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「中間選挙後のアメリカ経済と日米通商摩擦の行方」(時論公論)

神子田 章博  解説委員

先週行われたアメリカの中間選挙では、上院でトランプ大統領の与党共和党が多数派となる一方、下院は民主党が多数派となる「ねじれ」の状態となりました。この選挙結果が、トランプ政権の経済政策、そして日本との貿易交渉の行方にどのような影響をもたらすかについて考えていきたいと思います。

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解説のポイントは三つです
1)    トランプ政権の経済政策に制約
2)    激化するか 日米通商摩擦
3)    日本は貿易交渉にどうのぞむ
です。まずトランプ政権の経済政策です。

トランプ氏は大統領に就任して以降、上下両院とも与党共和党が多数派をしめた議会の後押しも受けて、大規模な減税や、規制緩和など、次々に選挙公約を実行してきました。そうした経済政策の効果もあって、今年7月から9月のアメリカの経済成長率が3.5%に達するなど順調に拡大を続けています。

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ところが最近は、「中国からの輸入品に高い関税をかけ、中国側も同様の措置で対抗する」貿易摩擦がアメリカ経済にも影を落としています。
アメリカの中央銀行にあたるFRBは先月、中国との貿易摩擦の影響で全米各地でコストが増している実態を報告書にまとめました。具体的にみてみます。

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中西部の建設業者が、建築に使う鉄や木材などの仕入れ価格が上昇し経営を圧迫していると訴えたほか、多くの製造業者からは、「原材料のコスト増を製品価格に一部転嫁した」という声も聴かれました。また南部の小売業者からは「関税引き上げが日用品の価格の上昇を招いている」という声が聞かれたほか、東海岸の部品メーカーからは「今後6カ月のうちに需要の低下が見込まれる」という見通しが示されました。一方、中国がアメリカへの対抗措置として、アメリカの農産物に対する関税をひき上げた影響で、中西部の農家からは中国への大豆の輸出が急減したという報告も紹介されました。
このようにアメリカ経済の先行きに懸念材料が出始める中、トランプ大統領は、巨額のインフラ投資や中間所得層向けの減税を通じて、景気を支えようとしています。しかし下院で野党民主党が多数派となったことで、予算や法律改正など、議会の承認が必要な政策は、時には妥協して民主党とおりあいをつけなければならないという、これまではなかった制約が加わります。このようにトランプ政権が内政で得点を稼ぎにくくなった分、外交面では、アメリカの利益だけを考える「アメリカファースト」の姿勢をこれまで以上に強めてくることも予想されます。

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そこで、ここからは、日本とアメリカの通商摩擦の行方について考えていきたいと思います。
日本はアメリカにとって、中国メキシコに次ぐ三番目の大きさの貿易赤字国となっています。トランプ大統領は、中間選挙直後の記者会見でも、「日本はアメリカと公正な貿易をしていない」と述べ、日本に対する厳しい姿勢を改めて示しました。貿易赤字こそ国内の労働者を奪う元凶だとして、二年後の大統領選挙に向け、赤字の削減を自らの功績として訴えようとしているのです。

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こうしたアメリカの圧力を背景に、来年1月以降、日米物品貿易協定の締結に向けた交渉が始まることになっています。この交渉をめぐっては、三つの懸念材料を指摘しておきたいと思います。

一つ目は農産物の関税引き下げ交渉です。日本政府は、TPP=環太平洋パートナーシップ協定に盛り込まれた引き下げ幅を超える関税の引き下げはないとしています。
しかしトランプ大統領はTPPを離脱する際に、二国間の交渉のほうがアメリカに有利な取引ができると話していました。さらにパーデュー農務長官も、新たに始まる交渉でTPPを超える関税引き下げをめざす方針を示したと伝えられています。アメリカが、実際にどこまで関税の引き下げを求めてくるのか、身構えておく必要があるでしょう。

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次に自動車分野です。
トランプ政権は、この夏、各国からの輸入車にかける関税を20%に引き上げることを検討すると表明しました。さらに、その後まとまったNAFTA=北米自由貿易協定の見直し合意では、カナダやメキシコからアメリカへの自動車の輸入が一定の台数を超えた場合に、最大で25%の関税をかけるという「事実上輸入を制限する項目」が盛り込まれました。この合意をめぐっては、自由競争を原則とする国際ルールに違反するという指摘がでており、日本としても認められるものではありません。しかしトランプ大統領は、「自動車の関税引き上げを打ち出したからこそ、こうした合意ができた」と、自らの交渉戦術を誇ってみせました。9月の日米首脳会談後の共同声明では、「日米の交渉の結果が、アメリカの自動車産業の製造と雇用の増加をめざすものであることとする」アメリカの立場を、日本が尊重するという文言が盛り込まれました。トランプ政権は、日本と貿易交渉を行っている間は、自動車への関税上乗せは行わないとしていますが、逆に「関税引き上げカード」をちらつかせることで、日本メーカーによる現地生産の拡大などをせまってくる可能性もあります。

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三つ目に、貿易協定に為替政策のルールを盛り込もうというアメリカの要求に対しても、警戒が必要です。
アメリカは、NAFTAの見直し合意で、「輸出促進のための通貨の切り下げ競争はしないこと」など為替政策に関する項目を盛り込みました。さらにムニューシン財務長官は、こうした合意を日本との貿易協定にも盛り込みたい考えを示しています。これに対し日本は、輸出促進のための通貨の切り下げは行わないとしているものの、急激な円高をふせぐための市場介入に関しては、できるだけフリーハンドをもっておきたい立場です。さらにトランプ大統領はかつて、日銀の金融政策が円安をもたらしているという趣旨の発言をしたこともあり、今後、為替政策とからめて金融政策にも注文をつけてくるおそれもあります。このため日本としては、貿易協議と為替政策を切り離したい考えですが、アメリカの要求をはねつけることができるかは不透明です。

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このように多くの懸念材料を抱える日米交渉。日本はどう対応していったらよいでしょうか。私は、保護主義的な政策が、アメリカ経済にとっても決して得にならないことを改めて訴えていくべきだと思います。
トランプ大統領は、2年前の大統領選挙で、ラストベルトと呼ばれる製造業の労働者が多い州で軒並み勝利しました。さらに大統領就任後は、保護主義的な政策で、製造業の労働者を輸入品から守ることで、次の大統領選挙にむけて一段と強固な支持を固めようとしています。しかし例えば鉄鋼製品への関税引き上げのケースを見ると、確かに鉄鋼メーカーの労働者には歓迎されましたが、鉄鋼製品を原材料として調達する部品メーカーからは製造コストが増加したという批判の声があがっています。そして今回の上院選では、前回の大統領選挙で勝利したラストベルトの州のうち、オハイオ、ペンシルベニア、ミシガンなど5つの州で民主党に勝利を許し、必ずしもトランプ大統領が望んだ結果とはなっていません。
「保護主義は、自国の産業にメリットだけでなくデメリットももたらす」
中国との貿易摩擦の影響が実体経済に現れ始めた今、こうした主張は、従来にも増して、説得力をもつのではないでしょうか。

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来る日米貿易交渉では、国内で得点稼ぎができなくなった分、余裕のなくなったトランプ政権が、これまで以上に強硬に譲歩を求めてくる場面も予想されます。そうしたなかで、自由貿易の原則に反する相手の主張に冷静に、かつ毅然と反論し、WINWINの関係を築くための方策をともに考えていく。そうしたしたたかで、しなやかな交渉戦術が日本に求められています。

(神子田 章博 解説委員)


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