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「波紋広がるアメリカ・トルコの対立」(時論公論) 

二村 伸  解説委員

アメリカ・トランプ大統領とトルコのエルドアン大統領。強烈な個性の持ち主である2人の大統領の非難の応酬は、両国の対立の根深さとともに今の世界の秩序なき混迷を象徴しているように思います。冷戦時代には考えられなかったアメリカと、同じNATOの一員であり、中東の要の国の一つであるトルコの対立は、世界の安全保障にとって大きな不安定要因であり、日本としても対岸の火事と見過ごすわけにはいきません。

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アメリカとトルコの対立の背景と、世界への影響について考えます。

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この写真は、去年5月ワシントンのホワイトハウスで、トランプ大統領とエルドアン大統領が初めて会談したときのものです。2人とも愛用の赤いネクタイを締め、何度も握手をする姿に関係者は胸をなでおろしたといわれます。両国の関係がこじれれば地域の安全を脅かしかねないだけに2人が
信頼関係を築くことができるかどうか注目されたのです。 人口8100万人、兵員数65万人に上る中東の大国トルコは、冷戦時代NATOの一員としてソビエト連邦に対する防波堤の役割を担いました。地政学的にも重要な位置にあるトルコはアメリカにとって欠かせない同盟国です。
しかし、エルドアン政権のもとトルコは独自の路線を歩み始め、軍の力も大きく低下しました。強権的な姿勢を強めるにつれて欧米との関係は悪化しました。それだけにトランプ大統領就任後の両国の関係修復に期待が寄せられていましたが、期待は裏切られ、むしろ関係が悪化する結果となりました。

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トランプ政権は、今月1日、トルコの法相と内相の閣僚2人にアメリカ国内の資産の凍結などの制裁を課すと発表しました。同盟国の重要な閣僚2人に対する制裁措置は異例のことです。10日にはトルコからの鉄鋼とアルミ製品の関税を2倍に引き上げました。これに対し、トルコ側は「トルコに意図的な攻撃を仕掛けるアメリカへの報復だ」としてアメリカから輸入される自動車やアルコールなどの関税を引き上げました。
そして冒頭にもあったエルドアン大統領がアメリカ製電子機器のボイコットを呼びかける演説にまでエスカレートしたのです。アメリカとトルコの溝が今回ほど深まったことはこれまでにありませんでした。今回の両国政府の非難の応酬は、トルコによるアメリカ人牧師の拘束に端を発していますが、実はその背景には様々な問題が絡み合っており、対立を早期解消するのは困難と見られます。

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対立の背景にあるのは、まず、アメリカで亡命生活を送るイスラム指導者、フェトフッラー・ギュレン師の引渡し問題です。ギュレン師はかつてはエルドアン氏の盟友でしたが、軍や政府、官公庁などで影響力を増し、エルドアン氏を脅かす存在となりました。
エルドアン大統領は、ギュレン師をおととしのクーデター未遂の首謀者だと決めつけ、アメリカ政府に身柄の引き渡しを求めてきましたが、アメリカ政府は証拠がないとして引渡しを拒否しています。両国の関係改善の大きな障害となっているのがこの問題です。
2つ目はシリアのクルド人武装組織の扱いです。アメリカ政府はIS・イスラミックステート壊滅のために、シリア北部に拠点を置くクルド人組織に武器の供与などの支援を行ってきましたが、トルコ政府はテロ集団だとして越境攻撃し、シリアへの関与をめぐってアメリカとの溝が深まりました。

さらにトルコがロシアやイランと関係を強化していることもアメリカの怒りを買う要因となっています。トルコはNATOの一員でありながら、ロシアの最新鋭地対空ミサイルシステム、S-400の購入を決め、ロシアは当初の予定を前倒しして配備する方針を発表しました。NATOの軍事機密がロシア側に漏れる可能性もあり、NATOやアメリカは強く反発し、トランプ大統領は、今月13日、最新鋭のステルス戦闘機F35のトルコへの売却を凍結する条項を盛り込んだ法案に署名しました。
イランについては、アメリカが各国に対イラン制裁への同調を求めたのに対し、
トルコ政府は制裁に反対の立場を鮮明に打ち出しています。アメリカが、イランとの取引を理由に、トルコの国営銀行の元幹部を逮捕したこともトルコの反発を招きました。
このように様々な問題が起きている中で、対立が決定的になったのが、アメリカ人牧師の拘束問題です。拘束はすでに2年にもおよんでいますが、今トランプ政権がこの問題を重視しているのは、秋に中間選挙を控えているためだという指摘もあります。牧師はトランプ大統領の支持基盤である福音派に所属し、解放が遅れれば選挙に影響しかねないからです。また、トランプ大統領に歯向かう指導者は容赦しないという個人的な感情が対立の根っこにあるとみる専門家もいます。

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ではこうしたアメリカとトルコの対立がどのような影響を及ぼしているのか、またこれからどんな影響が予想されるのかを考えます。
すでに経済面では、トルコ通貨・リラの下落に拍車がかかり、対ドルレートで今月、過去最安値を更新。東京やニューヨークの市場で一時株価が急落しました。
今後懸念されるのが、安全保障への影響です。

両国の対立は、紛争の火種がくすぶり続けている中東やトルコの西コーカサス地方だけでなく、ロシアやヨーロッパも含めた世界の安定を脅かしかねません。
トルコはEUとの関係も冷え切ったままで、300万人以上の難民を抱えるトルコから
再び大量の難民が流出するというヨーロッパの国々がもっとも怖れている事態が現実のものとなりかねないと危惧する声も聞かれます。

【ロシア・イラン】
また、トルコは欧米との対立を深めれば深めるほど、ロシアやイランに接近する姿勢を強めています。シリア情勢をめぐってもロシア、イランとの協調体制が目立ち、
来月7日にはイランの首都テヘランでこれら3か国の首脳が会談する見通しです。
さらに中国もトルコとの関係強化に積極的です。中国はトルコを中国とヨーロッパを結ぶ一帯一路構想の重要なパートナーと位置づけ、欧米との関係がギクシャクでいる隙をつくかのようにトルコへの企業進出も活発です。したたかなエルドアン大統領だけに、ロシアやイラン、中国との関係強化の姿勢を見せながらも決して相手側の陣営に取り込まれることはないでしょうが、追い詰めすぎるのは得策ではありません。

【「自制」と日本】
強いリーダーとしてふるまってきた2人が、振り上げた拳を簡単におろすとは考えにくいのですが、両国の対立はどちらにとっても何のメリットもなく、むしろNATOの分断を狙うロシアや、この地域への影響力の拡大をもくろむ中国を利するだけであることを
両首脳は認識しているのでしょうか。感情に走らず世界の安定のためにも自制と、歩み寄りの姿勢が今、求められています。
そしてアメリカとトルコの対立は、どちらの国とも密接な関係にある日本にとっても好ましいことではありません。これ以上溝が深まることのないように日本としても両国に関係修復を働きかけていくことが必要ではないかと思います。
第2次世界大戦後の国際秩序が崩れつつあるときだからこそ、アメリカは同盟国との
関係を重視し、トルコをはじめとする国々も紛争やテロ、難民問題など世界が抱える様々な問題に結束して取り組んでいくことが重要です。

(二村 伸 解説委員)

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