NHK 解説委員室

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「日中『戦略的接近』両国首脳の思惑は」(時論公論)

神子田 章博  解説委員
加藤 青延  解説委員
増田 剛 解説委員

(加藤)
こんばんは。時論公論です。中国を公式訪問している安倍総理大臣は、きょう、北京で、習近平国家主席、李克強首相と個別に首脳会談を行い、日中関係が「競争から協調へ」と、新たな段階に入ることを確認しました。互いに立場の違いは残しつつも、不信感を極力抑え、双方の利益となるよう「戦略的な接近」をはかったという形ですが、はたしてそれで大丈夫なのか。今夜は、今回の会談の持つ意味について、外交担当の増田委員と経済担当の神子田委員とともに考えてまいりたいと思います。まず、増田さんに、今回の首脳会談のポイントを解説してもらいます。
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(増田)
はい。今月は、日中平和友好条約発効から40年の節目の時期にあたります。
これにあわせて、安倍総理は、日本の総理大臣としては、7年ぶりに中国を公式訪問。習近平国家主席、李克強首相と個別に首脳会談を行いました。
一連の会談のポイントをみていきます。
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両国首脳は、日中関係が「競争から協調へ」と、新たな段階に移ること、両国は協力のパートナーであり、互いに脅威にならないという原則を確認しました。
経済面では、第三国の利益となる企業間協力の推進や、技術革新や知的財産に関する新たな対話の立ち上げで合意しました。
また、東シナ海を平和、協力、友好の海とするため前進していくことや、北朝鮮の非核化に向けて緊密に連携していくことでも一致しました。
さらに、安倍総理は、中国に対するODA・政府開発援助について「歴史的な使命を終えた」として、終了することを伝えました。
このうち、私が注目しているのは、両国首脳が、日中関係が新たな段階に入ることを確認し、それに伴い、日本が40年にわたって続けてきた対中ODAの幕を下ろしたことです。1979年から始まったODAは、中国の近代化を支えたと同時に、中国が戦時賠償を放棄したことの見返りとしての性格もありました。
日本がこの間に拠出した額は、3兆6500億円にのぼります。ただ、中国の経済成長が進み、日本を抜いて、世界第2位の経済大国になると、ODAを疑問視する声が高まり、ここ数年、政府は、終了のタイミングを見計らっていました。
こうした中で、今回、対中ODA終了をアピールするのは、この首脳会談を機に、日中関係が新たな次元に入ったことを演出する狙いがあります。つまり、援助の出し手と受け手の関係から対等なパートナーに切り替わり、新たな国家間関係を築いていく両国の決意表明といえるでしょう。
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(加藤)
今回の首脳会談の成果には、経済面の合意が多かったように思いますが、神子田さん、これをどう見たらよいのでしょうか。
(神子田)
やはり、中国がアメリカとの間で激しい貿易摩擦を抱えていることが大きいと思います。アメリカは、中国がアメリカ企業の知的財産権を侵害しているとして、中国からの輸入品に対して、関税を大幅に上乗せする一方的な制裁措置をとりました。これに対し中国政府が、同じような対抗措置をとると、トランプ大統領は、中国からアメリカへの輸入品のすべてに対して関税を上乗せする考えを示しました。中国政府は今、持続的な成長にむけた構造改革の真っ最中で、企業のリストラなど景気にマイナスの影響を及ぼす政策を進めています。こうした中で、頼みとなるアメリカ向けの輸出が減れば、経済に大きな打撃を受けることになります。

このため、隣国の経済大国で、資金力や最新技術をもつ日本との経済交流を深めることで、経済を支えていきたい思惑があるものとみられます。
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(神子田)
その本気度は、先月日本の経済界のトップらの訪問団が、中国の李克強首相と会談した際にも窺えました。この訪問団は、毎年この時期に、日本企業が中国でのビジネスをしやすいよう改善してもらいたい項目をまとめた要望書を中国の政府首脳に手渡しています。今回、この要望書を受け取った李首相は、「担当部門は努力をしていると思う」と述べました。去年まではそこで終わっていたところですが、今年はさらに、「私はなおも安心できない」と述べ、その場にいた省庁の責任者に「各部署に問題を解決するよう伝えよ」と命じてみせたのです。日本との経済関係の強化を図りたいという強いメッセージが読み取れた一幕でした。
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(加藤)
振り返ってみますと、中国が今回のように日本に急接近してくるのはどんな時だったか。これまでは大体、中国とどこか別の大国との関係が悪化したときが多かったように思います。たとえば、ちょうど40年前、日中が平和友好条約を結んだとき、中国は国境を接する当時のソビエトと険悪な関係になっていました。当時の日中友好は、中国にとってソビエトけん制の意味を持っていました。
また29年前の天安門事件で、中国がアメリカなど欧米諸国から強いバッシングを受けたときにも、中国は日本に接近することで、西側との関係改善の突破口に利用したようにも思えます。その意味では、今回の日本への接近も中国側からしてみれば、経済的な利害や動機もあるにせよ、国際政治戦略の面でも、日本との友好関係をショーアップすることで、トランプ政権に揺さぶりをかける意図もあるのかもしれません。とはいえ、中国から日本に接近してくる機会は、逆に日本にとってもチャンスだという見方もできます。
増田さん、日本側には、どのような思惑があったのでしょうか。
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(増田)
自民党総裁選挙で3選を果たし、残り3年の任期を手にした安倍総理。この3年は政治的遺産・レガシー作りとの戦いとなります。来年11月まで政権が続けば、安倍総理は、憲政史上最長の在任期間となります。逆に言えば、それにふさわしい実績が残せなければ、歴史の厳しい評価は避けられません。
このため、安倍総理としては、尖閣諸島の国有化を機に戦後最悪といわれるほど悪化した日中関係を改善し、新たな関係を構築したことを実績としたい。安倍総理が標榜する「戦後日本外交の総決算」にとって、日中関係の改善は、対ロシア、対北朝鮮外交とともに、欠かせないパーツなのです。また、北朝鮮の非核化や拉致問題で、中国の影響力に期待する考えもあります。そうした意味で、今回の首脳会談は、歴史認識や領土をめぐる問題での立場の違いを抱えたまま、外交や経済面の実利を重視し、互いの距離を縮めた「戦略的接近」と評価すべきです。
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(神子田)
そうした政治主導で友好関係が進むことを日本の経済界も歓迎し、ビジネスの拡大に結び付けたいと考えています。ただ、今回合意した第三国での協力をめぐっては、課題も残っています。元々、中国が巨大な経済圏作りをめざす「一帯一路」構想に対して、日本政府内には、新興国に不足しているインフラの整備につながると評価する声がある一方で、中国が、経済支援を通じて安全保障面での影響力を拡大しようと考えているのではという警戒感もあります。実際に、中国はスリランカ政府に対し、巨額の融資を行って、その資金で港湾施設を整備する支援事業を行いましたが、スリランカ政府が融資の返済に窮すると、債務の軽減を認めるかわりに港湾施設の運営権を引き渡すよう求めたりしています。
いうまでもなく、第三国での支援プロジェクトは、相手国本位で考えなければなりません。その国にとって本当に有益な事業なのか、相手が返せないような巨額の借金を負わせることはないか。日本がこれから行う共同事業は、「相手国本位の支援とは何か」中国にとっての良いお手本となるようなものにしてゆく必要があります。
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(加藤)
今回の首脳会談で、安倍総理大臣は習近平国家主席の日本訪問を招請しました。増田さん、これにはどのような狙いがあったのでしょうか?
(増田)
安倍総理は、日中関係改善の流れを確かなものにするためには、首脳の相互往来を定着させることが欠かせないと考えています。
このため、来年、大阪で開かれるG20サミットへの出席を要請する形で、来日を招請したわけです。
加えて、日本政府内には、習主席の訪日の際、日中関係のあるべき姿を約束するいわゆる「第5の政治文書」を策定すべきだという意見があります。第5の政治文書とは、1972年の日中共同声明、1978年の日中平和友好条約など過去の4つの政治文書に継ぐ文書ということです。
私は、新たな国際情勢に対応した「第5の政治文書」、策定を目指すべきだと考えますが、中国側は、どうでしょうか。
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(加藤)
中国側、習近平国家主席としても、来年日本を訪れるなら、新たな段階に入った日中関係の枠組みを決める「第5の文書」を日本側と結びたいと考えていると思います。実は、歴代の中国首脳、江沢民氏や胡錦涛氏は、いずれも日本を公式訪問したときに、日本側と日中関係の基本となる政治文書を作成したといういきさつがあります。もしそうした前例を踏襲できなければ、習近平主席としても、日本訪問の意味が薄れてしまうということなります。中国は、面子を重んじる国ですから、習主席が唱える新しい時代にふさわしい文書を、日本側と作りたいという気持ちが強いのではないかと思います。
神子田さん、今回の首脳会談で日中両国はより接近したように見えるのですが、日本としては、中国と対立するアメリカへの配慮も必要になりそうですね
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(神子田)
保護主義的な動きを強めるアメリカに対し、日本と中国は、あくまで自由貿易を守るべきだという立場で一致しています。しかし、中国は「国際ルールを守っている」と口では言っているものの、実際には、国有企業に事実上の補助金を与えるとか、国内に進出する外国企業に対し、最新技術を中国企業に移転するように強制するなど、自由貿易の精神に反する行為が目立つと指摘されています。さらに中国は2年前、南シナ海の領有権をめぐって、中国の主張を認めなかった仲裁裁判所の裁定を「紙くず同然だ」として認めなかったこともありました。元々、トランプ政権が中国に一方的な制裁措置をしかけたのも、中国が国際ルールを守らないことに強い苛立ちを感じていたことが背景にありました。
そして、つい最近も、中国をめぐって気になる動きがありました。
先ごろ合意されたNAFTA=北米自由貿易協定の見直し合意で、カナダやメキシコが、「市場経済でない国」と自由貿易協定を結ぶことを、事実上制限する項目が、アメリカの要望で盛り込まれたんです。この「市場経済でない国」について、ロス商務長官は中国だとした上で、こうした協定を、欧州各国や日本などとも結んで中国包囲網を作る考えを示しています。
このように、アメリカと中国の関係が新しい冷戦といわれるまでに悪化する中で、日中関係の改善が進むと、日本は、アメリカと中国という二つの大国の間で板挟みになりかねない状況です。
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(加藤)
日本としてはどうしていったらよいのでしょうか?
(神子田)
日本としては、中国と一緒になって、アメリカの保護主義に歯止めをかけたいところですが、中国自身が国際ルールを守っていなければ、説得力がありませんし、日本も中国の肩をもつわけにはいけません。このため、日本としては、中国が国際ルールに反する行為を行った場合には、きちんと指摘し、改善を促していくことが大事だと思います。実は、日本は、これまでもそうした働きかけを行ってきました。そして中国側も、日本の指摘を受けて、改善してきた部分もあります。例えば、つい最近も、行政手段を通じて外国企業に技術の移転を迫ることを厳しく禁じる」という、これまでになく踏み込んだ対応を打ち出しました。中国が、日本だけでなくアメリカとの関係改善を望むなら、こうした動きをさらに進めて、国際ルールを完全に守る国に変わっていく必要があります。
日本としては、今後も、中国にとって耳の痛いことも、きちんと言っていく。
そうした毅然とした姿勢が、息の長い友好関係につながっていくのではないでしょうか。
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(増田)
今、世界の秩序は、経済と軍事の両面で台頭する中国と、それをおさえようとするアメリカとの対立によって、曲がり角を迎えています。
日米同盟を基軸にアメリカとの緊密な関係を維持しながら、中国とも独自の関係を構築し、両者の対話を促して世界を安定に導いていく。日本外交に求められているのは、そのための戦略的で多角的な思考ではないでしょうか。
(加藤)
なるほど。ご覧いただきましたように、今夜は、今日行われました日中首脳会談について、増田委員、神子田委員とともにお伝えしてまいりました。それでは、これで失礼します。
(神子田 章博 解説委員)
(加藤 青延 解説委員)
(増田 剛 解説委員)

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