リーグの大谷選手やテニスの錦織選手は、最先端の医療スタッフに支えられ、必要な情報はファンに説明しています。

公益法人となった相撲協会は、協会として最先端の医療体制を整え、少なくても横綱のケガの状態、治療、リハビリまで主導してもいいのではないかと思います。今回も稀勢の里のケガの具合を的確に把握していれば、ケガの翌場所に出場することもなく、リハビリ期間、復帰の場所も情報公開していれば、本人もファンの期待にあせることもなく治療に専念でき、ファンも落ち着いて待てたと思います。

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相撲協会が、横綱本人とともに横綱の権威を支える覚悟が必要だと思います。

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稽古への取り組み、日々の言動、成績の捉えかたなど相撲協会が積極的に関わることで、国技と言われる大相撲の頂点、横綱の権威を、その名を汚さぬように平成の次の時代へとつないでいけるのではないかと思います。

(刈屋 富士雄 解説委員)

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