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「TPP・EPA発効 試練の日本農業」(時論公論)

合瀬 宏毅  解説委員

先月30日、アメリカを除いた11カ国によるTPP、環太平洋パートナーシップ協定が発効しました。来月には、EUとのEPA、経済連携協定が発効する予定で、日本の農業は今年、大きな試練を迎えることになります。
今夜は、TPPなどの発効で、私たちの食卓がどう変わり、食料の安定供給のために何が必要か、考えたいと思います。

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先月30日に発効した、TPP環太平洋パートナーシップ協定は、域内の人口5億人、世界のGDP、国内総生産の13%を占める巨大自由貿易圏です。
域内では投資や電子商取引のルールが統一されるほか、ほとんどの工業製品と、農産物の関税が、段階的に撤廃、もしくは削減されます。

この結果、日本が得意な自動車や産業用機器などは、域内ではより競争力を持つようになります。

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一方で苦しくなるのが農業です。これまで最大で17%かかっていたブドウや、3%のニンニクなどは関税が即時撤廃され、またリンゴや鶏肉なども、6年から11年をかけて関税がゼロになります。
コメや麦などの重要品目は、一定量を輸入する代わりに関税を維持しましたが、関税ゼロの品目はおよそ2100と、農産物の82%に上ります。

日本農業が直面する自由化、TPPにとどまりません。
来月には、日本とEUのEPA経済連携協定が発効します。EUとのEPAでは、TPPでの合意内容に加え、さらにカマンベールなど、ソフトチーズの輸入枠が、新たに設けられます。

EUはワインや乳製品、豚肉で、高い競争力を持ちます。消費者にとっては、海外から安く、農産物や加工食品を手に入れることが出来、歓迎すべき状況です。
ただ農家にとっては大変です。高齢化など農業の生産基盤が揺らぐ中での、本格的な国際化です。
今年はまさに生き残りのための、正念場になりそうです。

では迎え撃つ、日本の準備はどうでしょうか?
TPPが大筋合意した2015年、政府はTPP関連政策大綱を決定し、まずは日本農業を守るためとして、コメや牛肉などについては、価格下落を防ぐための国産米の買い上げや、赤字になった場合の一部補填などの「守り」の対策を用意。

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そして、それとともに体力強化のための、「攻め」の対策も準備してきました。

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例えば、コメのコストダウンのための大規模化です。一区画あたりの面積を広げたり、排水を良くしたりする、農地の整備事業を用意して、経費の削減を支援。
また、高付加価値化を目指す果物や野菜産地に対しては、甘さが瞬時に判別できるような、機械導入を通して、売り上げの増加を促す。

さらに今回、厳しい競争にさらされる酪農など畜産分野については、牛乳を自動的に搾る搾乳機などの機械化を進め、経営強化を支援してきました。
そして2013年には5000億円だった農産物の輸出額を今年1兆円に伸ばすと、してきました。

農業は国の基だとする安倍総理のかけ声の下、政府が用意した対策費は、2015年度以降、毎年3000億円以上に、上ります。

その結果、どうなったのか。
先月末に開かれた、政府対策本部では、実際に事業に行った農家では、コメの生産コストがおよそ半分になったこと。
また、高付加価値化を目指した、果物や野菜産地では、面積あたりの販売額が13%伸びたことなど、支援が着実に、効果を上げていることが報告されました。
農産物の輸出額も、去年は10月までで7300億円と、前年の同時期に比べ15%以上、伸びており、今年は1兆円を超えると期待されています。

こうした数字を見てみると、日本の農業、ある程度体力がついたように見えます。
しかしこうした成果、あくまでも、事業に参加した農家に限ったものであり、全体をみれば、こうした姿とは、違った状況が見えてきます。

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これは日本のカロリーベースの食料自給率です。1985年の53%から年を追うごとに下落。
その流れは巨額のTPP対策費を投入した2015年以降も止まらず、逆に1ポイント落として、38%になっています。

背景にあるのは、生産量の減少です。ここ5年間で、鶏肉などの例外はありますが、野菜は横ばい、コメは10%、リンゴなどの果実は8%、牛肉、豚肉と、多くが生産量を減らしています。

TPP対策として、様々な支援をおこなってきたにも関わらず、全体としての生産量の減少に歯止めがかかっていない。
これでは、食料の安定供給という面からも、安心できません。

では、どうすればいいのか。
国際化に対応し、将来にわたって、食料の安定供給を確保するためには、農業生産を担う、多様な農家が必要です。

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これは、農業経営体を売り上げ規模別に並べてみたものです。
3000万円以上売り上げる大規模経営体は、2013年の3万4000から、5年後には4万1000と、確かにその数は増えています。
しかし、増えているのはこの層だけで、それ以下の売り上げの経営体は、軒なみ、その数を減らしています。その結果、全体の経営体の数は151万から122万と、日本農業の担い手は実に20%減っているのです。

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政府が目指すように、大規模農家は増えてはいるものの、その数は一部で、それ以上に、国際化などへの不安から、農業を辞める人が少なくなく、生産量の減少を、十分埋められていないのが、現状なのです。

安倍政権は、これまで大規模農業法人が主体となって日本の食料生産を支える、そうした構造を目指して、政策を行ってきました。しかし、これまで見てきたように大規模農家だけでは十分ではありません。
減少し続ける農業生産量に歯止めをかけるためには、中小の農家も含めた全体の底上げが必要ではないでしょうか。

そうした意味で、もう一つ注目しなければならないのが、これまでの政策で取り残された里山など中山間地域の農業です。

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中山間地域は、我が国の農地面積や農業生産額の4割を占め、食料の安定供給にも重要な役割を果たしてきました。しかし小規模な水田や畑が多く、機械化など、農業の効率化が進んでいません。

ところが、そうした地域に年間3000万人を超えようという、訪日外国人観光客が注目しています。中山間地には昔ながらの日本の風景だけでなく、伝統行事や食文化が色濃く残っており、そうした地域で食事を楽しみ、宿泊する観光客が増えているのです。

訪日外国人が訪れた地域では、農業の生産量が増え、出来た農産物や加工品は輸出が伸びていることも、これまでの研究で明らかになっています。

大規模化が難しい地域でも、国際化を逆手にとるなど、地域の特性を生かした、多様な農業を育てることが、結果的に日本農業を強くすることではないでしょうか。

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折しも今月から農林水産省では、今後10年間の農業政策の方向を決める、基本計画作りが始まります。
TPPやEPAで多くの関税がなくなり、大量の農産物が入ってくることは、日本農業にとって大きな試練になります。今後は、国際化と共存する日本農業を作り上げなくてはなりません。
厳しい状況が続く中、日本の消費者に安定的に食料を届ける農業をどう維持していくのか、
今年はそこが問われることになります。

(合瀬 宏毅 解説委員)

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