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「日本スポーツ界の胎動」(時論公論)

刈屋 富士雄  解説委員

2020年の東京オリンピック・パラリンピックを前にしながら、このところスポーツ界は、不祥事のニュースが後を絶ちません。これは日本スポーツ界が、時代の流れ、世界の動きから取り残されている象徴と指摘する声もありますが、スポーツ界が生まれ変わるきっかけにすべきという声も聞かれます。
体育の日の今夜は、この一連の不祥事を、日本スポーツ界が生まれ変わるための胎動とするためには、まず何が必要かを考えてみます。
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解説のポイントですが、まず一連の不祥事とそのポイントを整理します。そして、先月内閣府に提出されたレスリング協会の報告書から再生へのキーワードを探ります。その上でスポーツの価値を高める為には何が必要かを考えます。
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こちらが、今年発覚したスポーツ界の主な不祥事です。
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1月、レスリング女子のパワーハラスメントの告発は、オリンピッツク4連覇の伊調選手が被害者と言うことで、社会問題化しました。
5月には日大アメフト部の悪質タックル問題がチームぐるみと認定され大きな問題に発展しました。7月にはボクシング連盟会長の常識を逸脱した組織運営が明らかになりました。

これらの不祥事の背景には、スポーツ界の長年にわたる閉鎖性が指摘されています。その競技の関係者で占められている競技団体は、その組織内の人間関係や常識が優先されるようになります。
その結果、暴力、パワハラ、高潔性や誠実性という意味のインテグリティの欠落という不祥事の土壌が出来てしまったと見られています。
暴力は、本人のためだという思い込みのもと、自らの成功体験に基づいてくり返されています。強化重視の名目で権限を集中させ、選手育成よりも自らの権力を守ろうとする行為がパワハラへと結びついています。インテグリティとは高潔性、社会的な影響力やその責任などを自覚することですが、競技力重視の指導の下、置き去りにされて来ました。

長年これらの問題は、組織内では認識されてきた競技団体もありましたが、仲間意識や、裏切りのイメージ、どこに訴えたらいいのか分からないなどの理由で表には出てきませんでした。
ところが2000年以降、SNSの発達により、情報発信することに抵抗が無くなった人が増えたことや日本スポーツ仲裁機構が整備されたこと、又ほとんどの競技団体が公益法人に移行して、内閣府など告発する窓口が見えてきたことなどが告発の連鎖の背景にあると言われています。同時にスポーツ界の多くの関係者は、このままの状態で2020年を迎えていいのかという危機感が告発の連鎖を呼んでいると見ています。
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大事なことは、この告発などによる不祥事発覚の連鎖を、ただのスポーツ界の一過性の騒動として終わりにせず、生まれ変わる胎動とするにはどうしたらいいのかを考えることです。

一つの方向性は、先月、公益法人を認定する内閣府に提出された日本レスリング協会の報告書に見ることが出来ます。再発防止策や組織改善に関する項目をいくつか見てみますと、第三者による通報窓口の設置。指導者の倫理研修。選手とコーチ間のルール作り。代表選考過程とナショナルチームコーチの選考過程の改革。外部理事の増員。会計処理の明朗化などです。
こうして見てみると、組織としては当然整備されていてしかるべき項目ばかりですが、それが出来ていなかったことが、これまでの日本スポーツ界の現状です。レスリング協会だけではなく各競技団体とも早急にチェックして根本から組織の土壌を掘り返す必要があると思います。
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競技団体の組織の体質や風土を変える上で、これまで目に見えて効果を発揮したキーワードがあります。代表選考過程の改革です。もちろんこれは選手強化の側面からの一歩に過ぎませんが、例えば、今まさに効果を上げつつあるのはマラソンです。
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これまでマラソンは、3つの代表の枠に4つの選考レースが行われ、代表選考方法の不透明さの代表格でした。オリンピックの度に、代表選考を巡って騒動が起きていました。その結果、かつてメダルの常連だったオリンピックもここ3大会連続で惨敗。代表選考の不明瞭さが、低迷の一つの要因と指摘されました。そこで2020年東京大会へむけて大改革。一つの選考レース・グランドチャンピオンシップという新しいレースを創設し、その参加資格、選考方法もすべて、順位とタイムで明確化しました。この結果オリンピックへの道筋が明確になり、男子は2月に16年ぶりに日本記録が更新され、その記録を昨日更に大迫選手が更新し、又女子も好記録が続々と生まれ一気に現場が活性化しました。
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代表選考方法の改革が組織を活性化させた典型的な例は競泳です。
今から18年前のシドニーオリンピック代表選考の方法に納得できなかった千葉すず選手の提訴をきっかけに、選考基準は改革され、派遣標準記録を破り、日本選手権で2位以内に入れば代表決定と、極めてわかりやすくしました。この結果全国の選手がしのぎを削り活気が生まれ、以降の国際大会でもコンスタントに好成績をおさめています。何より競技団体と選手との信頼関係が生まれたことが最大の収穫と言われています。
又、ロンドンオリンピックで惨敗し、不祥事でガタガタになりかけた柔道も選考方法の見直しをテコに組織を立て直しました。「外国選手に強い選手」という方針を発表し、選考会議を公開することで公平性を打ち出し現場の理解を得ました。リオオリンピックでは、メダルラッシュにつなげました。以前とは比較にならないほど風通しが良くなり、情報が現場にまで流れるようになったと評価する声が多く聞かれます。

もちろん組織改革の効果と言っても選手強化の側面からの効果で、ガバナンスや体質改善などへつなげられるかどうかはまだこれからです。現場が活性化した水泳もその後、暴力問題やドーピング違反が起きています。いかに組織改革全体につなげられるかがポイントですが、まずは目に見える改革を行わなければ選手やファンの信頼を得ることは出来ません。
夢への道筋を明確にすることが再生への一歩だと思います。

一連の不祥事の発覚で失った信頼を取り戻し、スポーツの価値を高める為にはどうしたらいいのでしょうか。
そのためには、国が監督権限を強化すべきと言う声が、上がっています。スポーツ庁も検討を開始し、超党派の国会議員で作るスポーツ議員連盟も、スポーツ庁の権限強化の為の法改正に動き出したと言われています。又公益法人を認定する内閣府とスポーツ庁が連携して、スポーツ団体を、調査・指導・改善命令などで監督するという案も出ています。
この動きに対しては、短期間で効果を上げる為には仕方がないという声もありますが、多くのスポーツ関係者、有識者は反対や警戒の声を上げています。理由は「スポーツへの統制が強くなりすぎる。スポーツの政治利用につながり、モスクワオリンピックボイコットの様に政治に翻弄されてしまう。」と言う声です。
政治利用されず、競技団体のガバナンスを強化し、閉鎖性を打破する方法を慎重に議論して欲しいと思います。
そのためには、立場上政治から独立しているJOCが、より強くリーダーシップを発揮して欲しいと言う声もあがっています。
JOCが主導して、加盟するすべての競技団体の代表選考方法を明確にすることともう一つ、強化責任者の選考過程の明確化とその責任者がどのチームにも属さない独立性の確保が急務だと思います。
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選手、関係者、ファンから信頼されなければいくらメダルを取っても意味がありません。スポーツの価値は、信頼、つまり公平・公正・明確であることを前提として成り立ちます。そのスポーツの価値を取り戻す為に、日本スポーツ界は、すぐにでも目に見える一歩を踏み出して欲しいと思います。

(刈屋 富士雄 解説委員)

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