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「トルコ危機と世界経済への影響」(時論公論) 

櫻井 玲子  解説委員

先週、世界中の市場関係者の夏休み気分が一気に吹き飛ぶようなマーケットの異変が起きました。アメリカとトルコの対立に端を発し、トルコの通貨・リラが暴落。これを受けて東京やニューヨーク市場でも株価が急落しこのところ比較的無風だった国際金融市場が大きく動揺する事態となりました。
アメリカとトルコによるいわば「局地戦」が、なぜ世界的な金融危機にまで発展するかもしれないという懸念を引き起こしたのか。また今後の世界経済や日本への影響は、実際、どこまで及ぶのか考えます。

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まずは、今回、「震源地」となったトルコについて、です。

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ヨーロッパ・アジア・中東を結ぶ要として位置づけられるトルコ。
実はイギリスやフランスを上回る人口と、スウェーデンやオランダを上回る経済規模をもち、地政学的な面からも経済面からもその重要性が年々増しています。
しかしその一方で、多額の対外債務、つまり海外からの借金と、前年比2ケタのインフレに苦しんでいます。

こうした中、トルコに打撃をさらに与える直接のきっかけを作ったのが、アメリカのトランプ大統領でした。今月10日、トルコから輸入される鉄鋼やアルミニウムなどの関税を2倍に引き上げると表明したのです。トルコが現地在住のアメリカ人牧師をクーデター未遂事件に関与した疑いで拘束していることに、不満を募らせた結果でした。

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トルコにとってアメリカ向けの鉄鋼は貴重な外貨獲得手段の一つ。それなのに、関税が25%から50%に引き上げられるとあって、アメリカ企業が相次いで契約をキャンセルする事態となりました。
発表を受け、トルコ経済が悪化するとの懸念から、リラはたった1日で20%も下落。
国民の暮らしや企業活動への影響が心配されています。
そしてこの事態に拍車をかけているのがことし6月に再選を果たしたばかりのエルドアン大統領の対応です。
急激な物価上昇と通貨の暴落を止めるには、中央銀行が利上げをするのがいわば「王道」といわれる対応策です。ところが大統領は、景気の失速を警戒し、これに反対。それどころか、中央銀行が自分の意向に従わなければ、大統領権限を使って人事に介入することまでほのめかすといった強権的な政策運営を続けているのです。

こうした事態を重く受けとめられ、日米欧それにアジアの株式市場では、軒並み株価が下落。日経平均は一時2万2000円を割り込みました。また円高がすすむ一方でアジア通貨安の展開となり、トルコの通貨危機が世界的な連鎖を呼ぶのではないかとの懸念が高まりました。

「トルコショック」はなぜここまでの広がりをみせたのでしょうか。
その背景には3つの要因があります。

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一つはトルコに融資をしているヨーロッパへの影響。
二つ目に、トルコと共通点をもつほかの新興国に、危機が飛び火するのではないかという心配です。
そして直接的な要因ではないのですが、今回の危機の発火点となったアメリカとの関係悪化が心配される中国への懸念です。

まずはヨーロッパについてです。
トルコ経済が悪化し、借金の返済が滞れば、トルコへの多額の融資をしているスペインをはじめ、フランスやイタリアの銀行への影響は避けられず、ユーロ圏の金融システム不安を引き起こすかもしれない。そうすればヨーロッパ経済は大きな痛手を受けかねません。ヨーロッパ中央銀行をはじめ各国の金融当局者たちの警戒感も高まっています。さらに、エルドアン大統領がIMF・国際通貨基金への支援の要請を現段階では拒否していることも、投資家の懸念を強めています。

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2つ目はトルコ危機を材料に、トルコと経済状況が似ている国、すなわち海外からの借金を多く抱えるほかの新興国に注目が集まり、投機筋などから狙われる可能性があるからです。以前から通貨危機に直面してきた南米・アルゼンチンのほか、アジアの成長を支えてきたインドネシアやフィリピンなどの対外債務の大きさもあらためて注目を集めています。実際、先週、こうした国々の通貨が軒並み、大きく売られました。通貨が暴落し、各国がその対応におわれて、一斉に急激な利上げに踏み切れば、景気が冷え込み、新興国の経済成長が大きく落ち込むおそれがあります。

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そして今ご紹介した2つの直接的な理由とは性格が異なる、別の要因があります。
今回トルコの通貨危機の引き金をひいたのがトランプ政権だったことから、アメリカとの関係悪化が懸念される国のリスクが、あらためて注目を集め、市場関係者の動揺を誘っています。トルコの経済危機はいわば前哨戦に過ぎず、本当に懸念すべきはやはりアメリカとの本格的な貿易摩擦を抱える中国だと多くの専門家は指摘しています。

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みずほ総研の分析では、アメリカと中国の間の貿易が20%減少した場合、中国の受けるダメージはアメリカとくらべて3倍以上と格段に大きく、中国のGDPを最大で3%引き下げる可能性があるということです。中国政府は先週木曜、貿易問題を担当する高官を今月下旬にアメリカに派遣すると表明。6月以降途絶えていた二国間協議を再開し、トルコショックであらためて世界中から注目されている中国経済への懸念を払拭したい考えです。

では、日本への影響はどうみればいいのでしょうか。
トルコへの投資額でいうと、トヨタ自動車やホンダの生産拠点があるなど、アジアの国々の中では目立った存在ではあるものの、ヨーロッパやアメリカにくらべると小規模にとどまっています。このため直接的な影響だけ、でいえば、限定的なものになるとみられています。
しかし新興国通貨が売られれば、円が安全資産として買われて円高となり、日本経済のマイナス要因になります。また中国やアジア新興国など、日本経済とより密接な関係にある国に危機が飛び火したり、貿易摩擦が激しくなって世界経済の成長率が大きく低下したりすれば、日本経済へのダメージもその分、大きくなります。

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それでは今後の展開はどのようなことが予想されるのでしょうか。
トルコリラ相場は、カタールがトルコに対し150億ドル=日本円にして1.6兆円の支援を約束したことで、いったんは落ち着きを取り戻しました。トルコ同様、アメリカの同盟国でありながら、対米関係がぎくしゃくしているカタールが助け舟を出した形です。
ただ、アメリカとトルコの関係は簡単に改善するようにはみえません。
トルコは対抗措置として、アメリカ製品への関税を引き上げると発表。またエルドアン大統領はアメリカの電化製品を買わないよう、国民に呼びかけたりしており、対米関係がさらに悪化することも心配されます。このため、大手格付け会社2社は、週末にかけて、トルコ国債の格付けを引き下げました。トルコは今週、バイラムと呼ばれる長期休暇に入りますが、トルコリラをはじめとする新興国の通貨安は当面続くことも予想され、市場の不安は今後さらに増すことも考えられます。

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トルコの危機は、日米欧の堅調な経済成長を背景にこのところ平穏だった国際金融市場にショックを与え、世界経済の意外に脆弱な一面を浮かびあがらせました。トランプ政権の発足以来、各国の足並みは乱れがちで、世界的な金融危機などの有事が起きても、国際協調がこれまでほどにはスムーズにすすまない可能性もあります。日本としても、対岸の火事として傍観するだけでなく、アメリカと各国との関係を改善するための外交努力や、各国の金融当局者との絶え間ない連携と情報分析が求められることになりそうです。

(櫻井 玲子 解説委員)

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