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「パーキンソン病の臨床研究 iPS細胞の可能性と課題」(時論公論)

中村 幸司  解説委員

京都大学は、パーキンソン病の患者にiPS細胞から作った細胞を患者に移植する臨床研究を行ったと2018年11月に発表しました。iPS細胞をめぐっては、重い心臓病や脊髄損傷などについても、臨床研究に向けた準備が進められています。iPS細胞の研究は、基礎的な段階から、これまで治すことが難しかった病気の新たな治療法として、患者に応用する段階へと移ってきています。
パーキンソン病の臨床研究をみながら、iPS細胞の可能性と今後の課題について考えます。
 
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解説のポイントです。
 
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▽今回行われたパーキンソン病の臨床研究は、どのようなものなのか、
▽iPS細胞の特性がどのように臨床に生かされようとしているのか、
▽今後、再生医療を進める上での課題
についてみていきます。

まず、今回の臨床研究です。

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iPS細胞は、ヒトの皮膚や血液などの細胞から作ります。体のあらゆる役割の細胞に変化できるという、いわば「万能性」を持っています。
今回はiPS細胞から神経細胞をつくり、パーキンソン病の患者に使います。

パーキンソン病は、どのような病気なのでしょうか。

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健康なヒトの場合、体を動かそうとする指令は、脳の中で神経細胞からドーパミンという物質が放出されて伝えられます。その指令は脳から脊髄などを経由して、筋肉に伝わります。

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しかし、パーキンソン病の患者はドーパミンを放出できる神経細胞が減ってしまいます。ドーパミンが減るため、筋肉をうまく動かせなくなり、手足がふるえたり、筋肉がこわばったりする症状があらわれます。

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そこで、iPS細胞から作った神経細胞を脳のやや奥にあるドーパミンが働いている部分に送り込みます。するとドーパミンを作る細胞が増え、脳からの指令が筋肉へと伝わるようになり、症状が回復すると考えられています。
こうした効果は動物実験などで確認され、大学の第三者委員会や国の審査を経て、臨床研究にこぎつけました。
今回は、50代のパーキンソン病の男性に行われました。京都大学では今回を含め、50代から60代の合計7人の患者に実施して、それぞれ2年間かけて、安全性や有効性を確認する計画にしています。

iPS細胞を使った治療は、他の治療方法と何が違うのでしょうか。
これまでの治療方法のひとつに「薬による治療」があります。

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薬は、残った神経細胞に大量のドーパミンを放出させるように作用します。ただ、これは残った細胞にいわば「無理」をさせています。一時的に効果があっても、病状の進行とともに薬が効かなくなるなど、長期的な効果に課題があります。

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これに対して、iPS細胞による治療はドーパミンを作る神経細胞を増やして、元に近い状態に戻すというものです。「元に戻す」というのが、再生医療ならではの治療で、病気を根本的に治す可能性があるわけです。

もうひとつ。実はパーキンソン病の患者にヒトの神経細胞を使う治療は、海外では行われています。

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神経細胞をiPS細胞から作るのではなく、妊娠中絶された胎児の神経細胞を脳に送り込むという方法です。この方法が、1980年代末以降、アメリカなどで数百例行われているといいます。しかし、中絶された胎児の細胞を使うことについて「倫理的問題もあり、医療として認められない」と考える人は少なくないと思います。
再生医療では、胎児の細胞のように再生能力が高い細胞や受精卵を使うことがありますが、「人の尊厳をどう考えるのか」といった観点で、その是非がたびたび議論になってきました。

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一方、iPS細胞は、もとが血液などの細胞であるため、こうした倫理的な指摘はあたらず、臨床応用しやすいという特徴があります。

では、そうした特徴を持ったiPS細胞による再生医療の臨床応用は、どこまで行われているのでしょうか。

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2014年、目の網膜の病気「加齢黄斑変性」の患者に行われました。有効性や安全性の評価が進められています。パーキンソン病は、それに続くものです。
このほか、心臓の一部の筋肉に血液が行き渡らなくなる「虚血性心筋症」という病気については、大阪大学による臨床研究が国から承認されています。準備が整い次第、実施される見通しです。また「脊髄損傷」については、慶応大学の学内の委員会によって、2018年11月に大筋で承認され、今後、国の審査に入ります。ほかにも、血小板が減少する病気や糖尿病などの患者への臨床応用が計画されています。
iPS細胞による再生医療には、これまで治療が難しかった、あるいは治療できなかった病気の根本的な治療が行える可能性があります。

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最初に臨床研究が行われた加齢黄斑変性の場合は、手術で送り込んだ網膜の状態を目の水晶体を通して外から直接観察でき、細胞に異常が見つかれば、後から取り除くことができます。手術後、検査や対処がしやすいという側面がありました。
これに対して、パーキンソン病は、脳に細胞を送り込んでいるだけに腫瘍ができるなどの異常が起きた場合の対処は、より難しくなります。
その意味で、iPS細胞による再生医療は様々な病気への応用という新たな段階に入ったと言うことができると思います。

では、iPS細胞による臨床応用が進む中で何が課題としてあるのでしょうか。

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ひとつは、送り込んだ細胞が、がん細胞に変化する「がん化」を抑えることです。iPS細胞から神経細胞を作る際に、一部、神経細胞に十分変化していない細胞が混ざっていることがあります。こうした細胞はがん細胞に変化する危険性があります。
このため京都大学では、作成した細胞の中から必要な神経細胞だけを選別し、がんになる恐れのある細胞を排除する技術を開発しています。この技術は動物実験などを通して有効性を確認しているということですが、臨床研究では、がんにならないようにする対策が確実に行われていることを確認することが求められます。
もうひとつの課題は費用です。京都大学では、将来的には保険適用を目指すとしています。
今回の臨床研究にも多額に費用がかかっているとみられ、国内におよそ15万人いるとされるパーキンソン病の患者の多くが治療を受けられるようになるには、医療費が一部負担ですむ保険適用が必要です。それだけではなく、iPS細胞から神経細胞を大量に作る技術の研究が進められています。こうした積み重ねで、費用を抑えることが求められます。
がんにならないようにすることや費用抑制は、パーキンソン病に限らず、iPS細胞による再生医療に共通した課題です。
今回のパーキンソン病の臨床研究では、患者に効果があるかどうかはもちろんですが、安全性の高い細胞の作成、保険適用や大量生産で費用を抑えるという一連の流れを実現し、治療を必要とする多くの患者に再生医療を届けるようにできるかという点も、あわせて注目されています。

iPS細胞が、初めて作られてから10年余りがたちます。日本でiPS細胞による再生医療をさらに加速させ、多くの病気、それも治療が難しい病気の新たな治療方法を確立するという、iPS細胞の誕生当初から期待された成果につなげられるか、そのことが問われてくることになります。

(中村 幸司 解説委員)

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