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「増やせ!ユニコーン企業」(時論公論)

櫻井 玲子  解説委員

時論公論、今夜のテーマは「増やせ!ユニコーン企業」です。
ユニコーン、といいますと、額の中央に角が生えた伝説上の生き物、一角獣を連想する方も多いかもしれません。
が、きょうお伝えするのは、昨今、世界中のビジネスマンや投資家から注目されている「ユニコーン」、いわゆる巨大ベンチャー企業のことです。なぜ関心を集めているのか。日本における現状は。そして、今後の課題は何なのかを、紐解いていきたいと思います。
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「ユニコーン」という言葉が使われだしたのは今から5年前。ベンチャー企業に投資するアメリカのファンドの経営者が使い始めて、急速に広がりました。
「ユニコーン」とはベンチャー企業のうち、
▼10億ドル=日本円で1100億円以上と推定される価値がある一方で、
▼株式市場には上場していない会社を指します。
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その名前の由来は、かつてはこういった企業が非常に珍しく、たとえるなら一角獣のような、夢物語の存在だと思われていたからでした。しかし、こういった巨大ベンチャーの数、5年前には世界で40社あまりだったのが、今は270社あまりにまで急増しています。その背景には▼株式市場に上場しないメリット、すなわち株主の意向に左右されないことを活かして、迅速で、思いきった展開をはかり▼これまでにないビジネスモデルで新しい市場を創り上げて急成長を遂げる会社が増えていることが挙げられます。
そしてこういった巨大ベンチャーが今、世界を代表する大企業に育っています。これが人々の暮らしを便利にし、新たな雇用や富を生み、その国の経済の活力の源になっていることから、注目されているのです。
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代表例をいくつかあげてみます。まずは世界でもっとも有名なユニコーンといえば、アメリカ・サンフランシスコ発祥の自動車相乗り仲介サービス「Uber」ではないでしょうか。目的地までクルマに乗りたい人と、自分の車と空き時間を使ってタクシーのようなサービスを提供したい人を、スマートフォンのアプリを使ってマッチングするこのビジネス。いまや世界70カ国以上で事業を展開し、「クルマを一台も持たないのに、世界最大のタクシー会社になった」と、表現する人もいます。
この他の例を挙げますと
▼日本上陸でも話題を呼んだ民泊仲介サービスの「AirBnb」。これもたとえていうならば「ホテルを一軒ももたない世界最大のホテルチェーン」。
▼さらにいえば「中国のアップル」と呼ばれるシャオミ。価格の安いスマートフォン端末をアジアで普及させ創立から8年で世界第4位となった携帯電話メーカーがあります。
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さて、こうした動きに大きく出遅れているのが日本です。
ある調査会社による最新のデータによると、世界のユニコーン270社あまりのうち、アメリカが半分近くを占め、第一位。シリコンバレーを中心に新しく事業を興す動きは依然、活発です。
その背中を猛スピードで追いかけているのが2位の中国で78社。実は、中国、3年前から、国策として急速にベンチャー投資を増やしています。ユニコーンを育て「産業革命」を起こそうとしているのです。
さらに最近、関係者の間で注目されているのは、インドの躍進です。まだ、13社と、アメリカ・中国にくらべれば圧倒的に少ないですが、じわりと数を増やしています。優秀なIT人材を強みに、アメリカや中国の投資ファンドが後ろ盾となって資金提供をしているケースが多いようです。
それでは日本はどうかといいますと、たった1社。プリファードネットワークスというAIを使った制御技術に特化した会社で、トヨタ自動車から100億円あまりの出資を得ています。
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こういった現状に危機感を抱いているのが、日本の政府やビジネス関係者です。アメリカや中国では数々のユニコーンの誕生で、若者の新たな雇用先や巨大の富が生まれる大きなうねりとなっているのに、日本は置いていかれているのではないか?そこで、ことし政府が発表した「未来投資戦略」には、『ユニコーンまたはそれと同等の上場ベンチャー企業を5年後までに20社作る』ことが目標に盛り込まれました。こうした数値目標が盛り込まれるのは初めてです。かつては日本も戦後まもなく生まれたソニーやホンダといったベンチャー企業が世界を代表するような会社に育ち、日本の高度経済成長を支えました。少子高齢化に悩み経済成長の伸びが鈍っている今こそ、再び、こういったベンチャー企業が数多く誕生し新たな成長の糧となってくれることが期待されているのです。
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ではこういった巨大ベンチャー企業を増やすにはどうすればよいのか?3つの点があると思います。
▼一つ目は産業革新投資機構などの官民ファンド、大学発のベンチャーファンド、年金基金などの大型機関投資家の資金を活用し、ベンチャーを資金面で支援していくことです。
日本でユニコーンが少ない理由の一つは、ユニコーンを育てるのに必要な投資資金が圧倒的に足りないことです。世界中の投資マネーが集まるアメリカ。国をあげてベンチャー企業の育成に乗り出している中国にくらべるとその規模は見劣りしています。日本のベンチャーキャピタルの投資額はアメリカの80分の1程度にとどまるという報告もあります。特に必要なのは、新たに会社を興すときの資金だけでなく、海外展開をすすめるときなど、あとひとまわり、ふたまわり、会社として成長していく過程で資金を迅速に提供する仕組みです。海外の機関投資家への売り込みをより積極的に支援していくことも重要ではないかと思います。
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▼2つ目は失敗を恐れないような社会、失敗を経験したこと自体が糧になるという前向きな評価を受けることができる組織風土を作っていくことではないでしょうか。専門家たちによれば、日本では失敗を許さない文化が根強く、目先の収支を重視した結果、思いきった投資を見送ってしまい、成長する機会を逃しているベンチャー企業も目立っているといいます。
アメリカでは「起業して失敗した人」のほうが、「起業をしたことがない人」よりも高く評価され、ベンチャーキャピタルや大企業に就職する機会に恵まれるというケースも多いようです。一度レールから外れると、再挑戦の機会が与えられない、という空気を変え、就職や再就職の際にも「成功体験」だけでなく、こうした「失敗した経験」をも、むしろプラスに評価して受け入れていくといった人事評価のしくみや組織風土をビジネス界が作っていくことも必要だと考えます。
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▼そして最も重要なのは起業家、ビジネスを新しく立ち上げる人たちの数そのものを増やして裾野を広げていくことです。日本では起業を目指す人が依然、少なく、「成功例」が限られていることが挙げられます。ベンチャーを目指す若者、日本でも以前にくらべれば増えているようですが、どこかの会社に就職するだけでなく、自らビジネスを起こすのもキャリアの選択肢として存在するという人材教育も必要かもしれません。成功したベンチャーのトップが自らベンチャーキャピタルを作り、次世代の起業家たちに資金を提供したりノウハウを授けたりして育てていくといった好循環をどうやって生み出せるかも問われています。また、日本人だけにこだわらず、アジアの優秀な学生なども日本発の起業プロジェクトのメンバーに積極的に招きいれていく、といったことも有力な選択肢かと思います。
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日本では10年以上前に一度、起業ブームがおきました。しかしその後起きた世界的な金融危機の影響で一気にその熱が冷めてしまい、なかなか復活しませんでした。
日本経済をけん引する数多くのユニコーンが飛躍する日が来るのか、それとも、単なる夢物語に終わってしまうのか、一過性に終わらない、日本の挑戦を期待したいと思います。

(櫻井 玲子 解説委員)



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