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「自民党総裁選 何が問われているか」(時論公論)

太田 真嗣  解説委員

自民党の総裁選挙は、2期6年の実績をテコに3選を目指す安倍総理大臣と、政治への信頼回復を訴える石破元幹事長の一騎打ちとなりました。きょう(10日)から始まった本格論戦で2人のリーダーは何を訴えたのか、そして、今回の総裁選で何が問われているかを考えます。

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選挙は、先週、金曜に告示されましたが、震度7を観測した北海道の地震で選挙活動を自粛する異例の展開となり、きょう改めて、候補者の立会演説会などが行われました。

そこで、2人は何を訴えたのか。
安倍総理は、「私にとって最後の総裁選だ。様々な批判を真摯に受け止めながら、謙虚に丁寧に政権運営を行っていきたい」と述べました。その上で、「人口減少の下でも、経済成長や雇用拡大を実現し、『まっとうな経済』を取り戻すことができた。また、拉致問題の解決、ロシアとの平和条約交渉の進展など、戦後の日本外交の総決算を行い、日本がリーダーシップを発揮して、新しい時代の平和と繁栄の礎を築いていく」と訴えました。
森友・加計学園問題などへの批判に配慮する一方、総理として経済の実績と外交の継続性を強調した内容です。

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一方、石破元幹事長は、大胆な金融緩和で大企業は利益を上げたが、働く人の所得が上がらないのが最大の問題だと指摘しました。その上で、「日本の雇用と経済は地方が支えており、その『伸びしろ』を最大限のばしていかなければならない」と、地方創生に全力をあげる考えを強調しました。また、石破さんは、「自由闊達に真実を語り、国会を公正に運営し、政府を謙虚に機能させるという自民党の原点に戻るため、戦っていく」と訴えました。アベノミクスに対する地方の不満を吸い上げると同時に、“官邸主導”“安倍1強”といわれる、いまの政治体制に釘を刺した形です。

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もちろん、政策の重点や進め方に違いはあるものの、石破さん本人も認めているように、2人の政策の目標に大きな違いがある訳ではありません。その意味で、今回の総裁選は、▽安定した政権運営のもと、経済政策や外交の継続性という長期政権のメリットに光を当てるのか、それとも、▽権力の過度の集中や緊張感の欠如といった、長期政権の影の部分を重視するのか、それが最大の争点ということができそうです。

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その一方で、2人の考えの違いが際立ったのは、憲法9条改正をめぐるスタンスです。
安倍さんは、いまの1項と2項は維持したまま、新たに自衛隊の存在を憲法に明記すべきという立場です。それに対し、石破さんは、「自衛隊を明記するだけでは整合性が取れなくなる」として、戦力の保持や交戦権は認めないとする2項の改正が不可欠だと主張しています。

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いずれも、自衛隊を憲法に明記すべきという点は同じですが、大きく違うのは、そのスピード感です。いまの条文を維持したまま自衛隊を明記する案は、党内では、根強い9条改正反対論に配慮した“現実的”な案という位置づけです。安倍さんは、それをもとに幅広い合意形成を図ったうえで、秋の臨時国会に改正案を提出し、自分の次の3年の任期中に憲法改正を実現したいという考えを示しました。これに対し、石破さんは、9条改正に緊急性はないとして、「丁寧に説明をしていくことが必要で、理解がないまま国民投票にかけることがあってはならない」と訴えました。今後、改正案の中身と同時に、憲法をめぐる国会での議論をどう進めていくかが大きな論点となります。

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さて、そうした政策的な論点とあわせて、いま、自民党には何が問われているのでしょう。
自民党の総裁選は、結党以来、これまでに41回行われています。この中で、現職の総理、総裁が立候補したのは20回ですが、無投票も含め、そのうち19回は、現職が勝っています。唯一、現職が敗れたのは、今からちょうど40年前、1978年の総裁選で、当時の福田赳夫総理が大平氏に敗れた1例だけです。

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では、今回はどうか。総裁選は、国会議員と党員による投票で争われますが、国会議員では、最大派閥の細田派をはじめ、5つの派閥が安倍さん支持を表明しており、単純に合わせても全体のおよそ7割に上っています。一方、石破さんを支持しているのは、自らが率いる石破派と竹下派の一部に止まっており、いまのところ、安倍さんの優位は揺るぎそうにありません。

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それにしても、今回の総裁選は、『派閥』を中心とした党内のあり様が、これまでと大きく変わったことを改めて印象づけました。当初、「複数の候補による、開かれた総裁選が望ましい」という声も多くありましたが、蓋を開けてみれば、多くの派閥は、先を争うように「安倍再選支持」を表明。一方、かつては“鉄の結束”を誇り、存在感を示してきた竹下派は、派内で意見をまとめることができず、事実上、自主投票になりました。
もちろん、派閥には、批判される点も多くありましたが、総裁選を機に、各派閥が政策に磨きをかけて激しい論戦を繰り広げることで、▽長期政権の下でも党内の緊張感を維持する、あるいは、▽仮に今の政権が立ち行かなくなっても、常に別の選択肢があることを示す、役割も果たしてきました。それに代えて、いかに党の活力と緊張感を維持し、次のリーダーを育てていくのか。実は、今回の総裁選で議論すべき、隠れたテーマのひとつです。

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そうした中、今回、注目されているのは党員投票の行方です。実は、先に紹介した現職が唯一敗れたケースも、福田さんが、事前の予想に反して、初めて実施された党員による予備選挙で敗れ、本戦を辞退したものでした。ちなみに、安倍さんと石破さんが直接競い合った6年前の総裁選では、石破さんが165票と党員票の過半数を抑えたのに対し、安倍さんは87票。結局、その後、議員による決戦投票で逆転し、安倍さんが総裁に返り咲きましたが、党員票で1位になれなかった候補が勝ったのは、この時しかありません。

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安倍さんが、その後、国政選挙で5連勝したのと同様、国民レベルの幅広い支持を得ていることを証明できるか、あるいは、石破さんが、改めて存在感を示すかどうかは、その後の政権の求心力などにも、大きな影響を与えることになりそうです。 

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投票は、今月20日に行われます。そうした中、安倍さんは、きょう、日本を発ってロシアに向かい、プーチン大統領との首脳会談に臨みました。激動する国際社会からは一瞬たりとも目を離すことはできません。また、国内に目を向けても、直後に沖縄県知事選が控えているほか、来年は、統一地方選や、天皇陛下の退位、そして、夏の参院選、秋の消費税率の引き上げなど、日程は目白押しで、どちらが総理を務めても、当面は、こうした直面する課題への対応に追われることになります。その上で、急速に進む人口減少と高齢化という「待ったなし」の状況の中、将来に向けて、新しい日本の姿を描いていかなければなりません。

自民党総裁選は、言うまでもなく、党内の選挙ではありますが、そこで選ばれたリーダーは、この国の総理大臣となります。この国をどこに導こうとしているのか。そして、自民党は、そのリーダーをどう選ぶのか。政権を争う2人には、内向きの議論ではなく、しっかり国民の側を向いた、骨のある論戦を期待したいと思います。

(太田 真嗣 解説委員)


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