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「ゴーンショック~広がる余波」(時論公論)

神子田 章博  解説委員
清永 聡  解説委員

日産のゴーン前会長が起訴、再逮捕されました。国際的にも名を知られた経営者の逮捕は、内外から注目を集め、司法制度や日産ルノーの提携の在り方まで、様々な波紋をひろげています。経済担当の神子田解説委員と司法担当の清永解説委員で考えます。

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(清永)
日産自動車のカルロス・ゴーン前会長と、グレッグ・ケリー前代表取締役は、昨年度までの3年間の報酬が、実際には71億円余りだったのに、有価証券報告書にはおよそ29億円と記載し、42億円余りを少なく記載していた疑いがもたれています。
2人はさらにこれより前の5年間に48億円少なく記載していたとして起訴されました。特捜部は、報告書に記載していない報酬は8年間で91億円あまりにのぼるとみています。関係者によりますと、退任後の報酬だったということです。
加えて、法人としての日産も起訴されました。

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(神子田)
ゴーン前会長の報酬をめぐっては、不記載の問題以前に、その報酬の決め方そのものに問題があったという指摘が出ています。
関係者によりますと、日産の取締役の報酬はゴーン前会長が一人で決めていたということです。

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グローバル企業を標榜する大企業のトップが自分の報酬を旧態依然としたお手盛りで決めていたのかと、驚いた人も多かったと思います。
実は、上場会社の経営陣の報酬をめぐっては東京証券取引所が指針を定めていて、来月から外部の取締役らが主導する任意の報酬委員会をつくる、もしそれを作らないのであればその理由を開示するよう求めていました。この報酬委員会のポイントは、社外の取締役が過半数となるなどのメンバー構成にして、独立性と客観性を確保し、報酬の決定に適切な関与や助言を行うことです。

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これに関連して日産は、これまでに東証へ提出した報告書の中で、「現行の仕組みで有効に機能している」などとして、報酬委員会を置かない方針を示していました。それが現実には今回のような事態を招いたわけです。ゴーン前会長はもちろん、不十分なチェック体制を放置していた西川社長以下、会社としての責任も厳しく問う必要があると思います。

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(清永)
ゴーン前会長とケリー前代表取締役は、いずれも容疑を否認しています。ここで最大の争点になるのが、退任後の報酬を記載する必要があったのかどうかという点です。
将来支払われる退職後の報酬でも、その見込みの金額が明らかになった時点で報告書に記載する必要があるとされています。ポイントは退任後の報酬が記載の必要な「確定」したものだったかどうかです。
特捜部は退任後に受け取るとした文書を会社側と取り交わしていたことや、ゴーン前会長に役員報酬を決める権限があったことなどを重視し、退任後の報酬も「確定」していたとみています。
これに対して、ゴーン前会長は「退任後の報酬は正式には決まっていなかった」しているほか、「合法的に進めてくれと頼んで決めたことだ」などと否定していて、退任後の報酬は確定したものではなかったとしています。
今後の裁判でも、ここが焦点になるとみられます。

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(神子田)
私は、法律上の罪に問われる問われないとは別に、報酬を後払いにする仕組みにしていたのであれば、そのことをきちんと開示すべきだったのではないかと思います。企業が、経営者の報酬についてどう考えているかは、投資家にとって欠かせない情報だと考えるからです。
例えば経営者の手腕で巨額の利益をあげ、従業員に賃金をひきあげて還元し、投資家にも株価上昇や配当の増加などをもたらしていれば、高い報酬をもらっても功績にみあうという考え方もあるでしょう。日産の場合は、起訴された期間、利益は拡大を続けていましたが、もしある企業の業績が落ちていた場合に、それまでと変わらぬ報酬をもらい続けていたとしたらどうでしょうか。それが公になれば、従業員も投資家も、おかしいと思うはずです。報酬の開示は、そうしたチェック機能につながっていく問題だと思います。

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さらに今回の問題をめぐっては、ゴーン前会長が日産とルノーのトップを兼任していたことも不正につながったとみられていますが、それ以外の問題も指摘されています。
日産とルノーはともに上場企業として様々な株主を抱える中、ルノーは日産の株式の43%を保有する大株主となっており、その意向が日産の経営に反映されやすい状況となっています。これに加えて、ルノーのトップが日産のトップを兼ねていることで、日産側の利益やひいてはルノー以外の日産の株主の利益が守られにくい構図となっているのです。その一方で、日産は販売台数でも売上高でもルノーを大きく上回り、ルノーの利益の半分は日産からの配当です。このため、日産側からは、資本関係から人事など、ルノーとの関係を修正したいという意向が強まっています。

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一方、ルノーの筆頭株主であるフランス政府は、現状を維持したい考えです。
ゴーン前会長は先月フランスのルノーの工場にマクロン大統領を招いて、日産の車をフランスで生産すると発表しました。高い失業率に苦しむフランス政府は日産とルノーの連合が生み出す雇用に強い期待を抱いています。そのフランスではおりしもマクロン政権の支持率が急落していて、この上日産とルノーの関係にひびが入ればさらなる痛手となります。そこでマクロン大統領は、今月初めに行われたG20サミットの場で立ち話でもいいからと安倍総理大臣との会談を申し込み、両社の関係の維持を求めたものとみられています。

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日産では、17日に臨時取締役会を開いてゴーン前会長の後継を決めることにしていますが、ルノー側はフランス政府の強い意向をもとにルノーの人材をゴーン前会長に匹敵する幹部に据えるよう求めていて、日産の思惑通り事が運ぶかは予断を許さない情勢です。
ところで、今後の事件に海外からの注目が集まる中で、日本の司法制度への批判の声も上がっていますね

(清永)
海外からの批判は、「身柄を拘束する勾留が長期間に及ぶ」とされることや、今回、家族との面会が認められていないこと。それに取り調べの時に弁護士などの立ち合いができないことなどです。
こうした背景には、日本と欧米の刑事手続きの違いがあるとみられます。ただ、制度上の問題だけでなく運用上の問題もあり、検察庁よりも裁判所に大きな課題があると思います。勾留や保釈、それに接見禁止も決定を出すのは裁判所です。証拠隠滅の恐れがあるかどうかなどが判断の基準ですが、慎重に審査するべき「令状主義」が形骸化しているのではないかという点は、これまでも繰り返し指摘されてきました。
今回の再逮捕で、ゴーン前会長らはさらに20日間勾留される見通しとなりました。
日本では、一般に否認していると起訴された後もなかなか保釈が認められない傾向があります。否認し続ければ長期間拘束が解かれないという傾向が「人質司法」と呼ばれていることを裁判所はもっと自覚すべきです。今回がゴーン前会長だから、というのではなく、裁判所は誰であっても平等に人権に配慮し、勾留を続けることが妥当かどうかを厳密に判断してほしいと思います。
また、取り調べの時の弁護士の立ち合いなど制度については、今後検討に向けた議論することも必要ではないでしょうか。
一部の検察幹部からは「ほかの国と制度が違うからと言って簡単に批判するというのはいかがなものかと思う」という反応もありました。

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再来年には国連の犯罪防止刑事司法会議、コングレスが京都で開かれ、世界140か国から閣僚級を含む法務・検察幹部など実に4000人以上が来日します。これは5年に一度開催される犯罪防止・刑事司法分野における国連最大の国際会議です。日本での開催は50年ぶりだということです。
今回の事件とこの会議にもちろん関係はありません。ただ、国の枠を超えた刑事司法の取り組みを話し合う各国の幹部が、もし「他国の制度を批判するな」という言葉を聞かされたとすれば、どう受け止めるでしょうか。
今回の事件は、日本の刑事司法が世界の目にさらされる機会となりました。裁判所と検察庁は、そのことを自覚し、批判も冷静に謙虚に受け止めるべきだと思います。

(神子田)
ゴーン前会長は、新聞に連載された回顧録で「日本に来た時には懐疑的にみられていた自分が信頼を得たのは従業員との対話を欠かさなかったからだ」と書いています。自らの報酬ついて適切だと考えていたのなら、なぜ公にしてその正当性を説明しようとしなかったのか。その姿勢は、投資家だけでなく、ゴーン前会長を信頼してついてきた従業員たちの気持ちをも裏切ることになったのではないでしょうか。

(神子田 章博 解説委員 / 清永 聡 解説委員)

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