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「職場のハラスメントをなくすために」(時論公論)

飯野 奈津子  解説委員

皆さんがはたらく職場では、いじめや嫌がらせといったハラスメントは起きていないでしょうか。ハラスメントは人の尊厳を傷つけるもので、被害を受けた人の中には、心の病を患い、自殺に追い込まれるケースも出ています。そうした職場のハラスメントを防ごうと、国の審議会が新たな対策をまとめました。

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<解説のポイント>
解説のポイントです。
●職場に広がるハラスメントの現状を見た上で
●今回示された新たな対策とその評価
●海外の動きも参考にしながら、ハラスメントをなくすには何が必要か考えていきます。

<ハラスメント対策の現状>
英語で嫌がらせる困らせるといった意味のハラスメントは、日本ではその内容や当事者の関係などによって、いろいろな用語が使われています。

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性的な言動によるセクシャルハラスメントや妊娠、出産を理由にしたマタニティーハラスメント、上下関係などを背景にしたパワーハラスメントなどです。このうちセクハラとマタハラは、法律で企業に防止の取り組みを義務づけ、行政が紛争解決を援助する制度などを設けています。それでも被害は後を絶たないのですが、パワハラに至っては、法的な規制さえない状態で、被害がひろがっています。
国の調査では、過去3年間にパワハラの被害を受けたと感じた人は3人に1人の割合にのぼっていて、その4年前の調査に比べて7.2ポイント高くなっています。働く人たちの受け止めが敏感になってきたこともあるかもしれませんが、実際、ひどいいじめや嫌がらせが原因でうつ病などを患い、精神障害の労災認定を受ける人も増えています。昨年度認定を受けた人のうち12人が自殺に追い込まれていました。

<新たなハラスメント対策>
こうした深刻なハラスメントを防ごうと、国の審議会が先週、今後の法整備について報告書をまとめました。その主なポイントです。  

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まず、パワハラも、セクハラなどと同じように、法律で企業に防止の取り組みを義務付け、行政が紛争解決を援助する制度などを導入します。ただパワハラを巡っては、業務上の指導との線引き難しいという声があることから、定義を定めました。「優越的な関係にもとづく、業務上必要な範囲を超えた言動により、身体・精神的苦痛を与えること」。これから策定する指針の中で、具体例を示すことにしています。
その上で、法律に、ハラスメントは、相手の尊厳や人格を傷つける、人権に関わる許されない行為であることを明記して、国は周知や啓発、企業や働く人たちは、言動に注意するよう努めることを責務とするとしています。 この報告書を受けて、国は来年の通常国会に法律の改正案が提出することになります。
                     
<評価>
では、この対策をどうみればいいのでしょうか。
深刻なパワハラに対して法規制に踏み切ったことは一歩前進ですし、ハラスメントを、人権に関わる許されない行為と明記することも、社会の認識を高めるきっかけになるように思います。ただ、こうした対応で十分かというと、とてもそうは思えません。すでに法律で企業に防止措置を義務付けているセクハラを巡る現状をみると、課題がみえてきます。

<セクハラを巡る現状>  

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企業のセクハラ防止策は、2006年の男女雇用機会均等法の改正で強化されました。防止措置を義務付け、行政が紛争解決を援助する制度などを設けました。それから10年以上たちますが、企業の取り組みは徹底されていませんし、行政による被害者の救済も十分とはいえません。                                           
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企業のセクハラ防止対策の去年の状況をみると、3分の1以上の企業が何も取り組んでおらず、取り組んでいると答えた企業でも、求められている対策の一部しか行っていません。たとえば、相談窓口を設置している企業は39%、管理職への研修は18%、窓口担当者への研修は8.9%など。本来ならすべて100%になるはずです。取り組みが不十分な企業へは行政指導が行われることになっていますが、行政の体制に限界があって、指導が行き届いていないのです。行政指導や勧告に従わない場合、企業名を公表する制裁措置もありますが、これまでセクハラで公表されたことはありません。

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行政による紛争解決の援助などの被害者救済も十分とはいえません。昨年度、全国の労働局に寄せられたセクハラの相談は6800件余り。このうち紛争援助の申し立てがあったのは101件、弁護士など専門家による調停は34件とごくわずかです。専門家が指摘するのは、この制度の限界です。行政には、個別のセクハラを認定する法的な権限がないので、双方の言い分をもとに譲り合いを前提にした解決策しか示すことができないからです。受けた行為をセクハラと認め、謝罪してほしいという被害者の思いには応えきれていないというのです。

<ハラスメントをなくすには>
今回、国の審議会は、セクハラと同じようにパワハラも法律で規制するとしましたが、いくら規制を強化しても、実効性が伴わなければ、意味がありません。では、どうすれば実効性を高めて、ハラスメントをなくすことができるのでしょうか。 

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●何より重要なのは、企業の意識改革です。職場のいじめや嫌がらせを個人の問題ではなく、企業の経営問題として認識・対応すること。社員が仕事への意欲をなくし、健康を損ねる状況では経営にも影響が出かねません。企業のトップがハラスメントを排除する毅然とした姿勢で取り組むことが、活力のある職場づくりにつながります。
●行政指導を徹底することも必要です。企業の取り組みをしっかり調査して不十分なら指導・勧告し、従わなければ企業名を公表する、職員が足りないというのなら、人を増やしてでも徹底するのが国の責任です。
●ただ、中小企業の中には、どう取り組んでいいかわからないというところもあります。国が研修を実施するなど、きめ細かな支援が欠かせません。                
その上で、今回の法規制に留めず、ハラスメントの根絶と被害者の救済につなげる更なる規制の在り方を考える必要があると思います。海外に目を向けると、多くの国が日本の先をいっていて、新たな国際基準をめざす動きも出ています。
日本も加盟する国際労働機関ILOは今年6月の総会で、職場でのあらゆるハラスメントと暴力を禁止する条約を制定する方針を決めました。来年の制定を目指していて、実現すれば、国際社会が共有する初めての基準ができることになります。 

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ポイントは3つ、ハラスメントを包括的に定義し、加害者、被害者の対象に店の客など第三者も含め、ハラスメント行為そのものを禁止する法規制を求めていることです。これですと、あらゆるハラスメントを規制できますし、行為そのものを禁止することで被害者の救済にもつなげやすくなると専門家は指摘します。今回法律に明記するとされた「ハラスメントは許されない」ではなく、やってはいけないと禁止することで、行政がハラスメントかどうか判断して被害者を救済したり、被害者自身が裁判を起こしやすくなったりするといます。実は今回の審議会でも労働者側がこれと同じ法規制を求めましたが、他の法律との整理が不十分などとして見送られました。世界の動きに日本はどう対応するのか。今回の法規制に留めていては、国際社会からハラスメント対策後進国のレッテルを貼られてしまうかもしれません。

<まとめ>
ハラスメント対策というと、これをやってはいけない、こんな言葉をかけてはいけないと考えてしまいがちですが、そうした表面的な対応には限界があるように感じます。ハラスメントは相手の尊厳や人格を傷つける行為です。何より大切なのは、人として対等であるという意識を持ち続けて、相手を尊重すること。職場だけでなく、日常のあらゆる場面で、私たち一人一人の姿勢が問われているのだと思います。

(飯野 奈津子 解説委員)

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