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「原発汚染水処理 対応を急げ」(時論公論)

水野 倫之  解説委員

福島第一原発の汚染水を処理した後に残る大量の放射性のトリチウム水をどう処分するのか。
基準以下に薄めて海へ放出することを軸に検討を進めてきた政府が開いた公聴会では、放出に反対する意見が続出、慎重な対応を求める声が強まっている。
ただ今のままではいずれ汚染水処理ができなくなるおそれがあり、新たな対応を急がなければ。

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▽福島第一原発でなぜトリチウム水がたまり続けるのか。
▽トリチウム水の処分を福島の漁業者はどう考えているのか。
▽そして政府・東電は今後どう対応すべきか、水野倫之解説委員の解説。

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政府が福島と東京で開いた国民から意見を聞く公聴会では40人あまりが意見を表明。
その多くが海への放出に反対。

このトリチウム水とは一体どんなものか。
そのサンプルをみると一見きれいで普通の水のよう。しかし基準を超えるトリチウムが含まれており、このままでは処分できない。
福島第一原発ではさまざま対策がとられてきたものの、未だに建屋地下に地下水が流れ込んで冷却水と混じり合い、毎日百数十tの汚染水が発生。
これをALPSと呼ばれる装置で浄化。高性能フィルターで、セシウムなどほとんどの放射性物質を基準以下に取り除くことができると説明。
しかしトリチウムだけは、水の一部として存在するため、除去できず東電はタンクにため続けている。
その量は92万tにのぼり、タンクも800基。今後も最大で毎年10万t弱のペースで増える見通しですが、敷地には限界があり、政府と東電は今のようなタンクによる貯蔵はあと数年が限界と説明。
そこで政府は専門家会合でトリチウム水の処分方法の検討。
トリチウムを分離する技術は実用段階にはないと結論づけ、
▼基準以下に薄めて海に放出する方法、▼加熱して蒸発させる方法
▼地下深くに埋設する方法などを提示。
このうち海への放出が最も安く、短時間ででき合理的だとする趣旨の報告書をまとめ、事実上、海洋放出を軸に検討。

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トリチウムは、宇宙からの放射線で大気中にも存在、原発の運転でも発生。
政府や東電、規制委は、「トリチウムの放射線はほかの物質の放射線よりエネルギーが小さく、体内に取り込んでも水として存在し速やかに排出されるため、濃度が低ければ健康への影響はほとんど考えられない」と説明、全国の原発では基準以下であることを確認して海へ放出。
規制委の更田委員長は「海洋放出が現実的で唯一の選択肢」として早めに判断するよう求めてきた。

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これを受けて政府は最終判断に向けて公聴会を開いたが反対が続出。
中でも目立ったのが漁業者の反発。

事故で福島県沖の魚から国の基準を超える放射性物質が検出され、漁は全面自粛。
その後安全性が確認された魚から試験的に漁が再開され、ここ数年は国の基準を超える放射性物質が検出されることはなく、現在はほとんどの魚を取ることができる。
それでも福島県産をためらう消費者もいて、水揚げ量は事故前の1割あまり。
こうしたなかトリチウム水が海に放出されれば、本格操業が遠のき、苦しい状況に引き戻されるのではないかと懸念。

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その背景にあるのは政府・東電への不信。
安全という政府・東電の言葉を信じ切れない思いがあるといい、そうであるなら福島で作られた電気を使っていた東京の海・東京湾に流せばいいという意見も。

その政府・東電への不信が増大しかねない問題が。
政府・東電は浄化装置でトリチウム以外の放射性物質は基準以下に処理できるとこれまで説明。
ところが一部のタンクに基準以上の放射性のヨウ素が残されていることがわかった。
公聴会でも多くの参加者が「事実を隠していたのではないか。話が違う」と問題視。
これに対して政府や東電は「フィルターを使い続けると一部で基準を上回る場合もあるが、汚染水の浄化は被ばくなどのリスクを下げることが目的で、濃度もホームページで公開してきた。」と、当初問題ないとの立場。
ただ東電は会見や説明会などで積極的に説明しようとはしなかった。
東電は不都合な情報の公開には消極的。
こうした体質が改善されない限り、信頼回復は進まない。

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政府・東電がまずやらなければならないのは公聴会で出された意見や疑問に対して一つ一つ丁寧に答えていくこと。
浄化装置で基準超えの物質が残っていることをなぜ積極的に公表しないのか。
各タンクの放射性物質の濃度は。
基準を上回る放射性ヨウ素はどう処理するのか、説明を。

また公聴会ではトリチウムが健康に与える影響を疑問視し、石油備蓄基地で使われる10万t級の大型タンクに置き換えてさらに長期間保管する提案も。
ほかの対策のように安全性やコストなどを試算していかなければ。

さらに今回意見を聞いたのは福島と東京の3か所だけ。政府はさらに広く公聴会などを開催し対話を積み上げていくことも考えていかなければ。

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(水野 倫之 解説委員)


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