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「サウジアラビア ジャーナリスト殺害疑惑の影響」(時論公論)

出川 展恒  解説委員

■サウジアラビア政府を厳しく批判していたジャーナリスト、ジャマル・カショギ氏が、トルコにあるサウジアラビア総領事館の中で死亡した事件は、トルコのエルドアン大統領が、「計画された殺害だった」と断定し、新たな局面を迎えました。サウジアラビア政府は窮地に追い込まれ、対外関係への影響も出ています。この事件をめぐる問題を考えます。

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■解説のポイントは、次の3点です。

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▼トルコとサウジアラビアの発表で見えた疑問点は何か。
▼事件が起きた背景、そして、
▼今回の事件が国際関係に与える影響です。

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■まず、トルコのエルドアン大統領は、おととい(23日)、議会での演説で、カショギ氏の死亡は、「確実に計画され、残虐な方法による殺人事件だ」と断定しました。偶発的に死亡させたとするサウジアラビア政府の説明に真っ向から反論するものです。エルドアン大統領は、「強い証拠がある」と述べましたが、それを公表しませんでした。トルコの治安当局が、総領事館内での諜報活動で掴んだ音声や映像との見方が出ています。エルドアン大統領は、さらに、「誰の指示だったのか、明らかにされるべきだ」、「責任を数人の情報・治安機関のメンバーに負わせるのでは納得できない」と述べて、真相究明の必要性を訴えました。強い言葉を使ったエルドアン大統領ですが、サウジアラビアを実質的に支配し、事件に関与した疑いが指摘されているムハンマド皇太子には言及しなかったことが注目されます。サウジアラビア側は、胸をなで下ろしたかもしれませんが、無言の圧力をかけたという見方も出ています。

■一方、サウジアラビア政府の説明は、これまで、二転三転しています。矛盾だらけで、信用性に欠けます。

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▼今月2日の事件発生当初は、カショギ氏は、用を済ませ、総領事館から出て行ったとして、死亡させたことを含めて、完全に否定しました。
▼ところが、20日、先週土曜日になって、国営メディアを通じて、カショギ氏が総領事館内で死亡したことを、初めて認めたのです。その説明は、「取調中に殴り合いのけんかとなって、誤って死なせた」というものでした。
▼翌21日には、政府高官が、「カショギ氏が、帰国の説得に応じず、大声を上げたため、当局者らがパニックに陥り、カショギ氏の首を絞め、死なせてしまった」と説明の内容を変えました。
▼政府は、事件に関わったサウジアラビア人の容疑者18人を逮捕するとともに、ムハンマド皇太子の「側近中の側近」とされる情報機関の幹部ら5人を更迭したと発表しました。容疑者の中には、皇太子の警護役も含まれていると伝えられますが、ジュベイル外相は、「事件の関係者に皇太子に近い人物はおらず、皇太子は事件について知らなかった」と述べています。筋の通った説明は、一度もされていません。

■次に、事件が起きた背景を考えますと、若くして絶大な権力を握ったムハンマド皇太子の政策や統治の手法という問題が浮上します。

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▼ムハンマド皇太子は、内政面では、石油に頼り切った経済を根本的に改革する運動の先頭に立つ一方、ライバルとなりうる有力な王族や、自らを批判する活動家や宗教指導者を逮捕するなど、強権的な体質を強めています。異論は一切許さないという姿勢です。対外政策では、ペルシャ湾の覇権を争うイランとの国交を断絶し、隣国イエメンの内戦に軍事介入するなど、非常に攻撃的です。
▼一方、カショギ氏は、サウジアラビアの新聞の編集長を務めるなど、著名なジャーナリストで、長年、国内を拠点にしていましたが、去年、アメリカに移り、得意の英語を駆使して、言論活動を行いました。そして、ムハンマド皇太子の強権的なやり方や、対外政策を批判したことが、今回の事件の背景にあるという見方が有力です。
▼最大の焦点は、「事件が誰の指示で行われたか」です。ムハンマド皇太子が、直接指示を出したのか。側近らが、皇太子の意向を忖度して行ったのか。そして、皇太子は、側近や部下の犯行を知っていたのかが、真相究明のポイントです。

■そして、今回の事件は、サウジアラビアをめぐる国際関係にも影響を与えています。ムハンマド皇太子の主催できょうまで3日間、首都リヤドで開かれた経済フォーラムは、国際機関や外国の有力企業の代表が、相次いで参加をとりやめました。
疑惑の渦中にあるムハンマド皇太子は、きのう登壇し、今回の事件について、「非常に醜いもので、正当化できない。トルコ政府と協力して捜査を続ける。関わった者には罰を与える」と発言しました。しかし、自らが関わったかどうかについては、一切、言及しませんでした。
▼今回のフォーラムは、ムハンマド皇太子が主導する「脱石油」、すなわち、石油以外の産業を育てる大胆な経済改革の一環として開かれたものですが、外国からの投資と技術協力なくして、目標を実現することはできません。事件をきっかけに、サウジアラビアとのビジネスを見合わせる動きが広がれば、経済改革は失敗し、自らの権力基盤も揺らぐことになるでしょう。

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▼そして、先ほども触れたように、ムハンマド皇太子の対外政策は、中東地域に緊張と混乱をもたらしています。覇権を争うイランとの激しい対立。アラブの同盟国カタールとの国交断絶。泥沼となったイエメン内戦への軍事介入。いずれも、ムハンマド皇太子が主導したものです。

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▼ところが、アメリカのトランプ政権は、このサウジアラビアを、敵対するイランを封じ込めるうえで、「重要な同盟国」と位置づけ、日本円で総額12兆円に上る武器の輸出契約を結んでいます。今回の事件を非難しながらも、ムハンマド皇太子の責任問題に発展させることは極力避け、強固な協力関係を維持したいという思惑が窺えます。

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▼そして、事件の真相究明のカギを握るトルコのエルドアン大統領は、非常にしたたかな対応ぶりです。もともと緊張関係にあったサウジアラビアに揺さぶりをかけていますが、トルコ経済が低迷する中で、サウジアラビアから投資を呼び込みたい思惑もあるため、今後、事件に関する情報を、外交カードに使う可能性も指摘されています。
▼すでに、ヨーロッパ諸国や、アメリカからは、サウジアラビアへの制裁を求める声も挙がっています。これに対し、サウジアラビア側は、「制裁をかけられれば、対抗措置をとる」と反発し、石油を減産する構えもちらつかせています。今後の展開次第では、原油価格の高騰を招くなど、日本経済にも影響が出てくる可能性があります。
今回の事件がサウジアラビアの内政と国際関係に与える影響を注視してゆく必要があると思います。

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■こちらは、カショギ氏が執筆し、事件発生後に、アメリカの新聞「ワシントン・ポスト」に掲載された最後の論評です。
「アラブ世界の多くの国々では、市民が日々の暮らしに関わることでさえ、公に議論することができない」。
今、多くの国々で、言論の自由が奪われている実態への危機感がこめられています。私も、かつて、カショギ氏にインタビューしたことがありますが、極めて論理的、かつ、冷静で、自由な議論を愛する論客という印象を受けました。これまでサウジアラビアの王制に反対したことはなく、ムハンマド皇太子の政策を批判したことが、命を奪われる悲劇につながりました。

■今回、イギリス、フランス、ドイツは共同で声明を出して、「ジャーナリストへの脅迫や殺害は、一切正当化できない」と強く非難し、責任の所在が明確になるまで、徹底的な調査を行うよう要求しました。至極当然の対応です。日本としても、国連や各国と緊密に連携し、サウジアラビアに対し、真相を明らかにし、二度とこうした問題を起こさないよう、求めてゆくことが必要だと思います。

(出川 展恒 解説委員)

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