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「拡大する米中摩擦~中国の『サイバー』脅威」(時論公論)

津屋 尚  解説委員
神子田 章博  解説委員

(神子田)
米中摩擦が貿易から安全保障の分野へと拡大しています。中国最大の通信機器メーカー、ファーウェイの幹部の逮捕の背景には、中国の先端技術がアメリカの安全保障とハイテク産業を脅かすという危機感があります。この問題について安全保障担当の津屋解説委員とともにお伝えします。

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まず今回のファーウェイの副会長逮捕の背景についてどういう見ていますか?

(津屋)
直接の逮捕容疑は、イランに対する国連の制裁決議違反ですが、問題の本質は、米中のサイバー空間での覇権争いです。アメリカはトランプ政権が発足する前から中国企業に対して強い警戒心を持っていました。オバマ政権時代の2012年には、議会下院の特別委員会が調査報告書を出し、通信機器大手ファーウェイとZTEを名指しして、中国の情報機関とのつながりが疑われると指摘しました。その上で、中国製の通信機器を通じて情報が盗み取られ、アメリカの安全保障上の脅威になりうると警告していたのです。
そしていま、ファーウェイが世界をリードする次世代の通信規格「5G」の導入が間近に迫っています。5Gでは今とは比較にならない大量のデータが処理され、あらゆるものがインターネットにつながります。そうなれば、情報流出と安全保障上の脅威がより大きくなるとアメリカは考えているのです。

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(神子田)
そのファーウェイですが、私も去年深センにある本社を訪れた際にファイブG技術の開発に並々ならぬ意欲を持っていると感じました。スマートフォンや通信機器を製造するファーウェイは、年間10兆円近くを売り上げ、1兆4000億円を超える巨額の開発費を投じています。ファイブGの研究開発には2000人のエンジニアが携わっています。例えばファイブGの交換機は、大容量のデータを扱うため小型発電所なみの電力を消費しますが、これを大幅に抑えるなどの最新技術の開発に力を注いでいます。いわば中国の次世代の産業の象徴的存在で、担当者は、「アメリカの企業から、ファーウェイは世界の2年先を行っている」と言われたと胸を張っていました。今回の事件に関連してファーウェイは「サーバーセキュリティ上のリスクとなった証拠はひとつもない」とアメリカの対応を批判しています。
津屋さん、ファーウェイ側はこう主張しているがアメリカはなぜ安全保障上の脅威とみているんですか?

(津屋)
中国では去年、「国家情報法」という法律が施行され、あらゆる組織や個人に国による諜報活動への協力が義務付けられました。この法律に基づけば、ファーウェイの通信機器を介して中国の情報機関がスパイ行為を行うことも可能になると専門家は指摘しています。
また5Gによるネットワークの基幹部分がファーウェイ製品で構成されることになれば、データは必ずその製品を経由するので、重要な情報が抜き取られる恐れがあるとアメリカは見ています。5Gは、国防当局だけでなく兵器の開発につながる最先端技術をもつ企業なども利用する可能性があり、そこから軍事機密が筒抜けになると懸念しているのです。

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さらに深刻なのは、インターネット全体が遮断されたり、重要インフラが破壊されたりする事態です。中国政府は否定していますが、製品に密かに埋め込まれたチップや、自動アップデートを装って悪意あるプログラムによって、金融や交通、電力などのシステムがダウンし、社会の機能が麻痺することが懸念されています。このためアメリカは今年、政府の情報システムの調達から中国企業の排除を狙う「国防権限法」を制定しました。

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(神子田)
その国防権限法は日本企業の活動にも少なからぬ影響を与えそうです。国防権限法では、ファーウェイとZTEの二社、それに監視カメラシステムをてがける3社の製品をアメリカの政府調達から排除するとしています。2020年8月以降は、これらの会社の製品を使っている日本企業も、アメリカ政府の調達から排除されます。さらに日本企業が中国製品を直接使っていなくても、中国製品を使っている企業と取引があれば、アメリカの政府調達から締め出されることになります。

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 一方、日本政府も、今月、各省庁が通信機器などを調達する際に、安全保障上のリスクにも配慮することを申し合わせました。

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さらに政府は、ファイブGの基地局の導入を予定する通信会社に対し、周波数を申請する際には、この省庁間の申し合わせについて留意することを求めました。ファーウェイなど中国の通信機器メーカーを事実上排除しようとしたと受け止められています。さらにイギリスやオーストラリアなどでもアメリカの動きに呼応する形で、ファーウェイ製品を排除する動きが進んでいます。

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 こうした一連の動きの背景には、安全保障上の理由とともに、中国で急速に発展する技術に対するアメリカの危機感があります。習近平政権はITやバイオなどのハイテク分野の産業を育成し、世界のトップレベルに押し上げる中国製造2025という政策を進めています。これに対しトランプ政権は「中国は政府の補助金を使ったり、サイバー攻撃を通じて最新技術を盗み出したりして、産業競争力を急速に強めている」とみています。とくに5G技術ではアメリカの遅れが指摘されています。

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さらにファイブGの技術は、AI=人工知能や自動運転技術にも深く関連し、ファイブGで後れを取れば、次世代産業全般で世界の市場で中国のリードを許すことになりかねません。それで、ファーウェイ製品の締め出しをねらっているという見方もあります。このように今回の一件は先行するアメリカと、追い上げる中国の間の、互いに譲らぬハイテク覇権争いの様相も呈しています。

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津屋さん、各国がファーウェイを政府調達から除外することで、中国による脅威は取り除かれるのでしょうか?

(津屋)
スパイ活動の余地は狭められるでしょうが、懸念が完全に取り除かれるわけではありません。ファーウェイなどの製品は、低価格を武器にすでに一般企業や個人に広く普及しているからです。一つ一つは、安全保障に無関係に見えても、例えばそれが防衛に携わる人の個人情報であれば、それが積み重なることで安全保障上の問題になることもありえます。日本では原則、機器の選択やサイバー対策は事業者に任されています。今後はまず、重要インフラに関わる企業の通信機器の防御を強化することが求められるでしょう。
サイバーの世界では、攻撃を完全に防ぐことは事実上不可能です。大切なことは、事態に即座に対応して被害を最小限に抑えることです。そのためには、どのような障害が起きているのかを企業から迅速に通報してもらい、政府機関が司令塔となって社会全体としての対策をとることが不可欠です。
サイバー空間への依存の高まりとともに社会は攻撃に対して脆弱になっていく。そのことを認識して対策を強化することが重要です。

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(神子田)
私は今回の問題が、貿易摩擦と絡んで米中関係を一段と悪化させることを心配しています。トランプ大統領はツイッターで今回の事件にふれ、「重要な貿易交渉のために必要であれば介入する」と述べて、今回の事件を、貿易交渉を有利に運ぶための取引の材料にしたい考えをのぞかせました。その一方で、中国国内ではアメリカに対する反発が強まり、一部の企業がアップル製品を購入した社員に罰金を科すことを決めるなど、感情的な対立が深まっています。米中間では現在貿易摩擦の解消に向けた協議が行われていますが、ここに安全保障の問題がからむと、交渉はさらに複雑化し、世界経済の混乱を一段と深める恐れがあります。経済の問題は安全保障とは切り離し、冷静に進めていってほしいと思います。

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安全保障の領域にまで広がった米中の対立は、日本にとっても決して対岸の火事ではありません。アメリカの同盟国であり中国とも関係改善が進むなかで、問題の解決に向けてアメリカとどう協調し、中国にどう働きかけていくのか、難しい課題がつきつけられています。

(津屋 尚 解説委員 / 神子田 章博 解説委員)

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