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「米中貿易摩擦が一時『休戦』~残る対立の火種」(時論公論)

神子田 章博  解説委員

激しさを増していた米中貿易摩擦が「水入り」となりました。1日に行われた首脳会談の結果、対立が一段とエスカレートする事態はいったん避けられる見通しとなりましたが、両国の対立の火種は残されたままです。
今回の合意の背景をみたうえで、今後の米中関係の行方を展望していきたいと思います。

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解説のポイントは3つです。

1)合意は一時休戦にすぎない
2)休戦を望んだ両国のお家の事情
3)対立の構図は長期化へ

1)合意は一時休戦にすぎない

今回の協議の最大の焦点は、アメリカが中国からの輸入品に対してかけている関税の引き上げを猶予するかどうかでした。

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トランプ政権は、中国からの輸入品あわせて2500億ドル分に関税を上乗せしていますが、このうち2000億ドル分については、現在10%上乗せしているのを来月1日から25%に拡大するとしていました。

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そして今回の協議の結果、
「中国がアメリカの農産物や工業製品などの買い入れを増やし、貿易不均衡を縮小すること」
「知的財産権の侵害やサイバー攻撃の問題などについての協議を始めること」で合意。
これを受けてトランプ政権は、来月からの関税引き上げを見送ることになりました。ただし、これらの問題について90日以内に合意できなければ、やはり関税を引き上げるとしており、今回の合意は一時休戦をしたにすぎません。

2)休戦を望んだ両国のお家の事情

次に今回の合意にいたった背景についてみていきます。そこには、米中ともに貿易摩擦によって自国の経済が傷つき始めているという事情がありました。

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まず中国側です。NHKでは、今年10月から先月にかけて、広東省の広州で開かれた輸出見本市に出展した中国企業に関税引き上げの影響を聞き取り調査しました。この結果アメリカと取引のある100社のうち、アメリカからの注文が減少したと答えた企業が27社、利益が減少していると答えた企業が24社にのぼりました。さらに、一段の関税引き上げを前にした駆け込み需要が発生していることも明らかとなり、今後影響が出てくるだろうと答えた企業も30社にのぼっています。

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中国政府は、いま国有企業のリストラや、無駄な投資を抑えるための金融引き締めなど景気にマイナスの影響を与える構造改革を進めているさ中で、これに加えて貿易摩擦が一段とエスカレートすれば、中国経済が一気に冷え込んでしまいかねません。このため、なんとか摩擦を和らげたい思惑がありました。

一方、貿易摩擦の影響はアメリカ国内にも広がっています。

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アメリカへ輸入される製品や原料に高額の関税をかけたことで、製造業を中心にコストが上昇。物価もあがり始め、企業経営や個人消費へのマイナスの影響が懸念されています。農家からは中国の対抗措置で関税が引き上げられたことで、大豆の輸出が減ったという声も聴かれます。
さらに先週、アメリカ最大手の自動車メーカーGM=ゼネラルモーターズが中西部などにある5つの工場を閉鎖すると発表したことも、中国との貿易摩擦との関係を指摘されています。米中関係が悪化する中で、収益の柱の一つとなっている中国での新車販売が減少していることや、貿易摩擦が一段と悪化する今後の影響も見越して、余力のあるうちにリストラに踏み切ったのではないかとみられているのです。1万4000人が解雇される見通しだという今回の経営判断。トランプ大統領にとっては、製造業の雇用を守るために保護主義的な措置をとってきたとしてきただけに、相当な衝撃だったようです。

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このように貿易摩擦がアメリカ経済にも影を落とし始めるなか、トランプ政権としても、ここでいったん矛を収めたほうが得策だという判断があったのではないかとみられます。

3)対立の構図は長期化へ

では米中の対立がこれで収束に向かうかというと決して簡単ではありません。ここからはその理由について考えていきます。
この半年、アメリカによる中国批判は貿易の問題から、中国の産業政策、そして安全保障の分野にまで広がっていきました。

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 今年5月、ライトハイザー通商代表は、中国がAI/人工知能やロボットなどのハイテク産業を育成する「中国製造2025」と呼ばれる政策について、「市場をゆがめる政府の補助金に支えられている」などとして撤回を求めました。さらに最近では、中国がアジアやアフリカにかけて新たな経済圏を築こうという「一帯一路」構想にも批判の矛先が向けられています。ペンス副大統領は、中国が発展途上国に巨額の融資を行ってその資金でインフラを整備し、相手が借金の返済に窮するとインフラの権益を引き渡すように求めたことをあげ、「アメリカはパートナーとなる国を借金の海におぼれさせたりはしない」と述べて厳しく批判したのです。その背景には、一帯一路構想を通じた中国の勢力圏の拡大がアメリカの安全保障上の脅威になるという危機感があります。

私は、米中の対立がここまで深刻化したきっかけは、去年の中国共産党大会での習近平国家主席の政治報告にあったと思います。

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この中で習主席は、「2035年までに経済力と科学技術力で世界の上位にのぼりつめ、今世紀半ばまでに世界一流の軍隊を築く」と述べ、アメリカと覇権を争う姿勢をのぞかせました。その一方で、政治体制については「外国の政治制度を機械的に模倣すべきではない」と述べ、自由を重んじる西側の民主主義と一線を画す姿勢を鮮明にしました。

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これに対するアメリカの考え方は、今年10月のペンス副大統領の演説に示されています。「歴代の政権は、中国での自由が経済だけでなく政治的にも拡大することを期待して、アメリカ経済への自由なアクセスやWTO世界貿易機関への加盟を認めてきたが、その希望は達成されなかった」として、失望感をあらわにしたのです。「政治や経済の価値観がまったく異なる国が、国際ルールに違反する形で経済を発展させ、アメリカから盗んだ最新技術で軍事力を強大化し、自分たちに追いつこうとしているのではないか」こうした疑念は与党共和党だけでなく、「保護主義色がより強い」野党民主党、それに産業界にもひろがっています。
トランプ政権は先月にも、安全保障上のリスクを理由に、日本などの同盟国に対して中国の大手IT企業の通信機器を使わないよう求めたと伝えられています。

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一方の中国側は、国家主導のもとに、経済力を強めていく独自の経済発展モデルに自信を持ち始めています。加えて習主席が、国内では一強体制といわれるまでに権力をほこる中で、対外的に大幅な譲歩をするのは難しいとみられます。
いまや米中関係は、かつてアメリカと旧ソビエトとの対立になぞらえて「新・冷戦」と指摘する声も出ています。両国の経済が密接に結びつくなか正面から軍事衝突をすることはないとしても、こと経済面においては様々な摩擦が繰り返される展開が長期にわたって続いてゆきそうです。

しかし超大国アメリカと世界第二の経済大国となった中国が角をつきあわせてばかりいては、世界経済全体にとっても大きなマイナスとなります。日本をはじめ各国は、米中両国の対立がエスカレートしないように直接自制を求めたり、多国間の国際会議の場を利用して両国間の意思疎通の手助けをしたりすることで、米中間の対立が決定的なものとならないよう働きかけていくことが求められていると思います。とりわけアメリカの同盟国でもあり、中国との関係も急速に改善させている日本は、両国の間の橋わたし役として一段と重い役割が期待されているのではないでしょうか。

(神子田 章博 解説委員)


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