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「突然の平和条約提案・プーチン大統領の意図は何か?」(時論公論)

石川 一洋  解説委員

プーチン大統領がウラジオストクの東方経済フォーラムで「前提条件なしに年末までに平和条約を結ぼう」と突然述べました。フォーラムには中国の習近平主席が初めて出席し、中国軍も参加した最大規模の軍事演習が極東シベリアで始まりました。中ロが接近する中で、プーチン発言の意図を読み解き今後の北方領土交渉の進め方を考えてみます。

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解説のポイントです。

▼突然のプーチン発言・その意図は何か?
▼日本側の対応と今後の交渉
▼中ロ接近とプーチン大統領の思惑は?

 東方経済フォーラムの全体会合、ロシア、中国、日本の首脳が同じ壇上に登り、率直な、そして興味深い議論が交わされました。その中で北方領土問題で、プーチン大統領が突然語り掛けました。
「私の頭にこんな考えが浮かんだ。平和条約を結ぼうじゃないか。年末までにあらゆる前提条件なしに。そして平和条約を基礎に友人としてすべての論争を解決しようじゃないか。私が思うにこれは我々が70年間解決できなかった問題の解決を容易にするだろう」
 
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「まず平和条約を結び、それを基礎に領土問題を解決する」というプーチン大統領
「4島の帰属の問題を解決して平和条約を締結する」という原則からみれば、領土問題の棚上げあるいは先送りだ、日本側では疑念と不信感が渦巻いています。それも当然のことです。プーチン大統領が領土問題抜きに日本と合意を目指すのならとんだ見込み違いです。ただそれが狙いでしょうか。フォーラムでの発言は発言、正式な提案ではないものの、私は一石を投じることで動かそうとするプーチン流の癖球と見ています。

 カギは56年日ソ共同宣言です。

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その第9項「ロシアは歯舞色丹の引き渡しに同意する。ただしこれらの島々の実際の引き渡しは平和条約が締結された後に引き渡される」
プーチン大統領は一貫して56年日ソ共同宣言の有効性を認め、宣言に基づく解決を唱えています。大統領が言うように平和条約を締結したら国際法的にはその瞬間ロシアが実際に二島を引き渡す義務が生まれます。56年共同宣言との関係について日本はしっかりと確認をすべきでしょう。あるいは逆にプーチン発言は56年共同宣言に基づく二島で決着に誘い込む狙いもあるのかもしれません。

 さてあの場での発言は即興だったかもしれませんが、その裏には具体的な提案があるのかもしれません。その後の駐日ロシア大使や大統領府報道官の発言を総合しますとプーチン発言は所謂段階的解決論つまり中間条約を唱えているようにも見えるからです。
直ちに頭に浮かんだのは、98年11月小渕総理がモスクワを訪問した時に、ロシア側が提案したモスクワ提案です。まだ内容は秘密にされていますが提案の概要は平和条約を二段階に分けて結ぶというアプローチです。

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第一条約 善隣条約 
・領土問題の存在を認め、解決への意思を明記する。
・共同経済活動とそのための特別な法的枠組みを考える
第二条約 国境線画定条約

プーチン大統領は過去の交渉の経緯を熟知しています。当時日本の状況では受け入れられなかった提案ですが、今共同経済活動を平和条約につながるものとして交渉が進んでいるときにこの98年のロシア側提案に利用価値を見出したのかもしれません。
 
 次に日本側の対応です。プーチン発言の後、与党の中にも失敗を覆い隠すために交渉継続を装っているだけだとの厳しい見方もあります。

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その中で安倍総理はきょうプーチン発言について「平和条約が必要だということについての意欲が示されたのは間違いない」と述べて、交渉に蓋をするのではなく自らの手で北方領土問題を解決したいという考えを強調しました。全体会合後、柔道大会を観戦しながら二人で話し合い、そこでの感触もあるのでしょう。
私は、安倍総理は次の首脳会談でまさに領土交渉の実質に踏み込むべきと思います。
 そもそも安倍総理の新しい発想に基づくアプローチは「北方4島の帰属の問題を解決して平和条約を結ぶ」原則は維持しつつも、「4島での共同経済活動を進めることで領土問題解決後の島の未来像を先に築き、一番難しい主権の問題の解決に向けた環境を整える」、未来を先取りする新たな発想に方針転換しています。中間条約を含む段階的解決についても新しい発想のアプローチは否定していません。

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日本側としても98年のロシア側提案に、56年日ソ共同宣言、さらに今続く共同経済活動を組み合わせることで、双方に受け入れ可能な妥協案が見いだせないか、さらに言えば過去の双方の妥協案、
日本側の98年の川奈提案
「国境線を択捉島と得撫島の間に敷く、施政権は当面ロシアに残す」
ロシア側の92年の秘密提案
「56年日ソ共同宣言に基づき歯舞・色丹の引き渡し協定を結び、その後国後・択捉の帰属について予断を持たず交渉する」
こうした交渉の経緯を新しい今の視点で見直せないか。日本側も何らかの提案と幾つかのシナリオを準備する必要があります。
 重要なのは2016年5月のソチ会談以降、安倍プーチン両首脳は一対一の交渉の中で北方領土についてかなり踏み込んだ率直な交渉が行われていることです。その中身は一切明らかにされていません。そうした議論を基礎に提案を造る必要があります。
 新しい発想のアプローチの肝である共同経済活動については、領土交渉の本筋と共同経済活動の具体化を並行して進める状況が生み出さなければなりません。

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今回ウニなど複数の魚種の増養殖の実現など5つの分野での共同経済活動のロードマップで合意しました。人の行き来を含めてこの具体化はできるだけ急ぐべきでしょう。

日ロ関係に大きな影響を与えかねないのが中ロの接近です。
プーチン大統領はフォーラムの期日も中国の習近平主席の予定に合わせるなど主席の参加に特別にこだわりました。習主席は経済の大代表団を率いて参加して10億ドル規模の大型契約が結ばれました。今ロシアはアメリカの制裁などの影響でルーブルの下落が続いています。中国からドルを経由しない元による融資や取引を増やし、ドルへの依存を減らそうという意図もロシアにはあります。

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 フォーラムと時を同じくして極東・シベリアで30万人規模の大規模な演習が始まりました。ロシアは冷戦時代の1981年以来最大の軍事演習だとしています。昨日シベリアの演習場でフォーラムを後にしたプーチン大統領が見守る中、中国軍3000人も参加して、本格的な中ロの演習も行われました。アメリカによる制裁に対して、軍事面でも中国との連携を強めるぞという牽制も含まれるでしょう。
 ただ中国が先行する北極圏の資源開発について日本の政府系のJOGMECが参入に向けた覚書を結びました。中国一辺倒でなくバランスを取ろうという思惑も見て取れました。

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11月のシンガポールの東アジア首脳会議そしてアルゼンチンでのG20で二回の首脳会談の機会があります。重要な首脳会談となります。
プーチン大統領はこれまで交渉に期限を定めることにきわめて慎重でした。今回のフォーラムで「年末まで」あるいは「安倍総理との間で」などプーチン大統領として初めて平和条約交渉に期限を打ち出しました。一昨年ウラジオストクで安倍総理はプーチン大統領にお互いの立場の違いを認めたうえで未来の世代のために勇気をもって踏み出そうと呼びかけました。今こそ平和条約すなわち北方領土問題について、プーチン大統領と安倍総理は具体的な結果を出す交渉に踏み出すべきでしょう。

(石川 一洋 解説委員)

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