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「NY株価急落~アメリカ独り勝ちの終焉か」(時論公論)

神子田 章博  解説委員

ニューヨーク株式市場の平均株価が、今週10日に800ドル以上、11日にも500ドル以上と二日連続で大幅に値下がりしました。さきほど始まった12日の取引では、現在のところ前日に比べ250ドルあまり値上がりしていますが、アメリカ発の株安の連鎖は世界の市場を大きく動揺させました。株価急落の背景と、その意味するところを考えてみたいと思います。

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解説のポイントは3つです。
1)    株価急落の背景
2)    今後を展望する上での注目点
3)    株価下落が放つメッセージ
 です。

ニューヨーク市場の10日の株価急落の直接の理由は、この日発表された卸売物価の統計の中に、市場の予想を上回る上昇傾向を示すものがあり、インフレが進むという懸念が進んだ。その結果長期金利が上昇し企業業績に悪い影響を及ぼすという見方が広がったためです。一体どういうことなのか、順を追ってみていきます。

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アメリカ経済は、今年4月から6月までの経済成長率が、4.2%のプラス。さらに先週発表された9月の失業率は、3.7%と、1969年以来、48年9か月ぶりの低い水準となりました。ただこうした好調の経済のもとでは、人手不足になりがちで、賃金が上昇。すると物価全体が上昇するインフレに陥る懸念がでてきました。これを受けて、アメリカの中央銀行にあたるFRBが今後、政策金利を一段と引き上げていくという見通しが強まります。

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金利が上がれば、設備投資のための資金が調達しにくくなり、住宅や自動車のローンの金利もあがります。投資や消費の勢いがにぶり、企業業績を悪化させるおそれがでてきます。さらに金利があがれば、債券を保有して得られる利息収入も増えますので、リスクの高い株式を売って、債券を買ってより安全に収益を得ようという動きが広がります。こうした金利上昇の動きが株価下落の第一の要因です。
さらに大きいのが、中国との貿易摩擦です。

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トランプ政権は中国がアメリカ企業の知的財産権を侵害しているとして、中国からの輸入品に高額の関税を上乗せ。これに対し中国もアメリカからの輸入品に関税を上乗せする対抗措置をとるという、貿易戦争に発展しています。こうした中で市場関係者の間では、「アメリカへの輸出に頼れなくなった中国経済が悪化し、それが世界経済全体にマイナスの影響を及ぼす」という見方や、「中国で製品を製造するなど中国に関係するアメリカ企業の業績が悪化するという懸念が広がり、株を売る動きにつながっている」という指摘もあります。

今回の株価急落に関して市場関係者の間では、「これまでの株価上昇のペースが速かったために、調整したにすぎない」と楽観的にみる声もあります。本当にそうなのか。それを占う上で、二つの注目点をあげたいと思います。

 ひとつは中央銀行FRBの金融政策の行方です。

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FRBは、大規模減税などの景気刺激効果で加熱が懸念される経済を適度に冷ますため、お風呂に例えればちょうどよい湯加減をたもつため、政策金利の引き上げを続けています。今年はすでに3回利上げしたうえ、年内にもう一回、来年にはさらに3回引き上げるという想定を公表しています。これに対してトランプ大統領は、自らの政策でせっかく力強い経済が維持できているのに、FRBの利上げによって景気を冷やしてほしくないと考えています。10日、株価が急落すると「FRBは間違っている。クレージーだ」と言い放ちました。これに対して、FRBを率いるパウエル議長は、あくまで政治から独立した立場で、金融政策を行う考えを示しています。ただパウエル議長にとっても、政策金利の引き上げが、世界のマーケットを壊し、株価の下落を通じてアメリカ経済を一気に冷え込ませる事態は避けたいと考えているに違いありません。このため、今後も経済指標や市場の動きを注意深く見ながら、利上げのペースを慎重に判断していくものとみられます。経済を軟着陸させるためのFRBの手綱さばきが今後の市場の動向を占うひとつのカギになると思います。

 そしてもう一つの重要なカギが、中国との貿易摩擦がどこまで長引くかです。

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トランプ政権が制裁の対象となる品目を拡大するなかで、中国でプラスチックの原料となる樹脂製品をつくっている日本メーカーは、中国企業からの受注が減り始めたと話しています。プラスチック製の日用品やおもちゃなど、アメリカ向けの製品の需要が減ることを見据えた動きとみられます。トランプ大統領は先月下旬から制裁の対象品目を2500億ドル分にまで増やしていますので、こうした影響は今後一段と広がっていくものとみられます。
さらに、気になるのが、アメリカが中国に向ける視線がここへきて一層厳しいものになっている点です。
ペンス副大統領は先週行ったスピーチで、「中国はアメリカをくいものにして製造業の基盤を築いた」とこれまでにない厳しい言葉で、中国を批判しました。さらに批判は経済分野だけにとどまらず、中国には信教の自由や報道の自由がないなど、政治体制の根幹にかかわるところまで及びました。これは、中国からすれば到底受け入れがたいもので、王毅外相は、「アメリカは誤った言動をただちにやめよ」と激しく反論しました。両国の関係は、かつてのアメリカと旧ソ連の関係になぞらえて「新冷戦」と呼ばれるまでに悪化しています。

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その一方で、トランプ大統領は、来月アルゼンチンで開かれるG20主要国首脳会議にあわせて、習近平国家主席との会談を行う方向で調整を進めていると伝えられています。世界の市場が混乱したのを見て、貿易戦争の終結にむけた糸口をさぐり、いったん矛を収めるのか。あるいはより一段と厳しい制裁措置に打って出るのか、その行方が、今後の株価を大きく左右することになるでしょう。

 最後に、ニューヨークの株価下落がもつメッセージについて考えてみます。
 トランプ政権は、アメリカ第一主義をかかげ、ほかの国の経済がどうなろうと構わないとでもいうかのように、関税引き上げなどの措置を一方的に発動し続けています。世界第二の経済大国である中国に対しては、「アメリカ経済は好調だから絶対に負けない」として、強気の姿勢を取り続けています。

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実際に、アメリカが中国に対する制裁の発動を発表した6月以降、中国の株価は下がり続け、逆に、アメリカの株価は上昇を続けてきました。それが、「中国経済が悪化してもアメリカは力強く成長を続ける」というアメリカ独り勝ち論を生みました。しかし今回の株価の下落は、こうしたアメリカ独り勝ち論が幻想であることを突き付けたように思えます。

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というのも、アメリカの関税引き上げによって、中国からの輸出が減れば、中国国内の生産も落ちることになります。すると、中国が新興国などから調達する石油や鉄鉱石といった原材料の輸入も減っていくでしょう。そうなれば、今度は中国への輸出で潤っていた新興国の景気が悪化し、資金の流出が進むなど経済の混乱を招きかねません。その結果、市場のリスクは高まり、「ニューヨーク市場でも、リスクを避けるための株式売却で株価が下落する」という事態につながっていくのです。

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各国の経済が互いに密接に結びつく今、世界経済の主要なプレーヤーを痛めつけておいて、ひとりアメリカのみが繁栄を続けるということが、果たして可能なのか。アメリカだけがよければそれでよいという身勝手な対応は、やがて手痛いしっぺ返しをくらうことになる。今回のニューヨーク市場の株価の急落は、そうしたメッセージをなげかけているように思います。

(神子田 章博 解説委員)


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