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「初認可1校 専門職大学と文部科学行政の行方」(時論公論)

西川 龍一  解説委員

質の高い職業人の育成を目的に、来年度から設置が可能になった新制度の大学、専門職大学について、設置申請のあった17校のうち、設置が認められたのは1校だけでした。背景には、政府主導の教育改革で現場に無理が生じているのではないかという指摘があります。専門職大学の設置申請を通して文部科学行政が抱える問題について考えます。

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専門職大学は、学問や芸術を教えたり研究したりすることが中心の従来の大学の役割に加えて、専門性が求められる職業人を育成することを重点的な目的としています。今の大学では即戦力となるような人材育成がなされていないという経済界からの批判の声も受け、短大以来55年ぶりに大学体系の中に新しい形が加わることになりました。

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専門職大学のキーワードは実習と実務です。卒業に必要な124単位のうち3分の1にあたる40単位以上は実習で、さらにその実習の半分は企業などに出向いて行います。専任教員の40パーセント以上は、企業などで実績を重ねた実務家が担うことが義務づけられます。医療や福祉などに加え、観光や農業、情報などの分野でこれまでの想定を越えてめまぐるしく変化する仕事の形態に対応できる人材の育成を目指します。さらに人生100年時代を迎え、社会人の学び直し、いわゆるリカレント教育を担う場となることも期待されています。

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文部科学省は去年、学校教育法を改正し、来年4月から開学が可能になったことを受けて短大と学科の新設と合わせて17校が設置申請しました。文部科学省の大学設置審議会がほぼ1年をかけて審査し、今月答申を示しました。設置が認められたのは、高知県土佐市の「高知リハビリテーション専門職大学」の1校。大学と短大各1校の2校が審査継続となる保留となりました。残る14校は、認可されるのは難しいなどと判断し、申請を取り下げました。保留の2校は、年内にも設置認可の可否が判断されますが、審議会が指摘した問題点を改善して追加で設置が認められても初年度の開学は3校にとどまることになります。
審議会は人事や経営状況など法人としてのプライバシーに関わる問題を審査するため非公開で行われ、保留の理由や申請を取り下げたものにどんな問題点があったのかなど個別に明らかにすることはありません。しかし、今回、審議会の分科会長名で「多くの申請案件で、総じて準備不足で法人として大学設置に取り組む体制が不十分と感じた」などとするコメントを出しました。全体状況とはいえ、申請内容の中身に踏み込むコメントは、専門職大学の設置者に向けた審議会の危機感の表れだと思います。

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なぜこうした結果になったのでしょうか。2つの側面があります。
▽申請者側に欠落する「大学の意義」の理解、そして▽あまりに短い準備期間です。
まず、申請者側の問題です。今回の専門職大学の設置申請は、既存の専門学校から移行を目指すものがほとんどでした。学校教育法1条に定める学校には含まれない専門学校ですが、資格を取ることなどを目的に高校生の20パーセントが進学します。ただ、卒業しても大学のように国際的に通用する学位は取得できません。得意とする実務教育に研究を加えることで専門職大学になれば学位が取得でき、既存の大学と肩を並べることにつながります。

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しかし、関係者によりますと、申請内容の実態は、およそ大学教育の質を保証するには値しないものがほとんどだったと言います。現在専門学校で教えている教員をそのまま実務教員として大学の教授とするよう申請したり、個別の教授室がなかったりするケース。中には学則として提出された書面に別の既存の大学の名前がそのまま残っていたもの、つまりいわゆるコピペをそのまま出したとしか思えないものまであったと言います。「専門学校と大学の違いは何なのか、もう少し真面目に取り組んでもらわなければ」と話す委員もいます。
今回、申請者の多くが、来年度の開学を前提に今の高校3年生向けの説明会を開いたり、テレビやインターネットを通して大規模なPRを行ったりしていました。違法ではないものの、開学をあきらめたところは、進学を目指して準備を進めていた高校生には説明責任を果たす必要があります。

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2つ目の問題、準備期間です。法律が改正され、専門職大学の設置基準が確定したのは去年9月でした。本来設置申請の受付は10月に行われることになっていますが、準備期間を考慮して1か月遅れの11月下旬としました。それでも申請者側が具体的な準備を進められたのは2か月間しかありませんでした。
大学の設置申請には、かつてトラック1台分と言われる大量の資料を用意する必要がありました。規制緩和によって今ではそこまで極端なことはないにせよ、これまでなかった専門職大学の設置申請をするにはあまりにも時間が限られていたわけです。実際、専門職大学の設置を目指していた専門学校の中には、準備が間に合わないことを見越して初年度の開学を見送り、翌年度以降の設置に切り替えるところもあったといいます。

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そもそも専門職大学の設置は、4年前、2014年7月に出された政府の教育再生実行会議の5次提言に盛り込まれたことが発端です。それを機に、文部科学省は有識者会議や中教審で設置に向けた審議を進めて来ましたが、おととし6月、内閣府が発表した日本再興戦略の中で、初めて、2019年度という開学時期が示された経緯があります。政府が先にゴール地点を決めてしまったことで、文部科学省にしてみれば、無理を重ねざるを得なかったわけです。

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先にゴールを決められてから制度設計に苦慮する。ここ数年、文部科学行政の中で目立ちます。たとえば2021年から大学入試センター試験に代わって導入される大学入学共通テスト。初めに導入時期が決まり、そこを目指して具体的なテストの内容や方法といった制度設計を進めることになりました。英語の読む、聞くに加え話す、書く、の4技能をどう測るのかや、国語と数学に記述式を導入する方法などをめぐって、入試の公平公正が保てるのかといった疑問が払しょくしきれず、教育関係者や高校生、保護者などから不安の声が上がり続けるなど混乱が続いています。いじめ問題の解決を理由に学習指導要領改訂を待たずに決まった小中学校の道徳の教科化では、子どもたちの心の内面を評価することにつながることへの懸念から、現場の先生たちの悩みが顕在化しています。いずれも政府の教育再生実行会議が実施を求め、課題が指摘される中、短期間で実施されることになりました。社会全体でこれまで以上に予測不能な急激な変化が進む中、教育もスピード感を持って改革を進めるべきものがあるのは当然です。しかし、専門家の中には教育は国家100年の大計という本来の理念が欠けているものが少なくないとの指摘があります。

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AI時代を見据え、専門性が求められる職業人の育成や人生100年時代の学び直しへの対応への必要性は当然のことです。そうであればなおのことそれにこたえられるだけの教育機関でなければ社会のニーズにこたえることにはならないでしょう。制度ができる過程では、就職にも有利で、大学進学への影響も大きいとの見方もあった専門職大学が、既存の大学などと伍した高等教育機関として成り立つのか。今回の反省を踏まえた申請者側、そして何より不祥事からの信頼回復が待ったなしの文部科学省双方の対応が問われることになります。

(西川 龍一 解説委員)

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