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「豪雨被災地の農業 再生の道は」(時論公論)

合瀬 宏毅  解説委員

先月、西日本をおそった豪雨では、人だけでなく地域を支えてきた農業にも、大きな被害をもたらしました。
中でも深刻なのが、急峻な傾斜地で作るミカンなどの果樹で、被害を受けた人の中には被災をキッカケに農業を辞めようとする人たちもおり、産地の維持が、大きな課題となっています。
農業の中でも、とりわけ被害の大きかったミカン産地の現状と、復活の取り組みについてみていきます。

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被害が大きかった産地の一つ、愛媛県宇和島市の吉田町です。宇和島市ではミカン畑の崩落などで11人が亡くなり、道路の寸断や住宅への土砂流入で多くの被害が出ました。その中心地、吉田町ではいま、ミカン畑の復旧が大急ぎで行われています。
週末には、学生などのボランティア160人が詰めかけ、土砂の撤去やミカンの摘果作業に取り組んでいました。不要な実を減らす摘果作業は、すでに一ヶ月以上遅れ、放置すれば、今年の収穫に大きな影響を与えます。

ミカンの生産で有名な宇和島市は、海に向かって急峻な傾斜地が続き、その水はけの良さから、ミカンの栽培には最適で、愛媛ミカンの発祥の地だとされてきました。
しかし急峻な斜面は、災害には脆弱です。一時間あたり60ミリという、経験したことのない急激な雨で、ミカン畑は崩落。収穫寸前だったミカンが流されただけでなく、ミカンを山から運び出す運搬機や、薬剤を散布するスプリンクラーなどの農業設備も大きな被害を受けました。
崩落した農地は、わかっているだけでも宇和島市全体で820カ所、被害額は190億円と年間の農業生産額の1.4倍に上ります。

産地が豪雨や地震などの災害に遭った場合、最も怖いのは農家の人たちが意欲を失って、地域が衰退してしまうことです。
産地としては、まずは被害の全体像を把握し、被害を受けていないミカンだけでも収穫しなくてはなりません。

このため、国と県では、まずはミカン畑につながる道路の修復を行う他、農家が行う畑の土砂除去や、薬剤散布を行うスプリンクラーなどの修理、そして出荷するための共同施設などの復旧などに対しての支援を行い、この秋の出荷が滞りなく行えるようにすることにしています。

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 このうち道路については、畑に入る道路の補修はほぼ終わり、農家が自らの畑地に入って作業ができる状況にはなってきました。
 収穫したミカンを選別し、箱詰めする共同選果場についても、裏の山から流れ込んできた大量の土砂の撤去が終わり、来月には稼働できる状態にまで回復しそうだとしています。

しかし問題はこれからです。残っているミカンは収穫するとしても、豪雨によって被害を受けた820カ所もの農地を、今後どうするかです。
というのも、吉田町をはじめ愛媛のミカン産地は、競争力を強化する改革の真っ最中だったからです。

そもそも全国のミカン産地には大きな課題がありました。

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これは全国のミカンの生産量の推移ですが、1979年に361万トンを記録した国内の生産量は、去年は74万トンと5分の1近くまで減少しました。
果物を食べなくなるなど食生活が変化した上に、バナナなどの外国産フルーツとの競争が激しくなってきたことが原因です。

産地としては他の作物に転換すればいいのですが、そうもいきません。ミカン産地の多くは急勾配な斜面にあって、コメや野菜など、他の作物の栽培に適してはいません。
宇和島市で、農業生産額に占めるミカンの割合が76%と高いのは、他の作物への転換が難しいことの裏返しでもあります。

であれば、競争力を強化するしかありません
このためこの地域では、平成28年から10年後を目指した構造改革計画を作り、これを進めていたところでした。

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その計画のよると、まずは品質のばらつきをなくすなどした高品質の柑橘の生産やインターネットなど多様な流通への対応。
また、機械などを導入して、作業が効率的にできるような園地の改良。そして、そうしたミカン生産を担う、若手を中心とした農家の確保を進めるとしていました。
ミカン作りをやめる高齢者が多い中で、産地としての勢いを取り戻すために、様々な取り組みを進めて、競争力を強化しようとしていた訳です。

そこに今回の豪雨です。被害の大きかった吉田町には30人を超える若手農業者が、それまでつとめていた会社を辞めて、新たな農業を始めたばかりでした。

産地としては、まずはこうしたやる気のある若い人たちが、意欲を失わないようにしなくてはなりません。
地域のミカン農家をまとめる宮本和也さんは「地域の人達がやる気を失うことが最も怖い。モチベーションが下がらないような国や県の支援策が大切だ」としています。

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とはいっても、復興には果樹産地ならではの難しさがあります。
ミカンなど柑橘類は、植えてから実を収穫できるまで長い時間がかかることです。

今回国や県は、被災した畑の復旧に関して、作業効率の悪い傾斜地をそのまま復旧するだけでなく、山を切り開くなどして大規模な造成工事を行い、比較的平坦なミカン畑として整備することを提案しています。
今の畑のまま復旧しても、作業のしにくさは変わりません。産地を維持していくためには、機械が導入できるような、作業がしやすい畑に作り替える必要があるとの考え方からです。
しかも雨の降り方が変わる中、急な傾斜地は再び、災害を引き起こす可能性があります。今の畑で農業を続けていくことに不安を持つ農家は少なくありません。

ただ、ミカンは苗を植えてから安定して実を収穫できるまで、最低でも8年かかります。部分的な補修ならともかく、広い土地を基盤整備するとなれば、農地所有者との調整や、工事にも長い時間が必要です。その間、生活をどうしていくのか、です。

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農業は基本的には、生きた植物や、動物を扱う事業です。災害によって被災したり、中断した場合、回復するためには長い時間がかかります。それはミカンなど果樹に限ったことではありません。しかもその影響は、専業農家ほど大きくなります。

例えば2011年、震度6強の揺れを観測した長野県栄村では、震災後、農業を辞める農家が続出しました。
この地域を調査した、愛知学院大学の関根佳恵教授によると、この村でキノコを育てる農家22戸のうち8戸が、牛を肥育する5戸のうち2戸が、震災後、半年足らずで廃業し、養豚や酪農農家も、農業を辞めてしまったと言います。
いずれも、この地域の農業を支えてきた専業農家で、農産物価格が低迷する中、事業再開の難しさを考え、廃業の道を選んだものと思われます。

国は東日本大震災以降、地震などで被災した農家については、事業再開まで、土木工事などに、優先的に雇用する仕組みを作り、地域の農業を守る取り組みを進めて来ました。
しかし、災害からの復興でわかってきたのは、事業再開まで、長い時間がかかる農業はその仕組みだけでは不十分だということです。
豪雨などの災害が多くなってきた今、被災した地域を疲弊させないための、新たな仕組みが求められていると思います。

(合瀬 宏毅 解説委員)


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